人材を「コスト」ではなく「投資の対象」ととらえることが重要
―地域活性化のためには、地元に根差している中小企業の継続的な成長が欠かせませんが、自治体はどのような支援を行えばいいでしょうか。
加藤 人材面から支援していく必要があると我々は考えています。「地域の中小企業の支援」と言うと、販路開拓や設備投資などに必要な補助金による支援を連想する自治体が多いと思います。もちろんそうした支援も重要ですが、近年は人材を「資本」と捉えて中長期的な企業価値の向上につなげる経営手法「人的資本経営」が注目されています。これまで日本では人材を「コスト」ととらえる傾向にありましたが、企業が持続的に成長していくためには、人材を投資の対象=「資本」ととらえ、人材のスキルやパフォーマンスレベルを戦略的に成長させていくことが重要だというわけです。実際に、成長している大手企業の多くで「人的資本経営」が浸透しています。
石原 その一方で、経済産業省が令和4年5月に公表した「未来人材ビジョン」というレポートには、「経済産業省が選定している『地域未来牽引企業』であっても、専任の人事・採用担当者がいない企業が4割」*という調査結果が記されています。従業員数が100人、200人といった規模の企業でも、人事や採用に関しては総務部長が兼任していたり、経営者がひとりで行っていたりするのが実情なのです。そのため、まだまだ地域の中小企業には「人的資本経営」という経営手法は浸透しておらず、啓発も含めた外部からの具体的な支援が必要なのです。
自治体が、単体で地域の中小企業に対してそのような支援を行うには限界があります。そこで関東経済産業局が推進しているのが、「地域の人事部」という取り組みです。
*出所 : 経済産業省「令和元年度 大企業人材等の地方活躍推進事業(地域の中核企業による人材確保手法等の調査分析)」(令和2年)および中小企業庁「2015年版中小企業白書」を基に経済産業省が作成
各団体が連動して、地域の中小企業を支援
―具体的に教えてください。
石原 自治体と、地域の支援機関である民間企業やNPO法人、商工会、商工会議所、金融機関、大学などがそれぞれの強みを活かし、一丸となって地域の中小企業の多様な人材活用を推進する取り組みです。その地域の企業を単体ではなく群で捉え、人材活用に対する経営者の意識変革を促す「人材戦略・組織変革支援」、地域単位で人材にアプローチする「人材採用支援」、地域単位でのキャリア開発などによる「人材育成・定着支援」を行うのです。
令和4年度からスタートし、茨城県日立市、常陸太田市、大子町、新潟県長岡市、燕市、長野県松本市、塩尻市、静岡県三島市の8地域で「地域の人事部」を立ち上げ、実証事業を進めています。
支援内容は多岐にわたりますが、そのなかでたとえば我々が積極的に取り組んでいる施策のひとつに、「兼業・副業人材のマッチング」があります。
加藤 いざ人材を募集すると採用に苦戦する地域の中小企業が多いなか、「企業のこういう経営課題の解決に協力してください」と兼業・副業人材を募集すると、1つの案件に対して大手の企業に勤めている人や経験豊富なフリーランスの人など数名の方々から手があがるケースが実は増えているのです。その要因のひとつに、「地元に貢献したい」という兼業・副業人材側のニーズがあります。兼業・副業人材を活用すれば、単に人材不足解消といった観点だけではなく、経営者やマネジメント人材の壁打ち相手となることで社内の活性化や経営課題を解決するための具体的な戦略立案につながります。また、そうした人材は遠隔地からオンライン参加するケースも多く、Web会議システムやチャットツールを活用する機会が増え、社内DXの推進も期待できます。兼業・副業人材の活用は、地域の中小企業にとって非常に大きなチャンスだと言えるでしょう。
「地域の人事部」を通じて、役割分担が見えてきた
―実証事業のなかで、効果は表れていますか。
石原 兼業・副業人材マッチングの取り組みで言えば、燕市では令和5年度に予算化して地域の中小企業と兼業・副業人材をマッチングするためのWebサイトを独自に構築しているところです。この事業は、実際にマッチングさせるだけでなく、「燕市の中小企業に貢献したい」という人材のデータベース化にもつながります。また、長岡市では、大学をはじめとした地域の教育機関と連携して、インターンシップを希望する学生と地域の中小企業をマッチングさせるWebサイトを構築しています。
そのほか松本市では、市の工業ビジョンを策定していますが、令和4年度の中間見直しの際に「人材の確保」を重点的推進事項の筆頭に掲げるとともに、市内中小企業による外部人材の活用を補助金で支援する仕組みを構築しました。
こうした事例が出てきていることで、「地域の人事部」を通じてさまざまな摸索をするなか、「行政はこういったやり方で地域の中小企業に対して支援ができる」といった役割分担が少しずつ見えてきているところです。
加藤 取り組みが進んでいる自治体では、「地域おこし協力隊」をきっかけにして自治体とかかわった人材が、NPO法人などを立ち上げて「地域の人事部」を支援しているケースが多いですね。そうした人材活用制度は、「地域活性化起業人」や「企業版ふるさと納税(人材派遣型)」などもあります。今後、「地域の人事部」を円滑に運営していくためには、自治体に対してそれらの制度の戦略的な活用をうながすことがポイントになるかもしれません。
石原 これまでの自治体の産業政策では「企業誘致」をして雇用を創出していましたが、今後はそれだけでなく、「人材誘致」という発想で、兼業・副業人材の活用による「関係人口」の創出や、さらには人材の出し手や事業での連携先としての「関係企業」の創出が新たなキーワードになりえるでしょう。
8地域だけにとどまらず、支援体制を広げていきたい
―今後の自治体との連携方針を教えてください。
石原 現在8地域において実証事業を進めていますが、こうした取り組みをもっと多くの地域に広げていきたいと考えています。そのため、今後は培ってきたノウハウや事例を共有できるネットワーク構築を視野に、セミナーや交流会の開催などの検討も行っていきます。
地域の中小企業を人材面で支援していくためには、地域内におけるステークホルダーの協力が欠かせません。そのためには、各地域のキーパーソンと議論を交わす場づくりが必要ですし、我々はそうした場づくりの支援も行います。さまざまな情報を提供させていただきますので、「地域の人事部」に興味がある自治体のみなさんは、一度問い合わせてほしいですね。
経済産業省 関東経済産業局 地域経済部 産業人材政策課連絡先/048-600-0358 お問い合わせメールアドレス/bzl-kanto-jinzai@meti.go.jp