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自著書評(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師・伊藤 将人)
フェアで持続可能な移住促進へ

数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション

プロフィール
伊藤 将人
《今回の「自著書評」の著者紹介》
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師
伊藤 将人いとう まさと
長野県出身。社会学者。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師。長野大学環境ツーリズム学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)を経て現職。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員。専門は地域社会学、地域政策学、モビリティーズ研究。地方移住や関係人口、観光など地域を超える人の移動に関する研究や、持続可能なまちづくりの研究・実践に携わる。主著に『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(2024、学芸出版社)『移動と階級』(2025、講談社)がある。

静かな有事―。石破茂首相は今年の年頭所感で地方の人口減をこう表現しました。実際、多くの自治体が移住施策に力を入れています。しかし、移住をめぐる自治体間の競争による疲弊や格差拡大、移住者と住民のトラブル、移住機会の不平等などの葛藤を感じている自治体職員は少なくようです。どうすれば課題を解決して地域の活力向上に結び付けることができるのか? 複数の自治体のアドバイザーを務めるなど自治体の移住政策に詳しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師の伊藤将人さんがこのほど出版した『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(学芸出版社)は移住をめぐる行政課題や葛藤を乗り越えるための考え方やアイディアを提示した意欲作。著書の伊藤さんが本書の特徴、想いなどをお届けします。

地方移住・移住政策を「虫の目」と「鳥の目」で眼差す

社会学という学問をご存知でしょうか? 社会学が特徴とする物事の見方に、「虫の目」と「鳥の目」の両方をもって社会を見ようというものがあります。

虫の目とは個人や共同体の行動や考え方に着目することで、対して鳥の目とは大きな社会的、政治的、経済的な現象や動向に着目することを意味します。そして、社会学はこの虫の目=ミクロと、鳥の目=マクロがつながっていて、相互に影響を与えあっているという考え方をするのです。

つまり、個人の行動は大きな社会的な流れの中で形作られ、一方で社会や政治の大きな流れもミクロな個人の行動や声の積み重ねによって影響を受け、形作られ、変化していくというわけです。

筆者は社会学という学問を専門に、地域や人の移動、それらに関連する政策の研究をしてきました。そして今回、地域を越えた人の移動である「地方移住」に関する政策を、社会学的視点から検討した著書『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(学芸出版社)を出版しました。

 本 書 の 目 次 
  • PART 1|移住促進の「当たり前」を問いなおす /「いま、地方移住がブーム」ではなく、「30年以上前から地方移住への関心は高い」/具体的に移住を検討・計画している人はわずか2%!?/実は50年変わらない、移住希望割合と「仕事」というネック/見落とされがちな〝移住をやめる〟背景/コロナ禍が地方移住に与えた3つの影響/そもそも国はなぜ移住を促進するのか/他国の移住促進事情から学べる「多様性」の視点/移住へのキッカケとしてやっぱり重要な観光経験/金銭的な移住支援の効果は一過性にすぎない/「移住者=Iターン」という構図で失っている層
  • PART 2|キーワードからみる地方移住と移住促進の最前線 /移住起業:地域との関係性と、相談できる体制づくりが鍵/教育移住:オリジナリティある教育環境が移住者を惹きつける/移住婚:問われるニーズと個人の選択への踏み込み/ダウンシフト/ダウンシフター/介護移住:高齢化社会ならではの地方移住の在り方/関係人口:関係しない人口という新たな視点/聖地移住:迎えられる側から迎える側になる/ライフスタイル移住:経済的成功から生活の質を重視する移住へ/ルーラル・ジェントリフィケーション:移住者の増えすぎがもたらす問題/転職なき移住:できる人・できない人の間にある格差/移住マッチング:技術革新で登場した新たなプロモーション手法/地方移住の商品化:移住の消費は何をもたらすか?
  • PART 3|フェアで持続可能な移住促進に向けたアプローチ /過度な自治体間競争から脱却しよう/「役立つ、優れた移住者」という発想を脱ぎ捨てる/「量」と「質」の二項対立を乗り越えよう/人口重視のKPIから、主観の変化を問うKPIへ/移住ランキングと適度な距離感で付き合う/高まる広域連携の重要性/移住をめぐる実態把握のための調査ノウハウ/担当者の個人的な経験を活かす/移住者と地元住民のトラブルを防ぎ、乗り越える11のアイディア/格差拡大を防ぐために必要な「正義」の視点/「移住したい人を増やす」ではなく「移住した人の背中を押す」政策へ
  • Column|地方移住・移住促進についてもっと考えたい人におすすめの10冊

客観的な視点から移住政策のオルタナティブを模索する

地方移住という行動は一見すると、個人的な行動です。しかし、この世の中に完全に自発的で主体的な行動というものは存在しません。地方移住という行動も同じで、「自然が好きだから」「生活費を下げたいから」「地域に貢献したいから」という動機で選択しているようで、実はそれだけでなく、社会的な状況、景気動向や雇用状況、そして国や自治体の政策にも少なからず影響を受けて選択しているのです。

これは自治体による移住政策や定住政策も同様です。一見すると自発的に発想し、実施したようにみえる取り組みであっても、その取り組みが実施された社会状況や政治状況と無縁ではありません。

本書は、これまでどちらかというと個人や自治体の「自発性」や「主体性」が強調されてきた地方移住や関連する政策について、数字や統計、言説、表象を客観的に読み解く鳥の目で見てみることで、常識や当たり前を問い直し、移住政策のオルタナティブを模索することを目指したのです。

キーワードは「フェアで持続可能な移住促進」

本書のコンセプトは明確です。自治体間の競争が激化し、新しい概念が登場しては消えていく地方移住・移住政策をめぐる状況において、地域にとって本当に大切な“移住者”と出会うためには何が重要だろうか、というのが本書の問いです。

本書ではこの問いに答えるために、「フェアで持続可能な移住促進」という独自の視点を軸に据え、地方移住をめぐる研究結果や統計調査など様々なファクトを豊富に紹介しました。33のトピックに分け、行政・事業者・地域が直面する課題や葛藤を乗り越えるアイディアを提示しているので、興味関心あるところを中心に読んでもらえたらと思っています。

地方移住をめぐる研究結果や統計調査など様々なファクトを豊富に紹介(本書より抜粋)

日々高まる自治体間の移住者獲得競争と短期的な成果の要請

本書の課題意識を明確にするために、ある調査結果を示してみようと思います(下グラフ参照)。これは、全国の自治体の移住定住促進関連部課を対象に、筆者らが令和6年秋に行ったものです。

調査のなかで「移住者誘致をめぐる自治体間競争が高まっていますか?」と尋ねたところ、「競争が高まっていると思う」+「どちらかといえば競争が高まっていると思う」が87.4%、「競争が高まっていると思わない」+「どちらかといえば競争が高まっていると思わない」が10.7%という結果となりました。

つまり、9割近くの自治体が、移住者獲得競争の激化を実感していることになります。

多数の要因がありますが、ひとつは地方創生以降の国による総合戦略や地方創生関係交付金、KPIの設定などを通した中央集権的なガバナンスの強化。もうひとつはそもそもスタートラインが異なる不平等な競争であるにも関わらず、成果は「人口」や「移住者数」「移住相談者数」という形で一律に測られ、勝ち負けが可視化されてしまう状況になっていることがあります。

当然ながら、自治体間の競争はすべてが問題というわけではありません。適切な競争は、よりよい政策と豊かな地域の実現につながります。住民や企業が好ましい公共財やサービスを求めて地域を移動することにより、地方政府間に競争的な関係が生じ、行政の効率化などが進み、住民の満足度が向上すること(足による投票)もあります。

しかし現在の競争は前述の通りそもそも不平等かつ歪なルールの下に生じており、一部の成功事例と称されるような自治体を除くと、先が見えないマラソンを走っているような感覚になっているのです。こうした声を多くの自治体職員の方々から聞いてきたことが、本書を書く動機のひとつでした。

まずは、眼の前の状況を疑い、正しく把握することから始めよう

具体的な本の中身についてはぜひ読んでいただけたら嬉しいですが、簡潔に本書の主張をまとめると、こう言えます。まずは、日々、当たり前のように使っている地方移住や移住政策をめぐる「語句」や「概念」を疑い、これでいいんだっけ? と疑問を投げかけることが始まりです。

Iターンってどう定義されるんだろう、政府は転職なき移住を推進しているけど本当にそれでいいのかな、周りの自治体がやっているからうちも金銭的な支援をしているけど負担の割に効果あがっていないのでは、というように、「Why?」と「What?」で当たり前を一度壊してみましょう。

そして同時に大事なのが、客観的に、正しく状況を把握することです。「うちの自治体は移住者の声を聞いて政策をつくっています!」と言っているけれど、よくよく話を聞いてみると、実は自治体担当者に距離が近くて、行政とも良好な関係性を有する地域活性化志向の強い移住者の声を聞いているだけというケースにたまに遭遇します。

声の大きな市民の意見は、ネガティブなものばかりではありません。しかし、つい都合のいい、自分たちにとってポジティブな声だけを聞いてしまうこともあります。そうしたことにならないように、意外とわからない地方移住の実態と移住者のニーズを理解するために、まずは自分たちの地域の実態を客観的に把握するためにも、移住に関する調査の実施を検討してみてください

本の中では、この他にも、より良い移住政策を実現するための具体的な方法を紹介しています。また、もし調査や独自の計画をつくりたいけれどどうしたらいいかわからないという場合は、お気軽にご連絡ください。
《連絡先》https://ito-masato.com/内の「各種お問い合わせはこちら」よりご連絡ください。


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