本連載の概要
PwCは、社会における信頼を築き、重要な課題を解決することをPurpose(存在意義)として、世界155ヵ国に及ぶグローバルネットワークに28万4,000人以上のスタッフを擁し、高品質な監査や税務、アドバイザリーサービスを提供している。
社会課題は、そんな私たちだからこそ解決すべき重要な課題のひとつである。
その考えのもと、約2年前にビジネスを通して社会課題解決を進めるSocial Impact InitiativeをPwC コンサルティング合同会社内に立ち上げ、業界や専門分野を横断し、日々議論を進めている。
さまざまな企業や団体へのご支援を通して感じる課題、グローバルネットワークを介して得られる先端的な事例や手法、一人の生活者として日々感じる課題―。それらを踏まえると、日本における社会課題解決に欠かせないのは、自治体のチカラである。
本連載では、自治体のあるべき姿を再考するための要素・ヒントをお伝えする。これにより、日々、社会課題解決の最先端で対峙されている自治体のみなさま、社会課題解決に向けて取組みを検討されている企業や団体のみなさまの一助になればと願っている。
1社・1団体で解決できる課題は少なくなってきているいま、本連載を通し一緒に検討してくださる方と出会い、議論し、より大きな課題の解決に繋げることを期待している。
世界の潮流
今、世界はさまざまなキーワードの下、大きく変化しようとしている。
世界の共通言語となっている「SDGs」。
欧州を中心としたサステナビリティに関する規制である「EUタクソノミー」。
経済的価値と社会的価値を、トレードオフではない形でともに推進を図るという意味での「デカップリング」。
機関投資家の間でいまや主流となっている、環境(Enviroment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に配慮し、事業の社会的意義や成長の持続性などが高い企業を重視・選別して行なう「ESG投資」。
1社・1団体で解決が難しい社会課題解決にむけて、協働のアプローチを取る「Collective Impactアプローチ」。
その結果、生活者はより共感を持てるブランドや商品を購入するようになり、そうした市場の動きから、社会課題を意識しない企業は少なくなっているのが現状だ。
PwCでは1997年より毎年、各国のCEOを対象に、世界に多大な影響を及ぼしている様々なメガトレンドに関する意識調査を進めている。
しかし、現在のように変化の速い時代において、長期的な予測を立てる事は非常に難しい。そこで、現在起きている変化をどのように捉えるべきか、という検討を世界で進めADAPTという切り口を定義した。
これは、Asymmetry(非対称性)、Disruption(破壊的な変化)、Age(人口動態)、Polarisation(分断)、Trust(信頼)の頭(かしら)文字を取ったものである。
~ADAPTとは?~
・スキルの格差や貧富の差、地域間格差の拡大、あるいは結果としての中間層の衰退を捉えたAsymmetry(非対称性)
・経済活動による自然環境の破壊、温室効果ガスの排出に伴う気候変動問題の深刻化、ビジネスモデルの創造的破壊と業界の境界線の消失、あるいは現下の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がもたらす影響も含めたDisruption(破壊的な変化)
・人口構造の変化がビジネス、社会制度、経済に及ぼす影響を捉えたAge(人口動態)
・グローバルコンセンサスの脆弱化や、ナショナリズム、ポピュリズムの台頭といった世界あるいは国や地域での分断を捉えたPolarisation(分断)
・ソーシャルメディアなどの影響を踏まえた、企業や自治体に対する信頼性の低下という意味でのTrust(信頼)
これらは、今起きている変化を悲観的にばかりとらえているものではない。
ADAPTの切り口で見ると、日本はAsymmetryやTrustにおいて、世界から注目されている。
それは世界の多くの国や地域に比べると、日本は格差が比較的小さく、共通の社会的通念がまだまだ大切にされているためだ。
「三方よし」の精神は、ステークホルダー資本主義(※註:ステークホルダー資本主義とは、株主資本主義とは違い、企業は従業員・取引先・顧客・地域社会といったあらゆるステークホルダーの利益に配慮すべきという考え方)の核心にもあたるものであり、世界が見失いつつある信頼を再興するための支柱ともなるべき、日本が誇る強みである。
実際、世界は日本に学ぶべきという議論をよく耳にする。つまり、社会的通念の礎となっている自治体への信頼は、世界が注目すべき題材となっているのだ。
アプローチの変化
そんな社会において、企業・団体のアプローチが変化している。下図はPwCの世界戦略の責任者が提言しているアプローチの変化をまとめたものだ。
左側は、従来主流だった組織戦略である。グローバル化は成功のための黄金律(ゴールデンルール)のひとつであり、成功はGDPや株主価値をはじめとする「財務・経済指標による価値」により測定されてきた(下図参照)。
そこでは、多国間主義、自由市場経済、技術進歩における相互連携にふさわしい組織構造を持ち、市場で勝つことが優先されてきた。そこで求められるリーダーとは、経済領域に特化したグローバリストだった。
一方、右側は、これからの組織戦略である(下図参照)。
20世紀に進められたグローバル化は、今やその限界を露呈している。そのため、経済的な成長や成功の定義を考えなおし、包括的かつ相互依存的な経済を構築するローカルファーストな戦略が求められている。
つまり、地方自治体の役割が今こそ重要であり、自らの存在意義に立ち返り、それを中心とした変革を実行する組織と、社会的価値を生み出すイノベーション創出に向けてテクノロジーを刷新し活用する風土や文化が求められているのだ。
ここで求められるリーダーには、相反する特徴や矛盾を包み込める人材を、バランス良く登用することが期待される。
先ほど述べたように、世界の変化は速く、新型コロナウイルス感染症によってさらに加速されている現在において、様々な矛盾を包み込むリーダーシップをもって、課題の解決に力強くかつ迅速に取り組む事が求められているのである。
次に、相反する特徴や矛盾を包み込めるリーダーシップの例を6つ紹介する。
①グローバルマインドを持ちながらも、ローカルファーストの精神の下、地域で活躍する方
②人々から信頼される誠実さを持ちながらも、変化に対する人々の抵抗感を乗り越え、人々のためにともに働ける方
③不確実性の増す激動の時代をリードする自信を持ちながらも、謙虚さを兼ね備えている方
④将来を見据えた戦略的な意思決定を行いながらも、足元の課題を着実に解決する方
⑤未来思考のテクノロジーに精通しながらも、それを与えられた条件の中で人間中心の考え方を持って活用する方策を検討できる方
⑥伝統を十分に理解し大切にしながらも、現代への価値変換を行い変革への挑戦を行う方
このようなリーダーが今求められており、日本各地には、老若男女を問わず、このようなリーダーが多くいるのではないかと考えている。
自治体Transformationとは
ここまで述べた、変革が求められる世界的な背景や次世代型社会に向けた課題の捉え方、アプローチの変化と今後鍵となる人材を通じ、変革の必要性を感じて頂けたのではないだろうか。
そんな変革の中心にいるのは、自治体である。
現在の自治体は、住民や企業、団体から税収を獲得し、サービスを提供する形式をとっている。しかし、自治体が提供するサービスの内容や深度は、社会変化による社会課題の顕在化や地域課題の変化により、拡大する一方である。
そんな状況にも関わらず、社会的な人口減、日本経済の成長度合いを踏まえると、今後大幅な税収増は見込めないのではと考えられる。つまり、現状の形式を続けることは困難なのだ。
そこで今後求められるのは、「自治体がビジョンを示し、そこに住んでいるか・企業活動をしているかに関わらず、共感を起点にした資本の獲得」を進める形式への移行である。
次回以降、企業が置かれている状況や求められている行動を解説し、企業と自治体がどのように協働を進めるべきなのか、その際に自治体が準備するべき事項は何か、具体的にどんな手法で進めるのか、その事例などを紹介する。
(「ソーシャル・トランスフォーメーション実現に向けた公民連携の重要性 ~前編~」に続く)
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宮城 隆之(みやぎ たかゆき)さんのプロフィール
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
20年以上にわたりコンサルティング業務に携わり、2018年より公共事業部門担当パートナーに就任。ビジネスを通して社会課題解決を進めるSocial Impact Initiativeを立ち上げ、リード。
近年は”社会インフラ“関連事業(郵便・物流、中小企業、人材サービス)でのコンサルティング経験を生かし、様々な機関と協同し、政策提言や社会課題解決、デジタルトランスフォーメーション、地方創生などをリード。
犬飼 健一朗(いぬかい けんいちろう)さんのプロフィール
PwCコンサルティング合同会社
シニアアソシエイト
民間企業の新規事業・新業態開発を始め、業務効率改善や官公庁における事務局運営に従事。「ソーシャル・インパクト・イニシアチブ」と「次世代自治体推進プログラム」を発足し、ソーシャルインパクトマネジメント手法の開発、民間企業と地方自治体の協働を推進する地方創生を支援。