【自治体通信Online 寄稿記事】
我らはまちのエバンジェリスト #9(福岡市 職員・今村 寛)
課題山積の2022年度のスタートを迎えた今日、大きな夢と志を胸に抱きながら、たくさんの新人公務員が自治体の門をくぐりました。そうした“新しい仲間”に向けて、自治体職員歴30年超のベテラン公務員から大切なメッセージをお届けします。ウソ偽りのない自治体の“今”を通じて見えた、これからを担う公務員に必要な力とは?
“お金がない”から夢も描けない
この春、新たに公務員の職に就かれた皆さん、ご愁傷様です。
皆さんが就職先として選んだ公務員という仕事は想像以上に大変な状況です。
今、国にも地方自治体にもお金がありません。
すでに人口減少局面を迎えている我が国では、止まらない少子高齢化の中で稼働年齢層の割合が低下し、納税者人口の減少と社会保障費の増大により,歳出における義務的経費が占める割合が増加しています。
昭和の高度経済成長期から平成のバブル経済期にかけて整備された豊かな社会資本は、その整備費用の調達のために発行された公債の償還費用が高止まりするなかで施設そのものは老朽化や陳腐化が始まっており、先細る人口とのアンバランスを抱えたまま、その機能の維持や更新を余儀なくされています。
収入が減少する一方でこれらの義務的経費が高止まりすることで、自治体が新たな施策事業に投入できる財政上の余力は年々失われ、市民のニーズに応え続けることが難しくなってきています。
正解のない時代の“調整役”
ひとくちに市民のニーズと言ってもその種類やレベルは多種多様です。
「お金がない」なかですべての市民ニーズに応えられないのであれば、その実現に優先順位をつけるしかないのですが、物質的な豊かさがある程度満たされた今、画一的な政策で市民のニーズを満たすことはできなくなりました。
ある一定レベルの市民生活が保障された状態に上乗せを求める市民の声はさまざまで多岐にわたるため、何かひとつの解決策で万人が満足するということはなく、その多様な意見を調整することが自治体に求められるようになりました。
今では人口減少に加えコロナ禍での経済低迷が加わり、新たな施策の実現どころか減少する収入との均衡を図るために既存の行政サービスを見直さなければならない局面を迎えつつあります。
どのサービスを維持し、どのサービスを減らしていくかということについての市民の合意形成は困難を極め、その調整もまた公務員が担っています。
融通の利かない“お役所仕事”
公務員は住民の福祉の増進を図るために、福祉、教育などのソフト分野から公共施設の整備、維持管理といったハード分野まで幅広い領域で市民生活を支えています。
この多岐にわたる業務領域を漏れなく適正に分担するため、施策事業の目的ごとに法令等に従って事務分掌を定め、組織的な対応を図っています。
精密機械のように事務分掌が組み合わせられた組織では、与えられた役割を着実にこなすことにかけては非常に効率的にできています。
これだけの幅広い業務を一手に引き受ける公務員組織がその役割を果たすうえでは、この精密な事務分掌が必要でした。
しかし、市民ニーズの多様化や複雑化に迅速かつ柔軟には対応できずに「縦割り」と呼ばれ、またその正確で公平な仕事ぶりは融通の利かない「お役所仕事」と揶揄されるようになりました。
近年では「お役所仕事」の非効率を正す行革の嵐のなかで公務員の定数削減が進んだ結果、職員や職場の担当領域に隙間が生じていっそう「縦割り」が進み、職員の間、組織の間での分担と連携に支障をきたすケースも増えています。
互いに協力できない“風通しの悪さ”
業務の複雑化、多様化によって職場、職員の専門性が求められ、これに対応するための組織が小規模に細分化され、職員の分業が進みました。
その結果、職場での会話が少ない、情報共有ができない、自分の担当領域がわかる職員がほかにいない、仕事で行き詰まっても相談できないといった風通しの悪さも心配です。
さらに、仕事と家庭やプライベートとの両立を前提とするライフスタイルが一般的になるなかで、プライベートよりも仕事を重視し組織に貢献することを期待する従来型の価値観も残っており、若年層、中堅層の職員が相反する新旧の価値観の間で板挟みに陥ることも少なくありません。
今後も職員定数の増加が見込めないなかにあっては、職員同士、組織同士での情報共有を密にし、それぞれの抱える事情を理解し、互いに協力し連携しながら適切な分担を図っていくことが必要になります。
しかし、自らの所掌を越えて意思疎通を図ることができずに職務遂行に支障が出る、という場面は確実に増えています。
越えられない“組織文化の壁”
近年、自治体に求められる役割や機能が変化するなかで、自治体の外側にある組織や人材の力を借り、協力を得ながら物事を進めるという場面も増えました。
民間企業やNPO、地域団体など、頼ることのできるパートナーはたくさんいますが、互いの協力関係を構築するうえで必要な情報共有や意思疎通がうまくいかないということもしばしば見受けられます。
うまくいかない原因の多くは組織文化の壁。
自治体組織が長年育んできた独特の文化が外部ではうまく受け入れられないことや、自治体組織の外側では当然のこととされている常識が自治体職員に通じないということがよくあります。
自治体職員がなぜ手続きや書面にこだわるのか、なぜ自治体では年度をまたいだ会計処理ができないのか、など互いの生きている環境の違い、立脚する法理や社会のルールの違いがそれぞれの組織文化、常識の違いとなってあらわれ、それが意思疎通を阻む壁となっています。
皆さんの“対話力”が必要です
ここまで状況を悪化させておきながら、その問題を解決することなく先送りしてきたことを先輩公務員の一人として本当に済まなく思っています。
私たちはこれらの問題を解決したいと考えていますが、残念ながらそれを実行するには“ある力”が不足しているのです。
その力とは「対話力」。
課題を見つけ、課題を共有し、課題の解決策を考え、課題を解決するー。そのそれぞれについて、私たちは独りでこれを成すことができません。
限られた財源と人的資源を最大限活用して真に市民が求める施策事業に投じるには、多様な立場、考えを持つ市民の声を集約し、調整のうえ合意形成を図る必要があり、またその実現にあたっても役所の中での職員同士あるいは関係部署の連携はもちろん、国・都道府県・市町村といった関係機関の連携、さらには事業者、市民団体、個々の市民の連携、協力を得ていく必要があります。
そのために必要になるのが「対話力」なのです。
目指すは“まちのエバンジェリスト”
関係者が縦割りの壁を破り、それぞれの持つ情報を共有して課題に対する共通の認識を持ち、それぞれの立場を慮り、互いを尊重しながら納得できる合意点を探り、得られた合意に基づいてそれぞれの得意分野を生かしながら協調してことにあたる。
そのためには、異なる立場、意見の者同士が互いを尊重しながら理解し合おうとする「対話」の力が必要とされています。
今、どの自治体でも、私たち公務員業界で最も必要とされるこの力を持った若い優秀な人材を求めていますが、皆さんはその求めに応じ、高い倍率の難関を乗り越えて私たちの前に現れた救世主なのです。
もちろん、私たち中堅、ベテラン公務員が何の努力もせずに胡坐(あぐら)をかいているわけにはいきません。
私たちも、縦割りを打破し、組織や立場の壁を越えて様々な難題にあたるために必要となる「対話力」を身に着け、高め、鍛えなければと日々奮闘しているところですが、長年染み付いた習慣やその底流にある意識の変革は一筋縄でいきません。
そこで、改めて若い皆さんにお願いです。
ぜひ、その柔軟な感性を大切に育んで私たちの足りないところを補い、自治体と市民との「対話」の橋を架ける“まちのエバンジェリスト(伝道師)”を一緒に目指していただきたいと思います。
(「【公務員が関わるべき“もうひとつの公共財”】『対話』は社会のインフラ」に続く)
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今村 寛(いまむら ひろし)さんのプロフィール
福岡地区水道企業団 総務部長
1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。
また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。
好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2022年より現職。
著書に『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)、『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)がある。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信するnote「自治体財政よもやま話」を更新中。