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先進事例2019.06.18

❝西之表市発❞の認知症対策をモデルケースとして世に広げたい

❝西之表市発❞の認知症対策をモデルケースとして世に広げたい

鹿児島県西之表市 の取り組み

❝西之表市発❞の認知症対策をモデルケースとして世に広げたい

西之表市 高齢者支援課 高齢者支援課長 森 真樹
高齢者支援係長 兼 包括支援センター長 山中 寿和

高齢化社会が急速に進む日本において、健康寿命の延伸は積極的に取り組むべき行政課題のひとつである。そんななか、種子島にある西之表市(鹿児島県)は、高齢者の認知症対策の一環として、産学を巻き込んだ「認知症リスク測定会」を平成29年に実施した。同市の担当者2人に、測定会が実施された背景と取り組み内容などを聞いた。

※下記は自治体通信 Vol.16(2018年12月号)から抜粋・一部修正し、記事は取材時のものです。

鹿児島県西之表市データ

人口: 1万5,476人(平成30年9月末現在) 世帯数: 8,080世帯(平成30年9月末現在) 予算規模: 148億3,379万6,000円(平成30年度当初予算) 面積: 205.66km² 概要: 種子島の北部に位置し、東・西・北は海に面し、南は中種子町と接しており、島の総面積の約45%を占めている。歴史は古く、縄文・弥生(やよい)時代の遺物を出土。『日本書紀』には「多禰嶋(たねのしま)」と記されている。農業、漁業といった第一次産業が盛んで、さとうきびを原料とする黒糖やさつまいもを利用した菓子や焼酎、ザコ、トビウオなどの海産物の干物などが製造されており、『種子鋏(たねばさみ)』は特産品。

―西之表市が「認知症リスク測定会」を実施した背景について教えてください。

森:そもそも本市では、全国のなかでも特に高齢化が進んでいます。日本全体で「2060年には高齢化率が40%程度になる」と予想されるなか、本市ではじつに2025年と予想。まさに、日本の将来を映す縮図だといっていいでしょう。

山中:そのため本市は、「健康寿命の延伸」に向けた取り組みを行ってきました。地域サロンの開催や、歌にあわせてムリのない簡単な運動をする「元気アップ体操」など。都市部よりも地縁が強いという特徴を活かし、市内各地の54コミュニティにおいて住民主体のもと、現在も活動しています。

森:ただ、こと認知症でいいますと、もう少し踏み込んだ取り組みが必要だと感じていました。

―それはなぜですか。

森:本市で要介護に認定された高齢者の約3割が、認知症患者でした。まだ認定されていない方や予備軍まで考えると、その対策が急務だったのです。

山中:ただ、対策といっても状況を把握しないとなにも始まりませんし、専門的な知識も必要。もともと本市では、サトウキビの研究など、大学と連携した取り組みを積極的に行っており、そのつながりから認知症対策に取り組んでいる筑波大学の教授、矢田幸博先生を紹介してもらったのです。

 そして、矢田先生が主体となって取り組みを開始。まずは、認知症の割合も含めて域内における高齢者の状況を確認するため、測定会が実施されたのです。

―結果はどうだったのでしょう。

森:市内の高齢者に声をかけ、約500人が測定会に参加。平成29年から1年かけて調査を行い、結果として約2割の方が認知機能低下の疑いがあり、なかには「すぐに治療が必要」という方もいることが判明したのです。結果を受けて、「そんなにいたのか」というのが率直な感想でしたね。改めて状況を認識するとともに、認知症対策の重要性を実感しました。

介入試験により3つの商材を改善に活用

―その後、どのような対策を行ったのでしょう。

森:測定会によって、認知症の疑いをはじめとしてさまざまな症状を示す方がいました。そこで矢田先生の紹介により、3社の民間企業に参加してもらい、介入試験を行うことにしたのです。その商材が、認知機能改善に影響があるとされる水素吸入器、頻尿・軽失禁に対処する紙おむつ、睡眠効果が期待される紅茶の3つです。

 参加者の症状や希望にあわせて、それぞれの商材を実際に使ってもらい、その効果を検証しようという取り組みです。

山中:現在は実験結果を矢田先生のほうで取りまとめている最中なので、データにもとづく結果が出るのはまだこれから。ただ、利用者からは好意的な意見が出ています。じつは私も水素吸入で特別に参加させてもらっているんです。

森:二日酔いをしなくなったという高齢者の方もいましたね(笑)。特に水素吸入は、ポータブルで気軽に吸えるという点で、日常使いがしやすいと思います。

―一連の取り組みにおける今後の方針を教えてください。

山中:引き続き、検証を行っていきます。今回の取り組みは「認知症は誰もがなりえる病気なんですよ」という啓発活動も意図していたので、それも達成できているのでは、と思いますね。

森:もともとは現状の把握、意識の浸透が目的でしたが、今回は具体的な改善策まで踏み込むことができました。今後、この取り組みが発展し、西之表市発の認知症対策のモデルケースとして全国に広まっていけば、と考えています。


鹿児島県西之表市 の取り組み

❝西之表市発❞の認知症対策をモデルケースとして世に広げたい

「官学」に「産」の技術がくわわれば「認知症の対策」にまで踏み込める

前ページで紹介した、西之表市による「認知症リスク測定会」の取り組み。その陣頭指揮を執ったのが、筑波大学教授の矢田氏である。このページでは同氏にインタビューを実施。取り組みの詳細や、今後の可能性などについて聞いた。

※下記は自治体通信 Vol.16(2018年12月号)から抜粋・一部修正し、記事は取材時のものです。

高齢化で現れる症状を包括的に調査

―今回、西之表市が実施した「認知症リスク測定会」の概要を教えてください。

 まず平成29年の1月、西之表市の高齢者約500人に集まっていただき、脳年齢や日々のストレス度合い、歩行状態など、さまざまな項目をチェックする「一次検査」を半年にわたって実施。その結果を受けて、参加者のカテゴリー分けを行いました。それが、「睡眠に問題アリ」「頻尿・軽失禁の傾向」「サルコペニア(※)の疑い」、そして「認知機能低下の疑い」の4つ。測定会の発端は認知症の調査ですが、高齢化にともなって現れる、認知症とも関連性が高いさまざまな症状を包括的に調査したのです。残念ながら、どの項目にも属さない健常者は数十名しかいませんでした。

 そして、「認知機能低下の疑い」のある方が約2割いらっしゃいました。その方たちには「二次検査」を受けてもらい、詳細な認知検査を実施。約20人の方が認知症の疑いが高かったため、病院による検査治療に移ってもらったのです。

 それ以外の方も、軽度の認知障害が見られるケースもあり、家族も本人も気づかないうちに認知症が進んでいる人が意外と多いということが判明しました。

 さらに今年になって、この取り組みは次の段階に移りました。

※サルコペニア:加齢や疾患により筋肉量が減少し、全身の筋力低下および身体機能の低下が起こることを指す

高齢者支援の行き詰まりを打開する画期的な取り組み

―なにを行ったのでしょう。

 民間企業の協力による、介入試験です。それが、民間企業3社による「水素吸入」「紙おむつの装着」「紅茶の香りを嗅ぐ」です。この3つを症状や希望ごとに一定期間利用してもらい、改善が見られたかどうかを調査したわけです。

 「水素吸入」は認知機能の改善、「紙おむつの装着」は生活の質向上、「紅茶の香りを嗅ぐ」は睡眠の改善に効果があるのではないかと研究が行われています。現在は介入試験が終了し、データを解析しているところですね。

―改めて、今回の取り組みにどんな価値を感じていますか。

 解析中の結果を除けば、やはり「産」の参加によって介入試験まで行えたことですね。これまでに、「官学」による取り組みは、数多く行われてきました。それこそあらゆる調査が実施され、発表もされています。ただ、ほとんどが「それで終わり」なんです。本当は、調査や発表を受けての対応策が大事なはずですよね。でも、それがなかったんです。

 高齢者支援というのは、えてしてそこで行き詰まってしまうものなんです。自治体としても、ウォーキングや体操といった運動促進にとどまりがち。確かに運動は、よい取り組みであるのは間違いない。ただ、それだけというケースが多いんです。だからこそ、「産」の技術がくわわった今回の具体的な取り組みは画期的なものだと考えています。

 認知症は病気ですが、その前段階のケアで必ず医療費の負担は減らせます。これからも引き続き、「産官学」の取り組みを行っていくことで、認知症の予防を図っていきたいですね。

矢田 幸博(やだ ゆきひろ)プロフィール

昭和59年、花王石鹸株式会社(現:花王株式会社)に入社。皮膚生理機能にかんする基礎研究に従事する。世界で初めて「紫外線による皮膚の黒化機構の解明」「アトピー性皮膚炎の皮膚脂質代謝の解明」などを行う。この間、留学を経て、平成4年に学位習得(医学)。平成22年より主席研究員。筑波大学大学院グローバル教育院 ヒューマンバイオロジー学位プログラムの教授を兼任。統合生理学(中枢機能~自律神経系機能~末梢機能)、皮膚生理学(皮膚関連細胞の機能解析、皮膚老化)、生化学(細胞内情報伝達系機構の解析、生体成分分析)などを専門に数々の論文を発表し、セミナーを実施している。

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