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先進事例2020.01.15

深刻な鳥獣被害問題を地域活性化の施策に【自治体(五島市)の取組事例】

深刻な鳥獣被害問題を地域活性化の施策に【自治体(五島市)の取組事例】

長崎県五島市 の取り組み

「地方創生」のモデルケースになるか

深刻な鳥獣被害問題を地域活性化の施策に【自治体(五島市)の取組事例】

五島市 農林水産部 農業振興課 課長補佐 兼 畜産・鳥獣対策班 係長 藤原 勝栄
五島ジビエ合同会社 代表社員 永田 義次

九州本土から西方100kmに浮かぶ五島列島・福江島にある五島市(長崎県)。近年、基幹産業である農業が深刻な鳥獣被害に悩まされてきた。その五島市でいま、この深刻な社会問題を逆手に取り、ジビエ肉商品として活用することで、地方活性化の起爆剤にしようとする挑戦が繰り広げられている。地方創生が謳われて久しいが、全国を見回しても成功と呼べる事例は多くはない。ここでは関係者の話から、地方の自治体が地方創生を成功させるための方法論を考える。

※下記は自治体通信 Vol.16(2018年12月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

長崎県五島市データ

人口: 3万7,179人(平成30年10月31日現在)世帯数: 1万9,929世帯(平成30年10月31日現在)予算規模: 455億858万円(平成30年度当初)面積: 420.10km²概要: 九州の最西端、長崎県の西方海上約100kmに位置している。大小152の島々からなる五島列島の南西部にあって、11の有人島と52の無人島で構成されている。平成16年8月、福江市、南松浦郡富江町・玉之浦町・三井楽町・岐宿町・奈留町の1市5町が新設合併して誕生。

―五島市が鳥獣被害対策に乗り出した経緯を教えてください。

現在、鳥獣被害対策の主眼であるイノシシの目撃情報が最初に報告されたのは、平成20年でした。それまで当市がある福江島にはイノシシの生息は確認されていませんでしたが、五島列島北部の島伝いに海を渡って侵入してきたのです。在来種のシカによる農作物被害も年々深刻化してきたことから、平成24年に対策を本格化させました。

―どのような対策を行ってきたのでしょう。

島には専門的な捕獲業者がおらず、3人(現在5人)の職員からなる専属班が試行錯誤しながら、捕獲や防護柵の設置などで対応してきました。しかし、周囲を海に囲まれているため、外部からの侵入は止められず、繁殖力も強いため、被害は拡大の一途でした。イノシシとシカによる被害額は、年間300万円を優に上回っていました。農業は五島市にとって基幹産業のひとつ。鳥獣被害は従事者の営農意欲の減退を招き、休耕地の拡大にもつながるなど、その影響は数字以上に深刻でした。本来は、野生動物との共生が望ましいわけですが、共生の術も有効な被害対策も見つからず頭を悩ませていた折、平成28年夏に民間企業から「ICTを活用した鳥獣被害対策」の提案を受けました。

―どういったシステムですか。

被害地域に「出没検知センサー」、捕獲檻に「捕獲検知センサー」を設置し、地図情報と連携させ、野生鳥獣の出没や捕獲などの状況をリアルタイムで通知・可視化するシステムです。高い効果を得られそうだと判断し、平成29年11月から仮運用を始めました。

―導入効果はいかがですか。

運用後4ヵ月の実績を前年同期と比較すると、捕獲数は5.4倍を記録しました(右図参照)。出没情報や捕獲情報が地図上で確認できるので、データに基づく有効な対策立案にも役立ちます。明確な効果が確認できたので、来年度には別の被害地区にも、同規模のシステムの増設を検討中です。

こうした役所の対策に刺激され、市内では有志による「捕獲隊」も組織化されました。地域課題を自ら解決する意識を住民のあいだに呼び起こしたことは、計算していなかったうれしい効果ですね。

この9月には五島市に、捕獲した野生のシカ・イノシシを食肉処理する施設が開設しました。市としてもジビエが新しい五島の食材として市民に認知されるよう、積極的にその活用をサポートし、地域振興の呼び水になることを期待しています。

―ジビエ食肉処理・販売会社を設立した背景を教えてください。

私が五島市に移住した4年前から、農作物の鳥獣被害は地域の深刻な問題でした。そこに、市の焼却処理設備の更改計画が浮上。新施設では、焼却炉が小型化し、従来のように捕獲動物を焼却処理できなくなるとのこと。ならば、ジビエとして食肉処理すれば、地域問題の解決を手助けし、地域の新たな食文化も発信できると考え、ジビエ食肉処理・販売会社の立ち上げを構想。解体技術をイチから学び、上質なジビエを生産できる体制を整え、今年9月の設立にこぎつけました。

―運営状況はいかがですか。

市が鳥獣被害対策システムを導入し、捕獲頭数が増大したことで、課題はありながらも、ある一定の野生肉を調達できる道筋が見えつつあります。現在は1日数頭を解体処理し、地元をはじめ需要が大きい都市部のレストランに出荷しつつあります。なお、今年度は年間300頭前後の処理を手がけていく予定です。また今後は、ハム・ソーセージの委託製造や、五島市名産の椿の酵母を利用した発酵食品といった加工品比率を上げる構想もあり、幅広い層にジビエの魅力、ひいては五島の豊かな食文化の魅力を発信していきたいと考えています。

五島市にみられる、ICTを駆使した鳥獣被害対策システムの導入や、開設した食肉処理・販売施設との連携の動きは、鳥獣被害に悩む自治体に対し、地方創生につながる可能性という新しい道を切り開いた。だが、これが「真のエコサイクル」として機能するまでには、法整備や自治体の役割など克服すべき課題は多いようだ。

技術を要するジビエ肉処理

「ジビエ振興を真剣に考えるなら、協力者たちへの教育が先決です」

こう語るのは、前出の五島ジビエ代表、永田氏だ。同氏がこう語る背景には、ジビエ肉処理の難しさがある。野生動物はすべてがジビエとして流通できるわけではなく、捕獲法や捕獲直後の後処理が杜撰であれば、商品価値はなくなってしまう。ジビエ肉処理には繊細な技術が求められるのだが、それが十分には理解されていない現実がある。永田氏は、「かつて誤った処理法で食してきた一部の人々が、ジビエに対し悪印象をもってしまっているのは、そのため。再びその轍を踏んではいけない」と警鐘を鳴らす。

五島市のように、「住民向けに定期的な捕獲法の研修会、補助金の仕組みや捕獲後の処理などについての説明会を行っている」(前出の藤原氏)という例もある一方で、現状では単に罠を貸与して捕獲の協力を得ているだけの自治体も多い。ジビエ振興につなげるにはすべての協力者への相当な教育が必要な地域も少なくない。

ジビエ振興の好機はいまをおいてほかにない

そればかりではない。「半年ごとに変わる」(永田氏)と評される国の衛生管理ガイドラインも、一部で課題とされている。処理条件や流通管理基準などが目まぐるしく変われば、それに応じて事業者は設備の改修を求められ、そのたびに収益化の道は遠のいてしまうからだ。

とはいえ、国も力を入れるジビエ振興には、地方創生の起爆剤としての可能性があるのは事実。ICTの活用で、ジビエ振興の課題のひとつであった「安定した捕獲量」は実現に近づいた。流通に対する補助金を設定するなど国も問題意識をもつ。なによりも、ジビエに対する国民の関心が高い。ジビエ振興を地方創生につなげる好機は、いまをおいてほかにない。

永田 義次(ながた よしつぐ)プロフィール

長崎県生まれ。平成26年に五島市へ移住。鳥獣被害対策に悩む地域の実情を受け、ジビエ食肉処理・販売会社を構想。みずから解体技術を学び、今年9月に「五島ジビエ合同会社」を設立。代表社員を務める。

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