「非常に激しい雨」が4割増、高まる水害の発生リスク
6月下旬から7月上旬にかけて、西日本地方を中心に甚大な被害をもたらした「平成30年7月豪雨」は、220人もの尊い命を奪った(8月7日時点)。全壊した住宅は5400棟以上となり、浸水被害は約3万4000棟。梅雨前線や台風7号による影響で、大雨が数日にわたって続いたことが被害を拡大させた。
気象庁が今年2月に公表した観測調査によると、1時間に50㎜を超す「非常に激しい雨」が降った回数は、昭和50年代にくらべて4割近く増えている。具体的には、統計が始まった最初の10年間(昭和51~60年)は年間平均174回だったのに対し、平成20~29年の最近10年間は238回に増加している状況だ。
大雨による災害は、これまで以上に発生しやすい環境になっているといえる。
避難情報発令で重要なことは「タイムリーかつ的確さ」
各自治体では、大雨で生じる被害を最小限に抑えようと、過去の水害や最大規模を想定した大雨被害の予測などをもとに、ハザードマップを作成するなどして住民に注意喚起している。もちろん、これら「自助、共助」の自覚を住民にうながす取り組みは重要だが、災害は「忘れたころに起こる」もの。万が一を想定し、公助での対応を事前にしっかりと準備しておくことは、自治体におけるもっとも重要な政策課題のひとつといえる。
大規模水害の被害経験をもつ市町村長が集まった「水害サミット」で、ある市長は、「水害対策で重要なのは、避難情報をすべての住民へタイムリーかつ的確に伝えることで、日頃からその備えを徹底しなければならない」と指摘している。この「タイムリーかつ的確」な避難情報の発令のために、備えを徹底しておくことが「公助」の重要な水害対策のひとつだ。
客観的な判断ができる基準を事前に準備しておく
最近、防災関係者の間で、「プロアクティブの原則」という言葉が使われている。災害時におけるトップの危機管理の行動原理を定めたもので、そのなかに、「空振りは許されるが、見逃しは許されない」という文言がある。これは、「災害は起きなかったとしても、積極的に避難行動をとるべき」ということを表現したもので、自治体にたとえれば「早い段階での、住民に対する避難情報の発令」になる。
この原則で指摘されているように、災害時の被害を抑えるためには、「空振り」をおそれない早めの対応が大切。ただ、災害のリスクが低い状況で避難情報の発令が頻発すれば、情報の信ぴょう性が低くなり、いざというときに住民が避難行動をとらないことも考えられる。先の市長が指摘するように、避難情報の発令は、「タイムリーかつ的確さ」が重要だ。
それでは、避難情報の発令において、「空振り」が多くならずに、災害の発生を「見逃さない」ようにするにはなにが必要か。「水害サミット」では、「避難情報を発令するにあたって、客観的に判断できる基準を事前に準備すること」と呼びかけている。
より狭いエリアの降雨情報を広範囲に把握することが必要
平成29年1月に、内閣府は「避難勧告等に関するガイドライン」を改訂した。そこには、「避難勧告などの発令に直結する情報を、首長が確実に把握できるような体制を構築すること」といった内容が盛り込まれた。
これまで多くの自治体は、国や都道府県の防災システムを通じて、ダムや河川水位情報、雨量計測情報などを入手したうえで、避難情報を発令してきた。しかし近年、短時間で一気に降る局地的な豪雨が頻発している状況を考えれば、いまよりも狭いエリアの降雨状況を、より広範囲に把握する体制が必要だと考えられる。そして、地域ごとの降雨状況を正確に把握する独自の体制で集められた情報こそが、ガイドラインに盛り込まれた「避難勧告などの発令に直結する情報」となりえる。
近年は、国や都道府県の防災システムの活用と同時に、独自に気象観測システムを導入し、水害対策に取り組む先進的な自治体が増えてきた。次ページでは、そうした自治体のひとつである葛巻町(岩手県)の取り組みを紹介する。
前ページでは、自治体が住民に水害の危険を知らせる避難情報を適切に発令するための、降雨状況の情報収集力を高める必要性についてレポートした。ここでは、独自に気象観測器を導入し、機動的な防災活動を展開している葛巻町(岩手県)を取材。エリアごとの詳細な雨量データの掌握状況などについて、担当者に聞いた。
―水害を防ぐために取り組んでいることを教えてください。
住民への注意勧告を早期に行う体制を整えています。具体的には、気象台から大雨警報や土砂災害警報が発令された場合、すぐに「災害警戒本部」を庁内に設置。そして、町内各所に設置している雨量計測器のデータを収集し、雨量が一定レベルに達したら、消防団に担当管内の巡回を依頼し、河川や地盤状況を逐次報告してもらいます。そこで集まった情報をもとに消防関係者らと協議し、避難勧告などを発令するかどうかを決めます。
―早期の注意勧告のために重要なポイントはなんでしょうか。
タイムリーに降雨状況が把握できる観測地点を、複数用意しておくことです。当町は以前まで、気象庁が町内にひとつ設置した気象観測器『アメダス』だけで雨量計測をしていました。しかし、当町でもここ数年ゲリラ豪雨が頻発し、庁舎付近では雨が降っていないのに、15㎞離れた地点では1時間に50㎜の大雨が降ることも。また、数年前のゲリラ豪雨で、ある地区に床下浸水の被害が発生した際は、『アメダス』ではその雨を観測できなかった。そのため、その地区にどれくらい強い雨が降っているのかすぐにはわからず、対応が後手後手に。この苦い経験から、新たな対策の必要性を感じました。
「注意喚起」のメール機能も早期の避難対策につながる
―ゲリラ豪雨での経験をもとに、どういった対策をしたのでしょう。
雨量計測ができる地点を新たに7ヵ所設け、10~20㎞間隔で町内の降雨状況を偏りなく把握できる体制にしました。そのために導入したのが、気象観測機器を開発している明星電気の『POTEKA』です。雨量のほか、風向・風速、気温・湿度、気圧、日射など、各地点のさまざまな気象状況を観測し、観測データをリアルタイムにWebサイト上で表示します。このサイトは住民も閲覧可能です。そのほか、連続雨量や降水強度、強風レベルなど、設定警戒値を超えたときには登録アドレスへ注意喚起のメールが届く機能も。避難対策を早期に考えることに役立ちます。
―システム導入後、防災活動に変化はありましたか。
平成29年9月の導入以降、大雨による消防団への巡回を1回要請しました。その際は、降雨が続いていた2ヵ所の観測地点付近を重点的に巡回するよう要請できたのです。以前まではエリアごとの降雨状況を把握できなかったため、巡回要請は全エリア一斉にせざるをえませんでした。いまは、状況に応じて集中した防災活動ができるようになっています。
―今後の防災活動の方針を聞かせてください。
今後はこの気象観測システムを3~4台追加導入し、エリアをさらに狭めて降雨状況が把握できるようにしたいと考えています。また、このシステムはさまざまな気象状況を観測でき、熱中症の警戒情報発令にも役立ちます。今後も住民の安全を第一に考えた防災活動に注力します。