「経済的な豊かさにつなげる仕組み」を模索
この連載の第1回の末尾に
「地域経済活性化には『小規模事業者の生産性向上』が重要で、そのためには『開発から販売までの流れを自分たちでつくる』ことが必要」
「こうした地域が抱える課題を解決するため『食という糸島の強みを活かして新しい“糸島ブランド”創出を目指す』糸島市マーケティングモデル推進事業(以下、マーケティングモデル事業)が開始された」
といったことを書きました。
(参照:データは知っていた「華やかさの陰の危機」)
“糸島ブランド”という言葉が出てきましたが、つくったブランドを活用することで経済的な豊かさにつなげなければならないと考えました。
たとえばApple社、トヨタ自動車、そして飲食料品で言えば、誰もが知っているコカ・コーラやグリコなど、ブランド力のあるメーカーでも常にそのブランドを維持、活用しながら、新しい商品を次々と打ち出し、顧客を創造し続けて利益を上げています。
マーケティングモデル事業によって創出を目指す“糸島ブランド”も同じで、つくって終わりではなく、絶えず新しい価値を生み出し続けられる仕組みづくりが重要だと考えました。
「観光客増の要因分析」でわかった“ある産業”の成長
前回、糸島市における観光客は増加傾向にあり、平成29年で年間648万人となっていることを紹介しましたが、実はその98%が日帰りです。
その要因を観光客の目的別に見てみると、JA糸島が運営する「伊都菜彩(いとさいさい)」に代表される産直施設が全体の42%も占め、飲食店(日帰りホテル・旅館含む)で10.6%。牡蠣小屋で7.4%など60%以上が「食」を求めて訪れる観光客です。
「食」を中心に観光客が増えたことは間違いありません。生産性向上に悩む中、食関連事業が「産業」レベルに成長していく兆しが見えたのです。
ところで、ゴールドマンサックスの元アナリストで、日本政府観光局の特別顧問などを務めるデービット・アトキンソン氏の著書「新・観光立国論」では、『食、自然、文化、気候の4つの要素の組み合わせが多様なほど、滞在時間が伸びて消費額も増える』ことが示されています。
自然や文化を求めて糸島市を訪れる観光客はそれぞれ10%ほどしかなく、多様性が低いことがわかり、滞在時間が短い日帰り観光が多いことに合致しています。食を中心に強みとなる他のコンテンツを磨き、情報発信することも大切です。
RESASが指し示した“顧客”
次に、その観光客がどこから来ているか、国が公表している誰でも使えるRESAS(地域経済分析システム)で分析してみました(下図参照)。
上図は正確にいうと「休日14時の滞在人口」で、その時間、その場所に滞在している人たちの情報です。純粋な観光客ではないかもしれませんが、おおむね傾向はわかります。
さきほど「日帰り客が多い」という分析をしましたが、90%以上が県内の観光客で、「糸島市民を除くと、ほぼ福岡市からの日帰り観光だとわかります。糸島市の「食」にかかわる顧客が福岡市にたくさん存在していることがわかりました。
ブームと地域経済収支は連動しない
ここで少し糸島市が置かれていた当時の状況について説明したいと思います。当時、実は“糸島ブーム”が起きていました。
たとえば、20代の若者を対象とした福岡エリアのタウン情報誌の「住みたいまちランキング」で、従来から人気が高いエリアである福岡市市内の天神や薬院、西新(にしじん)を押さえて糸島がトップになりました。
また、糸島産食材は福岡市内の飲食店で目にする機会が多くなり、コンビニや書店で並ぶ観光や移住の雑誌に糸島が掲載され、連日テレビに取材していただけるようになりました。
しかし、そうしたブームも地域経済の活性化に役立つことで地域の仕事(雇用)が増えなければ、地域にとってあまり意味はありません。
もっと言うと、マーケティングモデル事業で創出を目指す“糸島ブランド”においては、多くの人たちが働ける「産業」を育成するという視点が大事だと考えました。
そこで、地域の産業ごとの「移輸出入収支額」を検証しました(下グラフ参照)。「移輸出入収支額」では“市外に売る金額”と“市外から仕入れる金額”の差を見ることで「地域にどれだけのお金が入ってきているのか」あるいは「どれだけのお金が市外に流出しているのか」を調べることができます。
糸島市の産業を見ると、軒並みマイナスでした。
農業が1位、水産業や公務が上位にあり、普通のサラリーマンが就職できるような産業がありません。
“稼げる産業”がない状態で、外からもお金が入ってこないので、糸島市で今以上に人を雇ったり、給与を上げることができなかったりする構図になっていました。
「付加価値額」が教えてくれたもの
ただ注目したいのは、食料品製造業です。まだ収支マイナスではあるものの、2010年からの3年間でマイナス63億円からマイナス2億円まで収支が改善しています。つまり、60億円も市内に回したお金が増えたことになります。
糸島市の製造業の付加価値額上位5業種を見ても、食料品がもっとも稼ぎが大きく、伸び続け、上位5つのうちの半分近くを占めています(下グラフ参照)。
ここでも「食」が糸島を牽引している姿を見て、「産業を育成する鍵になるはずだ」と考えたのです。
地域経済の構造を「従業員規模」まで分解
次に糸島市の小売・卸売業の従業員一人あたりの年間販売額を調べてみると、福岡都市圏(福岡市を含む17市町)においてワースト2です(下グラフ参照)。
さらに、生産性を調べるため従業員規模で分解してみると、5人未満の事業所かつ従業員1人あたり年間1,000万円の壁があることがわかりました。この層の割合は6割近くに及びます。(下グラフ参照)。
データでみると事業者は経済的に潤っていないことがわかり、このような事業者の生産性があがり、稼ぐ産業になっていけば、糸島市でも働ける場所が増え、経済も活性化できます。
データの裏付けを徹底
5人未満の事業者が6割弱といっても、さまざまな業種があります。これだけ観光客が増え、まったく稼げていないかというとそうではありませんでした。
小売業全体を見るだけだとわからないので、業種ごとに付加価値額(稼ぎの大きさ、儲け額)を分けてみました(下グラフ参照)。
グラフ左軸の「1」は全国平均を示しています。軒並み平均以下の稼ぎしかありません。そんななか「飲食料品小売業」は全国平均の2倍も稼いでいることがわかったのです。
戦略は組織の資源配分を決めなければならないため、「やらないことを決める」ことも大事です。だから、「食」を地域戦略として徹底し、食料品関連の産業をもっと伸ばし、生産性を上げていこうと決めました。
(「ゴールは公費に依存しない『自走する公民連携』」に続く)
本連載「まちを元気にする自治体のマーケティング施策『糸島モデル』を創出した職員の仕事術」のバックナンバー
第1回:データは知っていた「華やかさの陰の危機」
岡 祐輔(おか ゆうすけ)さんのプロフィール
糸島市(福岡)企画部秘書広報課主査。MBA(経営修士)。2003年に二丈町(現・糸島市)に入庁。民間の経営手法を公共経営に活かすため、仕事の傍ら、九州大学ビジネススクールに飛び込み、MBA取得。2016年に「地方創生☆政策アイデアコンテスト」で地方創生担当大臣賞を受賞。受賞した政策を実施した「糸島マーケティングモデル」は「ふるさと名品オブ・ザ・イヤー2018」で地方創生賞(コト部門)を受賞。これらの功績により、地方公務員アワード2018を受賞。著書に 『スーパー公務員直伝! 糸島発! 公務員のマーケティング力』 (学陽書房)がある。
<連絡先>
電話:092-332-2079(直通)
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(版元の実務教育出版のサイトより)