ミュージックツーリズムとは?
「ミュージックツーリズム(Music Tourism)」という言葉をはじめて聞く自治体職員の方は多いのではないだろうか。
ミュージックツーリズムとは、音楽と観光が結びついたもので、音楽を楽しみつつ、その土地固有の食や文化、歴史、工芸、アトラクション、アクティビティなどに触れながら、おもに都市部住民(音楽ファン等)と地域の人びとが交流する音楽観光事業のことである。
ミュージックツーリズムは大きく2つに分類される。ひとつは生誕地や墓地といった音楽家ゆかりの地をめぐる「聖地巡礼型ミュージックツーリズム」。
そして、もうひとつはロックフェスティバルやクラシック音楽祭などの音楽イベント、あるいは技術向上のための音楽レッスン(習い事)への参加を目的にした「音楽体験型ミュージックツーリズム」である。
特に、観光関連事業者に加えて、コンサート企画運営会社やアーティストマネジメント会社、グッズ制作会社など、すそ野が広く経済効果を生む音楽体験型ミュージックツーリズムにいま大きな注目が集まっている。
成功法則
音楽が生まれ、演奏される場所には、必ず観光客を引きつける音楽資産が存在する。音楽家や音楽そのもの、生家や墓地などの音楽家ゆかりの地、さらには、地域に根差した音楽に関連した行事(音楽フェスティバルやコンサート)や組織(音楽家集団や音楽会社)、教育(楽器演奏や合唱)、施設(音楽ホールやライブハウス、音楽広場)なども音楽資産に含まれる。
魅力的な音楽資産をもつ地域は、それらを活用してミュージックツーリズムを実践することができる。
しかし、魅力的な音楽資産をもつ地域であったとしても、宿泊施設が不足していたり、交通が不便だったりすると、音楽観光客を誘致することは難しい。
ミュージックツーリズムを成功に導くには、音楽資産の発掘・磨き上げとともに、観光資源や観光インフラの整備が重要となってくる。
裏を返せば、魅力的な観光資源をもっている地域は音楽資産を発掘し、音楽資産をもっている地域は観光インフラを整備すれば、ミュージックツーリズムの成功に近づくことができるのだ。
英国では行政や議会が支援
ミュージックツーリズムの可能性にいち早く気づき、その振興に着手したのは、ザ・ビートルズ(The Beatles)を筆頭に数多くのロック・レジェンドを輩出した英国だ。
2011年、ミュージックツーリズムの経済効果を測定した英国の音楽業界団体が、国や地域に大きな利益をもたらすことを発表、当時のキャメロン首相が講演でミュージックツーリズムの支援を約束した。
その結果、2016年に英国を訪れた音楽観光客は約1,250万人、経済効果は40億ポンド(5,280億円)と、2011年の1.76倍に成長。雇用は68%も増えたという。
英国第2の都市バーミンガムは、ヘヴィメタルの源流バンドであるレッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)、創始者のブラック・サバス(Black Sabbath)、1970年代以降のヘヴィメタルの方向性を決定づけたジューダス・プリースト(Judas Priest)といったバンドを輩出し、ヘヴィメタルの聖地ともいえるまちだ。
しかし、バーミンガムは、その価値を理解し、資産として活用してこなかったため、リバプールやグラスゴー、マンチェスターのような「音楽都市」に遅れをとっていた。
だが、バーミンガム市議会がミュージックツーリズムの振興を決定し、行政や大学を巻き込んで、ヘヴィメタルの大規模展覧会や学術シンポジウム、音楽イベントなどを定期的に開催し、多くのメタルファンの誘客に成功している。
また、夏の避暑以外では観光客がほとんどいなかった欧州の島国アイスランドでは、1999年から航空会社が中心となり、オフシーズンの11月に飛行機の格納庫を使ったロックフェス「アイスランド・エアウエイブス」を開催している。現在では、世界最大の露天風呂ブルーラグーンと並ぶアイスランド観光の目玉になっている。
地域活性化のための音楽イベント
ロックフェスティバルであれ、クラシック音楽祭であれ、アイドルのコンサートであれ、音楽イベントはこれまでも地域で開催されてきた。しかし、イベント来場者は、イベントが終わるとすぐさま自宅に帰ってしまい、来場者がイベント終了後に1日あるいは半日ほど延泊したり、その土地を観光したりすることはほとんどなかった。
実は、地域にとって、イベント開催による経済的な恩恵は、これまであまりなかったのである。それどころかデメリットしかない場合もあった。
地方で人気アーティストがコンサートを行うと、会場付近で交通渋滞や、ごみが散乱するなどの環境被害が生じ、また、ロックフェスやレイブパーティー(註:ダンス音楽を一晩中流す大規模な音楽イベントやパーティーのこと)が開催される地域では、観客同士のけんかやドラッグ使用などのトラブルが発生、治安の悪化を招いた。
したがって、地域によっては、ロックフェスやレイブパーティーなどの音楽イベントの開催に否定的な考えをもつ住民も多かった。
しかし、コンサートビジネスの隆盛に伴い、音楽イベントやフェス文化が発展・成熟していく中で、音楽イベントの目的やあり方も多様化している。
観客を楽しませるためにイベントを行うのは当然のこととして、近年、まちを救う(地域を活性化させる)ためにイベントを開催する動きが出てきた。特に地方で、音楽イベントを通じた地域活性化に取り組む人びとが増えてきた。それらの人びとは、観光業に従事する人であったり、自治体の職員であったり、音楽好きの一般市民だったりする。
日本にも現れ始めた“先駆者”たち
地域活性化を目的とした音楽イベントは、「アーティストを呼んでコンサートを行う」というこれまでの音楽イベントとは一線を画し、音楽と地域観光がより密接に結びつき、地方のまちを経済的に救うだけでなく、文化振興にも役立ち、住民の交流も促進する。いわば、地域活性化の切り札になっている。この地方発のミュージックツーリズムの動きは、先に見た英国やアイスランドだけでなく、日本においても徐々に浸透している。
次回以降の本連載では日本国内の活気あるミュージックツーリズムを取り上げる。渋川市(群馬県)の「1000人ROCK FES.GUNMA」、高槻市(大阪府)の「高槻ジャズストリート」、愛知県知多半島の5市5町による「知多半島春の国際音楽祭」、唐津市(佐賀県)の「唐津ミュージックコミッション構想」などである。
これらミュージックツーリズムで成功を収めた日本の先駆者たちの顔触れは、青年会議所、観光協会、商工会議所・商工会、地方自治体、音楽関連団体、そして地域の若者たちだ。彼らの成功から、ミュージックツーリズムの可能性を感じ取って頂きたい。
“コロナ禍”を機会に変える準備期間に
人口減少、少子高齢化、過疎化、後継者不足、観光客減少、空き家問題等々、地方のまちを取り巻く環境は厳しい。
「自分が生まれ育ったまちが消滅することを避けたい」「自分たちのまちの活気を取り戻したい」―。このように考えている地域関係者はたくさんいると思う。
新型コロナウイルス感染症が世界中で猛威を振るい、産業界、とりわけ、観光業界とエンターテインメント業界に深刻な被害をもたらしている今ならなおさらだろう。
新型コロナウイルスは私たちから音楽イベントと観光を奪ったが、それらは永遠に失われたわけではない。人びとが再び歓声を上げてコンサートを楽しんだり、気軽に旅行に出かけたりすることができるまでの時間を、音楽イベントや地域観光がより強靭なものになるための準備期間ととらえることはできないだろうか。
日本は豊かな音楽資産と魅力的な観光資源をもつ世界有数の国であり、長期的には、音楽や観光の需要はまったく失われていない。音楽と観光が結びついたミュージックツーリズムがもつ価値や潜在性への注目は、今後ますます高まっていくだろう。危機的状況の今だからこそ、危機を機会に変えるための戦略を整えておくべきだ。
アフターコロナの地域観光や地域活性化の戦略として、ミュージックツーリズムは大きな力を発揮するはずだ。本連載が、コロナ禍で苦しむ地域関係者や音楽関係者の再生の一助になることを願っている。
(「“熱狂”のシティプロモーション”~渋川市『1000人ROCK FES.GUNMA』<前>」に続く)
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~「それでも音楽はまちを救う」(イースト新書)の概要~
ミュージックツーリズムという新提言。アフターコロナは音楽と地域観光が花開く!音楽の力で、地域経済はもう一度やり直せる。「地方創生」が謳われて6年。日本各地で、故郷を救うべく有志が立ち上がっていた。その熱意が結実し、さまざまな音楽イベントが生まれ、活況を呈している。彼らはいかにして、イベントを成功に導いたのか? 人々を熱狂させ感動を与える音楽の力を、観光業に取り入れることで、地域経済はもう一度やり直せる。そこには、新型コロナウイルス禍に見舞われた地方を救うヒントもあった。音楽を愛するすべての人の思いが、活気を失ったまちに大きな波を呼び込む。詳細な調査で迫った、地域再生の現場。イースト・プレスより出版。
【目次】
第1章 世界に学ぶ音楽観光
第2章 音楽観光で成功を収めた日本の先駆者たち
第3章 音楽でまちを救うために~ミュージックツーリズム実践編~
第4章 音楽イベントのリスクマネジメント
第5章 まちはコロナ禍といかに闘ったか