「子ども施策」を基軸に据えて推進する県政ビジョン
「新しいこと」を生み出す歴史を継承し、人々に「選ばれる長崎県」へ
長崎県知事 大石 賢吾
※下記は自治体通信 Vol.46(2023年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
コロナ禍に突入して丸3年が経過しようとしている現在、収束後の社会を見据え、各自治体ではそれぞれの社会課題に対応した行政運営を進めている。そうしたなか、長崎県では、令和4年3月に、知事に就任した大石氏のもと、「子ども施策」を基軸に据える県政方針を打ち出した。人口減少社会にあって、全国一の離島数を誇る特殊な地理環境をもつ同県。「社会機能の維持」が大きな課題となるなか、この県政の基軸にはどのような背景があるのか。今後の県政ビジョンとともに、同氏に聞いた。
「子ども施策」を、県政の一丁目一番地に
―令和4年3月、どのような使命感をもって長崎県知事に就任したのでしょう。
人口減少や少子高齢化が進み、閉塞感に包まれようとしている状況を変えなければいけない。これが、選挙戦から訴え続けてきた長崎県に対する私の課題認識です。長崎県はご存じの通り、全国一の離島数を誇るうえ、地図を見てもわかるように半島が入り組んだ形状から、中山間地域が多く平野部が少ないのが特徴です。そのため、風光明媚な自然をもつ反面、地域が周囲から隔絶されやすく、暮らしや産業の発展という意味では、非常に課題が多い特殊な地理条件を有しています。過疎化が進むと、社会機能の維持そのものが難しくなる恐れがあるのです。
そうした環境のもとで、私自身、医師として訪問診療にも携わってきた経験から、現在は社会環境の変化によって医療だけでは助けられない命や暮らしがあることもつぶさに見てきました。そのため、これからは「公助のあり方」を変えながら、誰一人取り残さない社会をつくっていかなければならないという使命感を抱いて、政治家を志した経緯があります。
―そうした想いは、どのように政策に反映させているのでしょう。
県政運営においては継続性が重要ですから、進行中の総合計画は継承していきます。その前提で、私は県政の基軸、県政の一丁目一番地として、子育て支援を中心とする「子ども施策」を置くことを打ち出しています。そのうえで、総合行政の責任として、重点テーマを4つ(下図参照)設定していますが、それらも最終的には基軸たる「子ども施策」につながる成果をつねに意識することを心がけていきます。つまり、総合計画の目標を変えるのではなく、いわばKPI(重要業績評価指標)を変えるようなイメージです。
課題先進県にこそ、チャンスがある
―県政の基軸に「子ども施策」を据えた理由はなんですか。
先ほど指摘した県の課題を乗り越えるには、地域に誇りを感じ、未来を担ってくれる人材を育てることが重要であり、なかでも子どもたちへの投資こそ「未来への投資」にほかならないと考えているからです。これまでの地方行政では、人口減少対策を最優先課題に据えるケースが多かったと思います。しかしその場合、企業誘致も医療・福祉や教育も、すべての政策が人口減少対策に包含されてしまい、個々の政策効果がぼやけてしまうという反省もありました。そもそも、長崎県の適正人口がどれくらいなのかは、それぞれの考え方次第で変わるものでもあります。
―結果としての「人口」を政策目標に置くことは適切ではないと。
少なくても、難しい問題ではあると思います。その一方で、過去の調査では、長崎県における希望出生率*1は2を超えており、子どもを産み育てたいと願っている若い世代は、厳然としてそこにいるわけです。少なくとも「産みたい」という希望があるならば、それを叶えられる社会にしなければいけません。なぜなら、子どもを産み育てたいと思う人々に対してやさしい社会とは、全世代が安心して暮らせる社会ともいえると思うからです。県としてまず、合計特殊出生率は希望出生率に近い2を目標とします。そのうえで、設定した4つの重点テーマも、この目標達成につなげることを政策効果の判断基準に置きたいと考えています。
―4つの重点テーマについては、どういった考えで推進していくのでしょう。
本県が抱えるさまざまな課題を乗り越え発展していくためには、まさに本県がこれまで培ってきた強み、独自の個性を活かすことがカギになると考えています。たとえば、「全世代の豊かで安全・安心な暮らしの確保」をめぐっては、過疎化が進む離島や中山間地域の医療体制をいかに維持するかといった切迫した課題があります。そこではいま、県として遠隔医療の導入や医薬品のドローン配送などの実用化をいち早く進めています。これらのテクノロジーは、教育や行政サービスの分野でも活用できるもので、こうした環境整備は子育て世代の安心にもつながるはずです。
これらの動きは、長崎特有の地理的事情が後押ししているわけですが、新たなテクノロジーの社会実装という観点では、課題先進県にこそチャンスがあるという好例です。課題を抱えた場所を、新しいソリューションが生まれる場所に変えていく。それこそがこれからの行政の役割であり、新しい公助のあり方だと思うのです。
現代にも受け継がれる、感染症研究の歴史
―ほかの重点テーマでは、どのような動きがありますか。
「みんながチャレンジできる環境づくり」では、スタートアップの事業化支援や新たな基幹産業の創出を進めていきますが、じつはここでも医療分野が注目されているのです。日本における西洋医学発祥の地である長崎は、古くから感染症研究をリードしてきた歴史があります。その歴史は現代にも受け継がれており、長崎大学では令和3年、エボラウイルスなどの研究ができる世界最先端の「BSL-4」施設が竣工し、事実上、国内最高の感染症研究施設として世界の研究者からも関心を集めているのです。県内では近年、MICE施設も整備されており、「国際学術都市」になるようなポテンシャルも秘めています。新型コロナウイルスの拡大で世界が再び感染症への危機管理に目覚めたいま、感染症研究の中心地として長崎が存在感を高め、時代が要請する新産業の種を生み出していけるようになればと願っています。
「新しいものが生まれる」そんな期待をもたれる存在に
―大石さんが描く将来の長崎の姿とは、どのようなものですか。
県内の若者はもとより県外の人たちにも、「長崎だったら、新しいものが生まれる」、そんな期待を広くもってもらえる地域にしていきたいですね。古くから、長崎は世界に開かれた日本の窓であり、流入するさまざまな文物がまざりあって、新しい知識を生み出してきました。それを求めて当時、日本中の若者が長崎を目指してきたものです。そうした長崎のDNAをいまに甦らせ、多くの人々のチャレンジを奨励することで、多方面から選ばれる新しい長崎県をつくり、発信していきたいですね。
大石 賢吾 (おおいし けんご) プロフィール
昭和57年、長崎県生まれ。平成18年にカリフォルニア大学デービス校を卒業後、長崎大学熱帯医学研究所に勤務。平成24年、千葉大学医学部医学科を卒業。平成30年、千葉大学大学院医学研究院博士課程を修了。その後、厚生労働省 医政局地域医療計画課救急・周産期医療等対策室室長補佐(新型コロナウイルス対策推進本部医療班兼務)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新基盤創成事業部事業推進課課長などを歴任。令和4年3月、長崎県知事に就任。