※Tourism1.5~ツーリズムフォワード~
JTBでは、ツーリズムの未来に向けて“1.5歩先” の情報をお届けするマガジンとして、「Tourism1.5~ツーリズムフォワード~」を発行しております。
最新トレンドやJTBと地域自治体様にて取り組んだ事例などについて「テーマ」を設定し四半期ごとにご紹介をしております。
昨今のインバウンド需要の回復により、2024年の訪日外国人観光客は、新型コロナウイルス前の19年を上回る見通しとされ、観光産業の拡大が期待されています。
観光産業の盛り上がりに合わせて注目されているのが「観光DX」。デジタル化による効率化に加え、収集されるデータの分析・利活用により、ビジネス戦略の再検討や新たなビジネスモデルの創出が進んでいます。
本記事では、隠岐諸島での取り組みや有識者の見解をもとに「観光DX」を紐解いていきます。
1 隠岐諸島における、地域一体となった観光DXの取り組みについて
隠岐諸島はユネスコ世界ジオパークに登録されており、構成する4つの有人島それぞれが、多彩なロケーションやアクティビティを有しています。しかし、観光客のニーズに合わせた高付加価値なサービスの提供や情報発信ができていないという課題がありました。それを解決すべく、観光情報及び宿泊・体験予約プラットフォームを構築し、観光事業者の予約受付を一元化することで、隠岐地域の回遊利便性の向上を図っています。
今回、この取り組みを推進している隠岐ジオパーク推進機構 河本さん、隠岐の島町観光協会 岸本さん、西ノ島町役場観光定住課 村瀬さん、JTB霞が関事業部 菅原さんの4名に、隠岐諸島における地域一体となった観光DXの取り組みについてインタビューを行いました。(聞き手=JTB総合研究所主任研究員・藤田尚希)
プロフィール
河本 直紀 さん
神奈川県出身。東京大学教育学部在学中に隠岐諸島海士町へインターン。そのまま隠岐に移住し、2年間海士町観光協会で勤務した後、現在は隠岐ジオパーク推進機構マーケティンググループにて、自然資源を守りながら観光に活かしていくために、保全と活用の両立の実現に挑戦している。
岸本 昇也 さん
兵庫県出身。2017年JTB入社。大阪第一事業部にて法人営業を担当。隠岐諸島の周遊コンテンツの開発やインバウンド向けコンテンツの開発などに取り組んでいる。観光地域づくりデジタルマーケティングの領域へ挑戦中。
村瀬 貴久 さん
東京都足立区出身。2007年にJTBワールドバケーションズ(現JTB)入社。海外旅行商品の企画造成に携わり、香港マカオ・韓国・フィリピンなど主にアジア方面を担当。2022年7月よりJTB隠岐プロジェクトメンバーとして西ノ島町役場観光定住課へ出向中。
菅原 瑞葉 さん
JTB霞が関事業部所属。入社以来、中央省庁・外郭団体の国際交流事業や地域振興に関する調査・実証事業を担当。観光庁事業等を活用した隠岐諸島の受入環境整備やコンテンツ造成事業の申請・運営支援をしている。
──河本さんは隠岐でどのような観光DXを進めているのでしょうか。
河本さん
隠岐は4島から構成されていますが、島ごとに自治体・観光協会・事業者が異なることに加え、旅行予約はアナログで行っている事業者が多く、これまで電話での予約や観光協会を通じての予約が大半でした。この状態は、観光客にとって不便です。
“隠岐の島旅”という観光ポータルサイト(以下、隠岐OTA)を隠岐ジオパーク推進機構(以下、隠岐DMO)で運営していますが、このサイトで予約まで完結させることでお客様への回答を待たせてしまうなどの不都合を解消できるのではないかと考え、宿泊・体験予約プラットフォームを構築し、それを基軸とした観光DXを推進しています。そこで得たデータを一元的に分析し、地域におけるマーケティング戦略に活かしていくことを目指しています。
──まさに、観光地経営の高度化に向けて、観光DXに取り組まれているのですね。
河本さん
はい。先ほどは、DMOと旅行者の視点で取り組みをご紹介しましたが、事業者視点を補足しますと、特に宿泊事業者は集客を外部のOTAに頼っている事業者が多いので、手数料が高いことが事業者にとってネックでした。一方、今回の隠岐OTAは実証であるため、導入にかかる一定の支援が得られたこともあり、比較的安価な手数料設定になっています。よって、隠岐OTAからの予約を増やすことで、宿泊事業者の利用率も上げていきたいと考えています。
──とても革新的な取り組みだと思いますが、河本さんがこれに取り組もうと思ったきっかけは何でしょうか。
河本さん
まさに自分自身が隠岐に初めて来た際に、予約ができない不便さ・不都合さがありました。隠岐DMOの前は観光協会に勤務していましたが、宿が予約できなかったお客様から、観光協会に電話がかかってくることがとても多かったです。そこで、オンラインでの予約を可能にすれば、観光協会に電話がかかってくることや、お客様を待たせることも少なくなるだろうと考えました。昨今はオンラインで観光予約ができることは当たり前ですが、以前の隠岐ではそれができていなかったのです。
──隠岐OTAの取り組みを広げるにあたっての困難はありましたでしょうか。
河本さん
今までの外部OTAとの連携実績から、なかなか隠岐OTAへの切り替えが難しかったことですね。こちらについては、実際に岸本さんと村瀬さんが直に事業者とコミュニケーションをとりながら進めています。
岸本さん
以前は、JTBで法人営業を担当していましたが、2022年4月より隠岐の島町の観光協会に所属することになり、現在も観光協会で業務を行っています。隠岐の島町では、隠岐DMOが観光事業者に対して隠岐OTAの説明を行っていますが、当方ではその説明を聞いた上でのフォローアップを行っています。そこでの意見としては、隠岐OTAが年間200万PVの実績を有しているとは言え、需要予測ができないことから、まずは様子見をさせてほしいというものが多いです。
しかし、実際に観光事業者に参画していただかなければ「箱を作って中身がない状態」になってしまうことから、隠岐OTAへの参画は隠岐地域を盛り上げることにつながることを一軒一軒、説明してまわり、納得いただく挑戦をしました。昔ながらの事業を展開している観光事業者には、河本さんと一緒に何度も通い説明をしました。「未来への投資」ということで、この取り組みが継続的に次の世代につながることを述べ、参画を促しています。
村瀬さん
私も以前はJTBで海外商品の企画造成業務を担っていましたが、2022年7月より西ノ島町に駐在することになり、現在は観光事業者に対する隠岐OTAの導入促進に携わっています。隠岐独自の環境要因として、悪天候や船の欠航によるアクティビティの催行中止や内容変更などが多くあるため、観光事業者にはクレジットカードでの事前決済の事例があまりなく、キャンセルチャージ対応の手間などが導入における障害でした。この点は、マニュアルを作成して説明を行っています。
また、宿泊事業者においてはサイトコントローラー(一元管理システム)を入れている事業者がほぼない状態で、これまで宿の直販や旅行会社、OTAへ在庫を分けて販売しており、非効率的な売り方で施設のキャパシティを最大限に活かせていませんでした。そのため、観光DX事業の推進により、サイトコントローラーの導入までも促すことができ、宿泊施設が持っている部屋数の販売に関しては、最大限の効率化ができたと考えています。導入においても、最初の登録操作をサポートすることで、導入のハードルを下げていきました。次年度以降は取得したデータを活用し、マーケティング戦略に活かしたいと考えています。
──観光DXを推進することで、様々なデータ取得されていると思いますが、それが活かされていると実感していますでしょうか。
河本さん
戦略・戦術に活かせているかどうかは、これからだと思っています。現在はある程度データが取得でき、環境が整いつつある状態です。それをマーケティング戦略や戦術に活かしていくことは次年度以降の課題であると考えています。今は、地域関係者や隠岐OTA事業に参画している観光事業者さんと一緒に、隠岐OTA・観光事業者・観光客の「三方良し」を実現させるための、戦略・戦術を検討・議論している段階です。
──最後に、みなさまは今後の展望についてどのようにお考えでしょうか。
河本さん
隠岐OTAを多くの方々に使っていただくためには、隠岐OTAの認知を高めることがファーストステップになると考えています。そのためには、WEBサイトにおけるSEO対策を行うことで、様々な検索の切り口から隠岐OTAサイトに流入させる仕組みづくりが必要です。また、インスタグラムなどを活用しての発信、メディアの皆様を招聘し発信していただくこと、YouTube広告などにより認知を増やしていきたいと考えています。その上で、興味を持ってもらえたら、隠岐OTAで予約まで行っていただくという、認知から興味、そして予約までの流れをつくっていきたいです。予約段階では他のOTAとも競合するため、他社に流出させないための施策として、インセンティブを付けるなどの検討も行っています。
村瀬さん
アナログな習慣がまだ残っていますので、まずはシステムに慣れて活用いただくことで、業務における人的リソースの配分を最適化できればと考えています。そのために、地域の皆さんと一緒に隠岐OTAの取り組みを更に進めていきたいと思っております。
岸本さん
いかにして取得した情報を事業者の方々に届けるかが、次年度の肝だと思っています。情報をしっかりと共有することで、隠岐DMOが各事業者のマーケティング戦咯・戦術を考えるきっかけになるとともに、さらに地域から求められる存在に進化していきたいと考えています。
菅原さん
次年度は隠岐OTAの立ち上げはひと段落するものの、まだ登録宿泊施設数は全体の1/3程度ですので、これを増やしていくことが必要になります。また夏場はより予約数を増やすべく、魅力的なコンテンツの登録数を増やすことも目的にしています。こうした取り組みに加えて、本事業を加速させるためにはデジタル人材の育成もしなければならず、自分自身のデジタルリテラシーも高めていきたいと考えています。
2 ケーススタディ:企画乗船券の電子チケット化!新たに電子スタンプラリーを開始した「おき得乗船券」
隠岐では、情報プラットフォーム“隠岐の島旅”公式サイトのリニューアルだけでなく、「乗船」という旅の入口と出口のデータを一連の流れに加え、「旅ナカ」全体の情報を取得していく取り組みが始まりました。ここでは、旅の入り口と出口にあたる乗船の申込に関する「おき得乗船券」の新たな施策を紹介します。
POINT01
乗船データで「旅ナカ」全体の情報をキャッチし!顧客の周遊動態を把握して、次のマーケティングへ
※2023年度の情報です。プランの詳細は変更する可能性がございます。
隠岐は立地上、都市部に比べて来訪の移動コストや時間がかかり顧客獲得のハードルが高いとされています。そのため、移動コストを抑える観光客向けのクーポン施策として「おき得乗船券」の取り組みを実施してきました。これは、船(フェリー/高速船)と指定の宿への宿泊、指定のアクティビティの体験をそれぞれ1つずつ満たすことで復路のフェリー二等運賃が無料になるという施策です。これにより、来訪に対するインセンティブを与えることを目的としています。
今回、新たにオンラインでの乗券予約・電子チケット化を行ったことで、乗船・宿泊・体験の3カテゴリーのデータを一元的に取得することが可能になりました。結果、「旅ナカ」全体の情報を取得できるようになり、旅行者の詳細な調査、分析が可能になりました。隠岐ジオパーク推進機構の河本さんは「顧客の周遊動態を的確に把握できるようになったことは、最大の利点です」と述べ、得られたデータを分析し、戦路的なマーケティングに活用していくことを今後の展望としていました。
POINT02
島への旅程づくりをサポート 関連情報の発信により回遊性を促進
「おき得乗船券」の公式サイトでは、各島の体験コンテンツや宿泊情報などが提供されています。また、情報プラットフォーム“隠岐の島旅”と連携されているため、「おき得乗船券」の公式サイトから宿泊と体験への予約導線が確立されており、顧客にとって利便性が非常に高くなっています。旅行者に対し、心理的な安心感を与えるとともに乗船も含めた「旅ナカ」全体の旅程づくりからサポートしています。
「おき得乗券」の詳細はこちら
リアルタイム情報の提供にInstagramを活用
離島ならではの課題の1つに、天候の問題があります。天候次第で、フェリーの運航やアクティビティの開催にも影響が出てしまいます。そこで隠岐では、天候や多様かつタイムリーな情報をInstagramのストーリー機能で発信し、ユーザーに提供しています。
3 ケーススタディ:地域の魅力を最大化し、人々の想いを未来へつなぐ “JTB BOKUN”
隠岐での取り組みにおけるオンライン予約には、“JTB BOKUN”※というシステムが使用されています。ここでは、“JTB BOKUN”の紹介を行います。
※JTB BOKUNの「O」はアキュート・アクセントを付した「O」
POINT01
着地型アクティビティ事業のDXを実現する!“JTB BOKUN ”の仕組み
“JTB BOKUN”は、体験コンテンツの予約や在庫を一元管理できるオンラインシステムです。本システムを利用することで、観光事業者は自社の公式サイト上で体験を販売ができるようになります。また、事業者同士がマッチングすることで、商品のコラボレーションや事業者間での相互販売ができるようになります。
観光情報プラットフォーム“隠岐の島旅”の体験予約ページにも“JTB BOKUN”は利用されており、外部サイトを介して商品を販売することも可能になります。導入時は、サイト内に体験予約の販売機能を埋め込む仕様の為、URLのドメインを変更する必要もありません。また、海外OTAともシステム連携をしているため、訪日インバウンドの集客にも寄与しています。
POINT02
観光事業者の業務効率化と地域のネットワーク強化を実現!
ここからは、“JTB BOKUN”を導入する利点ついて紹介します。
第一の利点に業務効率化が挙げられます。“JTB BOKUN”の活用によって、電話やメール対応、従来の紙台帳での管理、複数システムの操作に係る事務作業が削減され、生産性向上につながることが期待されています。オンライン上で24時間予約を受け付けられることから、販売機会の拡大を実現できます。商品を購入したお客様へ、予約確認のリマインドメールを自動送信でき、お客様に安心してお越しいただくことが可能になります。
第二に地域のネットワーク強化と販路の拡大が挙げられます。多くの観光事業者を巻き込むことで、地域が一体となって魅力的なコンテンツを地域外に発信することができます。最後に、データの収集・分析に基づいたデジタルマーケティングが可能になります。電話申し込みや現地受付などのオフライン予約を含めた販売データの収集・分析が可能になるため、各チャネルから得られた情報を基に顧客ニーズに合わせた商品開発や品質向上に取り組むことができます。メールによるダイレクトマーケティングが可能で、購入後も継続した発信を行うことで、地域と顧客の持続的な関係づくりに寄与しています。
JTB BOKUNの詳細はこちら
4 R-STPからDI調査まで:かながわDMOの観光DX戦略解説
コロナ禍を経て観光ニーズが多様化する中、データを活用した観光施策の立案が重要になっています。自治体やDMOは複数のデータを一元的に管理・分析し、戦略を策定・実施するノウハウが求められています。
本章では、JTB総合研究所の後藤直哉氏より、公益社団法人神奈川県観光協会(以下かながわDMO)の取り組みを参考に、“自治体やDMOに求められる観光DXの在り方”を解説していきます。
後藤 直哉
地域における観光振興を目的とした各種プロジェクトやマーケティング事業など、外国人観光客を含む観光マーケティング・コンサルタントとして活動。
「R-STP」
「R」は「リサーチ=市場分析」、「STP」は「セグメンテーション」「ターゲティング」「ポジショニング」の三つを示したマーケティングの基本プロセス。
「DI調査」
「Dl」 はDiffusion Index (ディフュージョン・インデックス)の略で、企業の業況感や設備、雇用人員の過不足などの各種判断を指数化したものであり、これらを明らかにする調査のこと。
R-STP分析に基づく戦路立案
かながわDMOは、2021年と2022年にアンケート調査を実施し、神奈川県を訪れる観光客のセグメンテーションを行いました。6つのセグメントを特定し、そのうち4つのセグメントをターゲットとして設定しています。
かながわDMOは、顧客像をわかりやすく伝えるためにペルソナを設定し、戦路の基礎データとして活用しています。かながわDMOは、県との連携を図りながら、ターゲティングした層に対するポジショニング戦路とプロモーション戦略を構築しています。
人流データを用いたマーケティング支援
かながわDMOは、県下の観光協会やDMOからのリクエストに応じて人流分析レポートを作成し、神奈川県全体でのデータを用いた観光施策の立案などマーケティング支援に寄与しています。
観光関連事業者の実態を知るDI調査
かながわDMOの理念は観光振興により「四方よし」の状態を創り出すことです。そのために観光関連事業者の現状を把握するためのDI調査を定期的に実施しています。これらの調査結果は、回答者と共有されるだけでなく、プレスリリースを通じて新聞各社に発信されており、DI調査は定着化しつつあります。
かながわDMOの理念「四方よし」 観光DI調査レポートの一部
2024年度の展望
観光DXに関する議論はしばしばデータ分析の手法や収集方法に焦点を当てられがちですが、観光DXにおいて重要なのは理念に基づいて目標達成のために必要なデータの収集と分析を行い、データに基づいた戦略を立案し、効果を検証することです。観光DXで最も重要なのは血が通ったマーケティングを実現することです。かながわDMOではこれまでのデータを活用して2024年度の計画を立案中とのことで、今後の活躍が期待されています。
観光DXは単なるデータの収集や分析にとどまらず、そのデータを通じて地域全体の魅力を最大限に引き出し、訪れる人々に質の高い体験を提供することが求められます。かながわDMOの事例は、観光DXが地域振興に果たす役割を示すベストプラクティスであると考えられます。他の地域においても観光DXによる観光振興がー層広がることを期待しています。
5 まとめ
本記事は「観光DX」をテーマに、隠岐諸島での取り組みや有識者の見解をご紹介しました。
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