※下記は自治体通信 Vol.62(2024年12月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
人命の保護は自治体のもっとも重要な責務の1つであり、自然災害はもとより、事故や遭難などが起こりやすい地域では、職員が巡回を行っていることも多い。しかし、暗く足場も悪いといった危険な現場では、人による巡回を困難に感じているケースも少なくないようだ。そうしたなか、山梨県では青木ヶ原樹海における夜間巡回にドローンを活用し、その効果に手応えを得ているという。取り組みの詳細を、同県の担当者2人に聞いた。
[山梨県] ■人口:79万215人(令和6年10月1日現在) ■世帯数:35万913世帯(令和6年10月1日現在) ■予算規模:8,507億5,657万3,000円(令和6年度当初) ■面積:4,465.27km² ■概要:周囲を急峻な山々に囲まれ、北東部には秩父山塊、西部に標高3,000m級の山々からなる赤石山脈(南アルプス)、南部に富士山、北部には八ヶ岳、茅ヶ岳が連なる。県内を貫く富士川は「日本3大急流」の1つ。農業生産額は1,000億円を超え、ぶどう、もも、すももは全国一の生産量。エレクトロニクスなど先端技術産業の立地も進む。
視界の悪い夜間巡回は、断念した経緯があった
―山梨県がドローンを活用した夜間巡回を始めた背景について教えてください。
知見 当県の富士山麓に位置する青木ヶ原樹海は、風光明媚な観光地であり、日中はたくさんの観光客で賑わう一方で、夜間は偏ったイメージが広まっていました。実際、令和5年の発見地ベースの自殺死亡率は全国ワーストであり、その要因には樹海にステレオタイプ化されたイメージもあると考えられています。そこで当県では、こうしたイメージを払拭しようと樹海の魅力を体感するウォーキングイベントなどを開催しているほか、自殺企図者を見つけ、声かけを行うための日中の巡回を行ってきました。しかし、そこには課題も感じていました。
―どのような課題ですか。
今宮 散策の時間が過ぎた日没後に樹海を訪れる人たちの動向までは追い切れないことです。じつは、夜間巡回の実施を検討したこともありますが、街灯のない樹海は足を踏み外してしまうなどの危険があるうえ、長年かけて成長した苔など貴重な自然を壊してしまう恐れもあるため、断念した経緯があったのです。そんなときに着目したのが、県内の甲州市が最新のドローンで行った果樹盗難抑止の実証実験でした。夜間でも赤外線カメラによる映像から人の動きを鮮明に捉えられたという結果を知り、その成果は樹海での夜間巡回にも展開できそうだと期待しました。
知見 そこで我々は、ドローンを活用した夜間巡回「青木ヶ原ふれあい声かけ業務」の委託に向けて令和6年6月に公募型プロポーザルを実施し、その結果、JDRONE社を委託先に選出しました。
―選定に際しては、どのような点を重視したのですか。
知見 「人の命を守る業務」を委託するため、夜間飛行を行える高い技術力に基づく実績や、目的を達成するための綿密な業務設計ができることを特に重視しました。その点、JDRONEは甲州市の実証実験*を含む豊富なドローン運用実績を評価しました。機材の選定や、警備員との連携体制の構築など、細やかな業務設計を提案してくれた点も、評価ポイントです。今年9月以降、同社の協力のもと、「青木ヶ原ふれあい声かけ業務」を断続的に実施しています。
*甲州市の実証実験 : 株式会社ヘキサメディアが令和3年に実施。令和5年、株式会社JDRONEを存続会社、株式会社ヘキサメディアを消滅会社とする吸収合併が行われた
ドローン運用の自動化を進め、今後は業務の省力化も検証へ
―具体的に、声かけ業務はどのように実施しているのですか。
今宮 青木ヶ原樹海一帯に、役割別に複数種類用意したドローンを飛行させ、遠隔監視を行っています。たとえば、ドローン管理ソフトと連携できる『Matrice 3TD』は、事前に設計されたルートを航行しながら、赤外線カメラで空撮した映像をリアルタイムで伝送します。もし、これにより人の存在を検知できたら、人命救助活動向けの「レスキュードローン」を急行させ、座標を計測してより詳細な情報を得るとともに、スピーカーを通じた声かけを行うのです。
―声かけ業務では、どういった成果を得ることができましたか。
知見 興味本位で樹海に立ち入った観光客を含め、人影を発見して声かけや駆けつけにつながったケースが複数回ありました。赤外線カメラについては、人か動物かを見分けられるほどの精度の高さを確認でき、ドローン活用は夜間巡回に有効であることを実感できました。JDRONEからは、今後の巡回業務を持続可能なものにするため、ドローン運用の一層の自動化を図る提案も受けています。これによって巡回をさらに効率的に行うことで、少しでも多くの命を守り、樹海のイメージ改善につなげていきたいです。
ドローンを活用した夜間巡回②
高度な技術と細やかな業務設計が、実践的なドローン運用を実現する
ここまでは、ドローンを活用した巡回を行い、夜間の森林から人を見つけ出すという成果を得ている山梨県の取り組みを紹介した。ここでは、その取り組みを支援しているJDRONEを取材。同社の眞壁氏に、夜間巡回にドローンを活用する際のポイントなどを聞いた。
株式会社JDRONE
第1サービス部 ヘキサメディアグループ グループリーダー
眞壁 美穂まかべ みほ
昭和57年、山梨県生まれ。大学卒業後、まちづくりコンサルティング会社に入社。平成28年、株式会社ヘキサメディアに転職し、官公庁・自治体や企業に向けたドローン運用の提案業務に従事。令和5年に同社が株式会社JDRONEに吸収合併された後も、引き続きドローン運用コンサルティング営業を担う。
夜間の目視外飛行は、事前のルート設計が重要
―自治体によるドローンの活用状況をどのように見ていますか。
航空法の規制緩和が進むなか、ドローンを保有・活用する自治体は、ここ数年で急速に増えています。これまでは、災害時の情報収集や調査活動へのドローン活用が目立ってきましたが、最近は、自殺企図者の発見や果樹盗難の抑止、鳥獣害対策などを目的に、夜間巡回への活用に関心を示す自治体も増えています。しかし、実際の活用にいたったケースはまだそう多くありません。
―それはなぜでしょう。
まず、ドローンの夜間飛行や目視外飛行は、国土交通省への許可申請が必要な「特定飛行」に含まれ、一定以上の運用実績や操縦技術が求められるからです。さらに、樹木など障害物が多い現場は、映像の伝送が途切れたり、機体が落下したりするリスクもあり、操縦の難度が一気に高まります。
そのうえ、実践的なドローン運用に求められるのは技術力だけではありません。
―ほかにどういったことが求められるのですか。
巡回の目的を達成するための、適切な業務設計を行えることです。夜間や目視外の飛行を行う場合は、操縦技術だけで回避しきれない障害物に遭遇する可能性が高いです。そのため、「業務目的の達成」と「ドローンの安全な飛行」のいずれをも両立できる飛行ルートを、綿密な事前調査を通じて設計することが重要です。それ以外にも、巡回によって収集したい情報の種類や、現場の通信環境、予算なども考慮しながら、適切なドローンや機材を選ばなければなりません。
当社では、こうした業務設計から実際のドローン運用までを一貫して支援することができます。
操縦の「全自動化」により、中長期的な運用を目指せる
―具体的にどのような支援を行うのでしょう。
たとえば、今回の山梨県の取り組みでは、まず現地の警備員への聞き取りを通じ、自殺企図者がどういった場所から樹海に立ち入り、どのように移動するかといった傾向を踏まえ、巡回範囲や飛行ルートの設計を進めました。さらに、実際に現場を訪れ、樹木や電線などの位置を詳細に確認し、巡回しながらもドローンを事故なく航行できるルートを固めていきました。
これに加え、巡回業務におけるドローンの中長期的な運用を見据えた機材選定も提案しました。山梨県の取り組みに限らず、巡回業務の場合、単発的な情報収集や調査事業と異なり、日常的に実施することが重要だからです。
―中長期的な運用を見据えた機材選定とはどのようなものですか。
将来的に、特別な資格や技術をもつ人が現場にいなくても巡回を継続できるようにするため、ドローンの運用を「全自動化」できる機材を選びました。具体的には、ドローンの離陸から着陸、格納、充電までの一連の動作をすべて自動で行える、ドローン専用の格納庫『DJI Dock』を選定しました。この格納庫は、専用のソフトでプログラムしたミッションをドローンに伝え、自動航行させることもできます。この機材の活用により、山梨県では当社によるサポートがなくとも職員だけで巡回を完結できる体制を目指しています。
―自治体に対する今後の支援方針を聞かせてください。
ドローンは、危険な場所における事故リスクの軽減だけでなく、担い手不足対策など、さまざまな地域課題の解決に資する有効なソリューションです。当社では、業務設計のみを担い、実際のドローン運用を現地の事業者に依頼することで、地域の雇用促進にもつなげるといった提案も可能です。関心のある自治体のみなさんは、気軽にお問い合わせください。