※下記は自治体通信 Vol.62(2024年12月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
介護保険制度の持続可能性を高めるため、介護給付の実態を点検して不適切なサービス提供の是正を図る「介護給付適正化事業」。同事業の重要性を認識し、推進する自治体は増えている。そうした自治体の一つである伊勢原市(神奈川県)では、介護給付の点検にシステムを活用し、不適切な給付を効率的に見つけるという確かな効果を実感しているという。取り組みの詳細を、同市の担当者に聞いた。
[伊勢原市] ■人口:10万1,277人(令和6年11月1日現在) ■世帯数:4万7,663世帯(令和6年11月1日現在) ■予算規模:639億9,400万円(令和6年度当初)
■面積:55.56km² ■概要:神奈川県のほぼ中央に位置し、南部を平塚市、西部を秦野市、北東部を厚木市と接する。山林原野が市の面積の約3分の1を占め、豊かな自然と温暖な気候に恵まれている。丹沢大山国定公園の一角に位置する大山は同市のシンボルで、古くから信仰の山として崇められ、「大山詣り」は平成28年、「日本遺産」に認定された。
給付適正チェックの限界を、既存の取り組みに感じていた
―介護給付をめぐり、どのような問題意識をもっていましたか。
当市では、2045年頃まで高齢化の進展が続く見込みで、今後も介護給付費の増加が懸念されています。また近年では、一部の高齢者向け集合住宅における過剰・不当なサービス提供が全国的に社会問題となっていますが、当市においてもそうした事例が確認されており、介護給付費増加の一因となっていました。ほかにも、介護報酬の算定要件に関する法体系は複雑なため、発覚していない事業者の誤請求があるのではないかという懸念もありました。そのため、介護給付費を適正な水準に維持し、介護保険制度の持続可能性を高めるためにはこれらの問題への対応が急務だと考え、介護給付適正化に取り組んできました。
―具体的に、どういった取り組みを行ってきましたか。
おもに、「運営指導」と「ケアプラン点検」に取り組んできました。運営指導は、介護保険サービスを提供する事業所に出向き、書類検査やヒアリングにより法令との適合性を確認し、取り扱いが不十分な場合は改善指導を行います。ケアプラン点検は、ケアマネジャーとの面談を通じ、ケアプランが自立支援に資する適切な内容となっているかどうかを確認し、必要に応じてケアプランの再作成を行ってもらいます。しかし、いずれの取り組みにも課題を感じていました。
―どのような課題でしょう。
いちばん大きな課題は職員の人手不足です。権限委譲などにより当市が運営指導を行うべき事業所の数は10年前から約4倍に増えた一方で、指導業務を担う職員は減少しています。それに加え、複雑な法令の知識や調査スキルの習得にも時間を要するため、人材育成も十分に行えていませんでした。また、運営指導には時間の制約があるため、すべての利用者の長期間の請求状況を網羅的に点検することができません。業務委託により実施しているケアプラン点検も同様に、予算の制約により実施できる件数が限られています。加えて、点検対象とするケアマネジャーやケアプランは、担当者の経験則に基づき給付実績の特異傾向などから選定していましたが、給付実績だけでは気づけない視点があるのではないかと感じていました。そうしたなかで、トーテックアメニティ社から介護給付適正化事業総合支援システム『トリトンモニター』の提案を受け、関心をもちました。
164件の疑義を抽出し、ヒアリングにつなげられた
―どのような点に関心をもったのですか。
給付状況の「適正チェック機能」です。この機能は、給付実績と要介護認定データを取り込んでそれぞれの情報を突合し、算定基準を満たさない給付や身体状況にそぐわない給付、過剰な給付など、多角的な観点からチェックできるものです。加えて、すべての受給者の長期間にわたる請求状況を網羅的にチェックすることができます。一例をあげると、「認知症自立度がⅡ以下の状態の方に認知症加算Ⅰが給付されている」「重度の寝たきり状態の方に歩行杖が貸与されている」といった条件で、疑義がある給付を自動抽出できます。こういった機能が先に述べた課題の解決に役立つのではないかと期待し、令和5年度に導入することとしました。
―システムの活用状況を教えてください。
『トリトンモニター』では、適正チェックにより抽出対象となった事業所へのヒアリングシートと鏡文も自動作成できるため、事業所に対してヒアリングシートを送付し、ケアプランの見直しや過誤調整の有無の結果を市に返送してもらいます。ヒアリングシートの送付や返送については、同社が提供する関係者向けサイト『ケア倶楽部*』を介してオンライン上でやりとりできるため、一連の作業にかかる事務負担も抑えられています。
―システムの活用により、どのような成果を得ていますか。
導入の初年度は限定的な運用を行いましたが、合計55事業所で164件の疑義がある給付が抽出され、ヒアリングシートを送付しました。このうち、自主的にケアプランの見直しが行われた割合は約1割で、介護報酬の返還が生じた割合は約2割ありました。仮に、ケアプランや誤請求が是正されず将来にわたって不適切な給付が続いていた可能性を考えると、実際に返還があった金額以上の効果額があるものと考えています。また、自主的な見直しが行われなかったケースでも、運営指導による対応に切り替えを行い見直しにつながった事例もありました。ほかにもケアプラン点検対象者の選定にも『トリトンモニター』による抽出結果を活用するなど、既存の取り組みにも相乗効果を発揮しています。
*『ケア倶楽部』 : 情報共有サービス『けあプロ・navi』のうち、関係者向け会員制サイトの名称
―今後、どのような方針で介護給付適正化を推進していきますか。
『トリトンモニター』は運営指導やケアプラン点検など既存の取り組みでは手が届かなかった部分を補完するものと認識しており、それぞれの取り組みには長所・役割があるため、システム導入により既存の取り組みにかかるリソースを削減することは決してあってはならないと考えています。今後は、『トリトンモニター』により多角的な観点から広く機械的なチェックを行うとともに、運営指導やケアプラン点検を通じたきめ細かな指導・点検の充実も目指し、相乗効果を発揮させ、さらなる給付適正化を推進していく考えです。
また、介護保険制度の安定的な運営を行うためには、ほかにも市民や関係者への情報提供体制の充実も重要であると考えます。
包括的な情報の提供体制を、Webサイト上に構築
―詳しく聞かせてください。
高齢者が要介護状態になっても住み慣れた地域で生活を継続するためには、介護だけでなく、医療・介護予防・住まい・生活支援などが地域のなかで包括的に提供される体制が重要となります。そのため、分野を越えた幅広い情報を発信できる仕組みが必要だと考えていました。しかし当市では従来、そうした情報が複数のWebサイトに分散されていたため、「一元的な情報収集が難しい」といった声が関係者から届いており、市としても問題意識をもっていました。こうした課題に対応するために、トーテックアメニティ社から提案を受けた社会資源情報共有ツール『けあプロ・navi』の導入も決め、現在は伊勢原市における包括的な情報提供体制の構築を進めているところです。
―具体的に、どのような情報発信を行っていますか。
令和6年7月に「伊勢原市けあプロ・navi」というオープンサイトを開設し、まずは介護保険事業所や高齢者向け集合住宅の情報、介護事業所の空き情報などを集約したコンテンツを掲載しています。また、介護事業所の求人情報やボランティアの募集情報も掲載し、トップ画面から検索できるようにしました。介護人材不足が深刻な問題となっているいま、地域に根ざし、介護に特化した求人サイトとしての役割も期待しています。
『けあプロ・navi』については、つねに鮮度の高い情報を収集・更新できるような仕組みが備わっている点も評価しています。
収集・更新の手間なく、鮮度の高い情報を発信できる
―情報更新はどのように行うのですか。
事業所側からリアルタイムで情報更新を行えるのはもちろん、掲載情報についてはトーテックアメニティ社が定期的に情報収集や更新を代行してくれます。たとえば、居宅介護支援事業所の空き情報であれば2週間に1度調査したうえで掲載情報の更新を行います。こうした仕組みがあるため、掲載内容の更新を事業所側だけに委ねることなく、つねに鮮度の高い情報が掲載されることが期待できます。
―今後の活用方針を聞かせてください。
令和6年度は、介護に関する情報の掲載からスタートしましたが、来年度には医療機関や薬局などの情報の掲載も検討しています。今後、順次掲載する情報の範囲を広げ、将来的には地域包括ケアシステムや共生型社会の構築に関する、さまざまな関係者の利用を想定した、伊勢原市の総合的な情報プラットフォームとして『けあプロ・navi』を活用していく方針です。
介護保険制度の安定的な運営②
専門性の高い「システム×人」の支援で、高齢者福祉サービスの質を高めよ
ここまでは、介護給付適正化事業や、介護関連情報の発信にシステムを活用し、適切な介護サービスが行き届くまちづくりを目指す伊勢原市の取り組みを紹介した。ここでは、その取り組みを支援しているトーテックアメニティを取材。介護事業の安定的な運営を実現するためのポイントを、同社の田中氏と湯本氏に聞いた。
トーテックアメニティ株式会社
公共システム事業部 ソリューション営業部 第1グループ
田中 千絢たなか ちひろ
平成7年、千葉県生まれ。平成30年に和洋女子大学を卒業後、トーテックアメニティ株式会社に入社。同年より現職。おもに自治体福祉部門向け自社ソリューションの営業を担う。
トーテックアメニティ株式会社
公共システム事業部 ソリューション営業部 第1グループ
湯本 大地ゆもと だいち
平成11年、埼玉県生まれ。令和4年に日本大学を卒業後、トーテックアメニティ株式会社に入社。同年より現職。おもに自治体福祉部門向け自社ソリューションの営業を担う。
法改正や人事異動により、事業の継続が難しくなる
―介護保険制度の運営をめぐる自治体の取り組み状況を、どのように見ていますか。
田中 職員の人手不足を背景に、介護給付適正化事業や情報発信の強化といった、任意の取り組みに労力を割けずにいる自治体が少なくありません。たとえば介護給付適正化事業では、給付実績のデータ量が膨大で点検が断片的にならざるを得ず、実態把握に手応えを得られないといったケースが多いようです。また、介護保険制度は3年に1度の介護保険法の改正に加え、軽微な改訂なども度々行われるなか、人事異動によって介護給付適正化事業を継続できなくなるといった話も耳にします。
湯本 情報発信については、介護保険だけにとどまらず、インフォーマルや医療、さらには介護予防に関する情報も包括的に発信することが自治体には求められるようになっています。しかし、介護事業者との連絡事務や情報の収集・更新が負担となり、十分に取り組めずにいるケースが目立ちます。
―良い解決策はありますか。
湯本 こうしたマンパワー不足に起因する課題には、システムの活用が解決の近道になります。たとえば、介護給付適正化事業に関する課題に対して当社では、『トリトンモニター』というシステムを提案しています。これは、給付実績や介護認定データをもとに給付の適正チェックを行えるものです。このシステムは、データを突合するという一見シンプルな仕組みですが、国や自治体、研究事業における活用を通じ、介護給付適正化事業に必要となるような専門的な知見とノウハウが蓄積されています。システムにあらかじめ用意された「チェック条件」をみてもその数は約1,500にのぼり、自治体は複雑な介護保険制度における給付実態の多面的な把握を目指せます。
田中 当社では、このシステムの活用効果をさらに高めるサポートも合わせて提供しています。
ケアプラン点検の受託など、BPOによる支援も展開
―具体的に聞かせてください。
田中 情報発信ツール『けあプロ・navi』と連携させることで、ケアマネジャーに対する「ヒアリングシート」の送付をオンライン化し、紙の文書やメールを送る際に伴う事務負担を解消します。これに加え、当社ではスタッフが導入自治体を定期訪問し、システムの活用や介護給付適正化事業の推進についての助言も行い、事業の継続を人的にサポートします。
湯本 こうした専門性の高いシステムと人の双方による支援体制は当社のソリューションの特徴です。介護保険などの情報伝達・発信についても、システムと人の両面で自治体を支援しています。
―どういった支援が可能ですか。
湯本 『けあプロ・navi』というツールをベースに専門サイトを構築することで、自治体職員や介護事業者、ケアマネジャーなど、関係者間の情報の伝達・発信を支援します。このツールは、介護保険のみならず、地域包括ケアシステムや重層的支援体制整備事業にも活用できる、高い拡張性が特徴です。当社ではこれに、医療・介護事務の有資格者で構成される「情報センター」が、自治体に代わり情報の収集やサイト運営を行うことで、職員の業務負担を抑えつつ、社会資源を必要とする人に行き届けるお手伝いをしています。
―自治体に対する今後の支援方針を聞かせてください。
田中 当社はシステムインテグレーターとして自治体や研究機関などによる介護保険制度運営をシステム面で支援してきましたが、近年は、その実績で培った知見を活かし、ケアプラン点検の受託や、介護事業計画の進捗管理といったBPOサービスの展開も始めています。ぜひ気軽にご連絡ください。