※下記は自治体通信 Vol.62(2024年12月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
近年、地方の首長選挙においては、候補者の減少を背景に、無投票で当選が決まるケースが少なくない。伊達市(北海道)も、長く市長選挙で無投票が続いていた自治体の1つであったが、24年ぶりの選挙戦を経て、令和5年5月、民間企業社員から転身した堀井敬太氏が市長に就任した。当時、道内で最年少市長として注目を集めた。同氏の出馬の背景には、「市民が市政を真剣に考える機会にしたかった」との想いがあったという。新市長の就任で、市政はどのように変わりつつあるのか。今後の市政ビジョンも含めて、同氏に聞いた。
堀井 敬太ほりい けいた
昭和55年9月、北海道伊達市生まれ。平成18年に同志社大学大学院(総合政策科学研究科)を修了し、監査法人トーマツ(現:有限責任監査法人トーマツ)に入所。17年間一貫して公共政策部門に所属。自治体の政策・戦略策定や予算編成・事業改善・DX推進などを支援してきた。令和5年5月に伊達市長に就任。現在1期目。
無投票が既定路線の中、議論の場をつくりたかった
―民間企業社員から転身し、伊達市長に就任した背景に、どのような使命感があったのですか。
伊達市は、北海道の中では比較的温暖な気候、農産物に代表される豊かな一次産業に恵まれ、札幌や新千歳空港からもさほど遠くない地理的な利便性もあります。こうした強みが評価され、これまで移住先として高齢者層やアクティブシニア層からの人気を獲得してきました。その結果、人口構造は50代、60代の微増が続いており、そうした層に合わせた行政サービスに力を入れてきた経緯があります。かつて全国的に注目されたコンパクトシティ政策の推進などはその代表だと思います。
一方で、多くの地方都市と同様、伊達市も若者世代の流出を止められず、そこへの対策も十分ではないとの認識が私にはありました。行政経営に成功し、発展を遂げている自治体を見れば、そこに共通するのは子育て世代や若年層への投資に力を入れていることです。
―それは、監査法人において全国の自治体の行財政改革を支援してきた経験から言えることですか。
そのとおりです。故郷の伊達市を外からつぶさに見てきた中で、このままでは自治体としての持続可能性が危ぶまれるとの問題意識があり、これまで以上に子ども・子育て政策や若者への投資に力を入れる必要があると感じてきました。しかし、当市ではじつに24年間、市長選で無投票が続いたことで、市民のみなさんの政治参加の機会が失われていました。今回の市長選もすでに無投票が既定路線となっていたため、せめて議論の場をつくり、市政の方向性について市民のみなさんが真剣に考える機会にしてもらいたいと考え、出馬を表明したのです。選挙結果を見る限り、市民のみなさんも多くが同じような想いを抱えていたのかもしれません。
スピード感を持って、将来世代への投資に取り組む
―就任からこの間、どのようなことに取り組んできたのでしょう。
住民の定住意向との相関関係が大きいとされる、まちづくりの3大要素「医療・福祉」「教育」「経済」は重点施策として推進してきました。そのうえで公約通り、子ども・子育て支援政策には力を入れています。たとえば、医療分野では、子ども医療費の助成、教育分野では放課後児童クラブ料金引き下げ、学校給食費の半額補助など、これらはすべて就任後速やかに実行に移しました。外から行政を見てきた民間企業時代に課題として映っていた「政策実行のスピード感」は、就任直後から意識してきたところです。
加えて、医療分野ではこれまで療養型病床の整備が進んでいた市内の医療体制において、急性期型医療の充実を図っているほか、教育分野では公立の義務教育における環境整備や教育水準の引き上げに力を注ぐなど、いわば将来世代への投資を意識した各種施策にも地道に取り組んでいます。
―いずれも、若年層を意識した政策へと大きく舵を切っているということですか。
確かに、これまで以上に若い世代に向けた投資を強化したいという想いはありますが、決して高齢者層に向けた政策をないがしろにするつもりはありません。「福祉のまち」というのは、ひとつの伊達市のブランドであり、高齢者層やアクティブシニア層の流入はそれ自体、市としても歓迎すべきことです。元気で明るく暮らせる人が多いならば、高齢化はむしろ良いことだとも思っています。ただし、まちの持続可能性を考えたとき、これまで以上に若者施策の強化を意識していかなければならないことも明らかです。
まち全体にとって、価値創造につながる事業を
―政策の軸足を移していく際のバランスこそが重要だと。
はい。そもそも、財政的に厳しい制約があるこれからの行政では、これまでのようにターゲットを明確に絞り込み、1つの目的に対して成果を追求していくような政策はつくりにくいと考えています。仮に若者をターゲットにした事業でも、いかに高齢者にまで効果を波及させるか。そういった副次的な効果を見据え、まち全体にとって価値創造につながる事業のつくり方はつねに意識しています。たとえば、現在進行中の新図書館整備事業においては、隣接する旧図書館を室内遊戯施設へとリノベーションし、広く世代間交流が行われる場にしたいと考えています。また、老朽化した施設や道路の補修にあたっては、高齢者からベビーカーを押す子育て世帯まで、いずれもが使いやすい設計とはどのようなものか。そうした視点を盛り込むようにしています。その結果、市政全体として「伊達市は若者世代を強く意識しているんだ」というメッセージが伝われば、政策としては成功ではないかと捉えています。
市民が市政に対する、問題意識を持つように
―そのメッセージは、市民にはどのように受け止められていますか。
まちの課題をよく知る市民のみなさんからは、世代を超えて好意的な評価をいただいています。しかし、私がそれ以上に手応えを感じていることは、市民のみなさんが市政に対する問題意識を持つようになってきていることです。これまでほとんどいなかった市議会の傍聴者が最近増えてきていることはその表れであり、喜ばしい変化です。また昨年からは、市民のみなさんが直接まちづくりに参画する仕掛けとして、「みんなでちょこっとまちづくり(ちょこまち)」事業を立ち上げたところ、若者を中心に高校生や高齢者まで加わり、募集を大きく上回る参加者が集まりました。そこでは、新しい手づくりの「お祭り」を立ち上げ、地域を盛り上げようという試みが実践されました。お祭り自体も成功裏に終わったのですが、何よりも参加者のみなさんが市民参画の貴重な経験を積んだことは、まちの将来にとってもっとも大きな収穫になるものと期待しています。
―住民有志の存在は大切ですね。
伊達市に愛着を持っている市民は、じつはとても多いとも感じています。その魅力を今後は対外的に発信していき、知名度を高めながら、人や企業の誘致にもつなげていきたいのです。伊達市には、そのポテンシャルが十分にあると私は自信を持っています。