人口1万8,000人の町に台湾から年間1万人が訪問
観光と農業が主産業である群馬県みなかみ町が台湾インバウンドに本格的に乗り出したのは約6年前からになります。
その前からインバウンド=外国人観光客誘客促進として動いてはいましたが、それは群馬県からおりてくるモニターツアーの受け入れや視察対応がほとんどでした。
その頃は役場担当者として町内の旅館やホテル、観光農園や食堂等事業者さんに受け入れをお願いに行っても「インバウンドって何ですか?」「こんなところに外国人が来るわけないだろう」といった反応が少なくありませんでした。
しかし今では「ウチにも台湾の人に来てほしい」「台湾に営業をかけるにはどうしたらよいか」といった意見をもらうことが増えてきました。
実際、交流開始前は年間1,000人ちょっとだった台湾からの観光客数も、交流開始5年後には1万人を超えました。みなかみ町の人口が1万8,000人位なのでこの数字はインパクトがあり現地メディアで報道された程です。
<補足>
阿部さんは2013年6月から台南市へ渡り、現地に常駐しながら、みなかみ町へのインバウンド促進やさまざまな交流事業の実現に取り組んでいる。現地での役職は「みなかみ町台湾事務局長」。無給で台南市政府(市政府は日本の市役所に相当)の「台南市政府対日事務相談顧問」も務める。日本に帰国するのは年間1か月前後。基礎自治体の職員で海外にほぼ常駐しているケースは珍しい。(自治体通信Online編集部)
有名観光地と同じ動きをすることに危機感
台湾をインバウンド推進対象地域に決めたきっかけは2013年、当時群馬県が上海事務所を設立して県内各自治体、各観光地が協力し中国からの観光客誘致を推進する動きになっていたことでした。当然、みなかみ町も県に協力する体制をとっていました。
が、その一方で「みなかみ町が草津温泉や伊香保温泉など、県内の有名観光地と同じ動きをしていたのではどうしてもPRにおいて後ろに回ってしまうのではないか」という危機感もありました。
そこで町独自でインバウンドや物産交流等を推進できる対象地域として台湾の台南市を選択したのです。
小規模な旅行社を協力対象に選んだ理由
今でこそ台南市を訪問する自治体も増えてきていますが、6年前(今でもそうですが・・)は台湾を訪問するほとんどの自治体が台北にばかり目を向けていました。
実際、町内部からも「どうして台北じゃなく台南なんだ」という疑問や苦言が多くありました。
私自身、交流開始当初はどうやれば成果を出せるのか不安もありました。が、前述したように、他自治体と同じ動きをしているだけではダメという漠然とした確信も持っていました。
そこで現地に駐在する強みを活かして出来るだけ多くの人と顔を合わせ日本人と台湾人の仕事の進め方や考え方の違い、そして旅行業界の仕組みを研究し、その結果、「みなかみ町」がツアータイトルになった旅行商品を販売できるようになりました。
その理由のひとつとして大手旅行社ではなくて、数人規模の小さな旅行社を協力対象として選んだことが挙げられます。
即断即決、即実行してくれる
日本から営業やPRに来る方達はどうしても有名な大手旅行社を訪問したがりますが、大手になればなる程社内システムも複雑で簡単には動いてくれません。特に、みなかみ町のように、日本国内でもあまり知られていない観光地をツアー先に採用するリスクを負うことはまずありません。
ところが小規模旅行社であれば社長の決断により、ツアー造成までこぎつける可能性が高いのです。
あとは集客をどうするかという課題も出てきますが、これは同じような小さい旅行社を集めてアライアンスを組むことによって何とか解決しました(この部分についての詳細は回を改めて詳しく紹介します)。
珍しいけれど他自治体も実施可能な方法
台南から始まったインバウンド事業も現在では高雄、台中に広がりつつあります。最初に台北を狙っていたら、多くの自治体・観光地との競争に埋もれてしまっていたかも知れません。
実際、「何年も台北旅行展に出展しているが、効果がどの程度出ているか心配で・・」と言って台湾の南部を訪れてくれた自治体の方もいます。
現在みなかみ町がとっている交流方式は非常に珍しい方法ではあるものの、他県そして市町村規模でも実施可能な方法です。
他自治体が運営している○○県○○事務所のような海外拠点設立に比べると経費面の負担が極端に少ないだけでなく、現地政府との情報交換や情報収集といった面で非常にメリットが大きい。おかげでインバウンドに限らず学生交流、物産交流、文化交流と言った各方面でも成果が出せています。
予算がなかったことが有利に!?
台湾には「有関係没関係、没関係有関係」(Yǒu Guānxì Méi Guānxì,Méi Guānxì Yǒu Guānxì)という諺があります。「関係が有れば何でもできる、関係がなければ何もできない」という意味です。仕事でも生活でも人と人との繋がりを日本以上に重要視する中華圏において、みなかみ町は事務所を設立する予算がなかったために、逆にもっと有利な環境をつくれたのです。今回、このサイトに連載する機会をいただいたのも人と人との繋がりのおかげです。
今回の取り組みで成果を出せたのには、台南という超が付くほど親日の土地柄のおかげがありました。また、町の職員でありながら海外に常駐するという異例の働き方を後押ししてくれた町の関係者のみなさんの理解があっての成果であることは言うまでもありません。台南市長を筆頭とした台南市政府の職員・関係者のみなさんからは、当初から、そして今も厚いサポートをいただいています。
そして、なにより台南市の市民のみなさんとみなかみ町の町民のみなさんの熱意とやる気こそが、この取り組みを成功に導いた最大の要因。町の職員として私が果たした役割とは、みなさんの想いをカタチにするお手伝いにすぎません。
次回以降、具体的な取組み事例を紹介していきます。それによって少しでも日台交流促進とこれを読んでいいただいているみなさんの自治体のインバウンド施策等の参考になれば幸いです。
(第2回「『知名度ゼロ』だから新たな観光資源になる」に続く)
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阿部 真行(あべ まさゆき)さんのプロフィール
大東文化大学外国語学部卒、高校講師などを経て、2005年からみなかみ町(群馬県)の職員に。2013年6月から台南市へ渡る。現地での役職は「みなかみ町台湾事務局長」。台南市政府の「台南市政府対日事務相談顧問」も務める。日台双方の国家資格などを取得し、インバウンドを主とした交流を推進中。現地大学でも講師を務める。著書に「台湾・台南そして安平!」(上毛新聞社)。
<連絡先>
電話: 0278-62-0401 (みなかみ町観光協会)