※下記は自治体通信 Vol.58(2024年6月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
社会保障給付費の増大が続く今、介護予防の実効性をいかに高めるかは、高齢者福祉事業における喫緊の課題である。しかし、そのための人や予算といったリソースが限られているのは、多くの自治体に共通した事情だ。そうしたなか、鳥羽市(三重県)では、要介護への前段階とされる「フレイル状態」をAIでいち早く検知するシステムを実証導入し、介護予防効果を実感したという。同市担当者に取り組みの概要を聞いた。
[鳥羽市] ■人口:1万6,649人(令和6年3月末日現在) ■世帯数:8,182世帯(令和6年3月末日現在) ■予算規模:219億2,471万8,000円(令和6年度当初)
■面積:107.34km² ■概要:市の全域が伊勢志摩国立公園に位置し、豊かな自然景観や歴史文化、温暖な気候に恵まれている。世界で初めて真珠養殖に成功した美しい海、独自の暮らしぶりを色濃く残す離島、古来より受け継がれてきた海女文化を有する。
人員の不足から、介入が進みにくいケースも
―鳥羽市における介護予防事業の取り組み状況を教えてください。
当市では、80歳頃から要介護申請が増える傾向にあるため、75歳になられた市民のみなさんに国が定めた「基本チェックリスト」を送付しています。返送内容から必要に応じて専門職による個別訪問につなげるなど、フレイル状態の早期発見、早期対応につなげることを目的としています。また、当市の理学療法士・保健師らが考案した独自の「とばらんす運動」を収録したDVDを作成し、折々に介護予防のための筋力トレーニングを推奨するなどしています。
しかし、人員の不足から、基本チェックリストの送付や個別訪問はすべての対象者に行えてはおらず、また送付した方々からの返送も限定的であるため、プレフレイル段階での介入が進みにくいケースもありました。そのため、これまでとは異なる介護予防の仕組みが必要と考えていたとき、同じ県内の東員町が行った実証調査の情報を入手したのです。
―どのような内容でしょう。
「AIと電力データを用いたフレイル検知」という実証調査です。一人暮らしの高齢者宅を対象として、自宅に設置してある電力スマートメーターから収集した電力使用データをAIが解析し、そこからフレイル状態の高齢者にみられる特徴をもとに居住者のフレイルリスクをいち早く検知するという仕組みです。東員町では、「フレイルの早期発見と介護予防の省力化に効果的」と評価していると聞き、同実証調査の事業パートナーである中部電力に相談のうえ、当市でも同社のフレイル検知情報提供サービス『eフレイルナビ』を実証導入することに決めました。
まずは、約500世帯の独居高齢者がいる鳥羽地区を「フレイル予防モデル地区」に指定して登録者を先着100人で募り、35人を対象に令和5年10月から翌年3月にかけて有効性を検証しました。
介護予防効果への期待に加え、つながることの安心感も実感
―結果はいかがでしたか。
AIの解析精度には驚きました。『eフレイルナビ』では、100点中58点以上を「フレイルの可能性が高い」と判定しますが、分析された結果では1人該当者がいました。地域包括支援センターの職員が個別訪問し、聞き取りを行った結果、「引きこもりがちになっていた」とのことで、運動教室の案内などにつなげています。一人暮らしではわかりにくいフレイル状態を、普段通りの生活のなかから早期発見できる『eフレイルナビ』に対して、「安心ですね」という声も聞かれました。参加者は、介護予防効果への期待はもとより、自分の生活がどこかにつながっているということからくる安心感も実感できたのではないかと思います。当市では、令和6年度も引き続き、事業効果の検証を続ける予定であり、高齢者がいつまでも健康で元気に暮らせるまちづくりにつなげていきたいと考えています。
高精度のAIフレイル検知を、介護予防の新たな社会インフラに
中部電力株式会社
事業創造本部 副長 フレイル対策 プロジェクトリーダー
傳田 純也でんだ じゅんや
平成元年、愛知県生まれ。令和3年、中部電力株式会社入社。おもにフレイル関連のサービス開発業務を担当する。令和5年から現職。
―介護予防に取り組む自治体にとっての課題はなんでしょう。
基本チェックリストを提出したり、「通いの場」へ参加したりするような健康意識の高い高齢者は一部に限られており、本来、必要であるはずのフレイルリスクの高い層へ効果的にアウトリーチできていないことが課題です。これに対して当社では、健康意識がさほど高くない方々にも受け入れられやすいフレイル検知情報提供サービス『eフレイルナビ』を推奨しています。AIが住宅の電力データを解析することで、居住者のフレイルリスクを検知するサービスです。
―特徴はなんでしょう。
最大の特徴は、高齢者に今まで通りの生活を送っていただくだけで検知できるという点です。既設のスマートメーターを活用するだけですので、特別なセンサーの設置やアプリのダウンロードなども一切必要ありません。高い検知精度も特徴の1つであり、実証調査を行った東員町では高リスクと検知された高齢者を詳しく調査した結果、そのうちの83%がフレイル状態にありました。また、松本市(長野県)でも同様に80%という高い検知精度が確認されています。
―自治体に対する今後の支援方針を聞かせてください。
当社では『eフレイルナビ』の機能強化を図っており、高リスク者検知時の対応履歴を記録する機能も新たに開発しました。自治体での事業評価や効果検証に役立ててもらいたいです。この『eフレイルナビ』を社会インフラとして定着させ、自治体の介護予防事業の改善に貢献していきたいと考えています。