愛知県名古屋市の取り組み
AIを活用したまちづくり①
AIで人流を把握する体制を確立し「最先端モビリティ都市」の実現へ
名古屋市
住宅都市局 都市計画部交通企画課 主査(当時) 服部 修一朗
住宅都市局 都市計画部交通企画課 施策推進係 主事(当時) 加藤 亮
経済局 イノベーション推進部 スタートアップ支援室 主任研究員(当時) 八木橋 信
※下記は自治体通信 Vol.39(2022年6月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
テクノロジーの急速な発展により、把握するのが困難だった人流などのデータ取得が以前より容易になりつつある。そのため、そうしたデータをまちづくりに活かそうとする自治体が増えている。名古屋市(愛知県)もそういった自治体のひとつで、令和3年度にAI技術を活用して人流を把握する実証実験を行ったという。同市の担当者3人に、詳細を聞いた。
[名古屋市] ■人口:231万7,985人(令和4年4月1日現在) ■世帯数:113万1,709世帯(令和4年4月1日現在) ■予算規模:2兆6,330億9,310万7,000円(令和4年度当初) ■面積:326.50km2 ■概要:本州中央部の濃尾平野に位置し、伊勢湾に南面しており、県内では豊田市、新城市、岡崎市に続いて4番目に広い面積を有する。明治・大正から昭和の初頭には経済界の活況に伴い、商工業都市として順調な発展を続け、現在では全国的な製造業の本社が集積する工業地帯を形成。リニア中央新幹線の開業に向け、高い国際競争力を発揮する都心部の形成を目指している。
快適でスマートに移動できる、まちづくりを目指す
―実証実験に取り組んだ背景を教えてください。
服部 当市では、「最先端モビリティ都市」の実現に向けた施策に取り組んでおり、その合理的根拠になる人流調査を行うためです。そもそも当市では、高速道路や幹線道路など交通インフラの整備を積極的に行ってきました。一方、近年は国土交通省が「ウォーカブルなまちづくり」を推進するなど、歩行者を中心としたまちづくりが求められています。リニア中央新幹線の開業をひかえた当市としても、道路空間を自動車中心の空間から人や公共交通中心の空間に転換するとともに、シェアサイクルやキックボードのような小型モビリティとも連携して、快適でスマートに移動できるまちづくりを行っていくことが必要と考えています。そうした施策を検討するには、まずは歩行者がどのように移動しているのかを把握することが重要です。ただ、従来の交通量調査ではマンパワーやコストが多くかかるうえに人の目で追うには限界があります。そこで、先進技術を活用して、人の移動実態を面的に調査できないかと考えました。
―具体的には、どのように進めていったのでしょう。
八木橋 当市が令和元年度から実施している「Hatch Technology NAGOYA」という社会実証事業を通じて、当市が提示した課題の解決策を持つ企業などを広く公募しました。この事業は技術の研究開発や社会実装を促進し、先進技術をもつ有望なスタートアップをはじめとする企業などの集積を図る取り組み。提案をいただいた企業のなかから、有識者により構成された審査員が公平に選定する仕組みです。選定の結果、AIを活用し、カメラの動画から人流を解析するソリューションを提案した、インテージテクノスフィアと実証実験を行うことに決定しました。
加藤 単にカメラに映った人数を数えるのではなく、複数のカメラで同一人物を検出して人流まで追える点、さらに、調査したいエリアにカメラを置いて、簡単に調査できるといった点が評価されたと聞いています。選定後の令和3年の11月に、実証実験を行いました。
重なっても人物を識別できる、AIの能力
―結果はいかがでしたか。
服部 各個人がナンバリングされた状態で識別され、たとえば人同士が重なって一度見えなくなっても、同じ人物として識別されるなどAIの能力を実感しました。この精度を高めていけば、同一人物を重複してカウントすることなく、できるだけ実数に近づけることが可能です。一方、2台のカメラで同一人物をマッチングさせる取り組みでも、一定の精度を確認できました。実証実験では、個々がどう動いたかをある程度把握でき、実用の可能性を感じる結果となりました。
―実証実験で得た成果を、今後どのように活かしていきますか。
加藤 今回の取り組みは非常にチャレンジングだったため、まだまだ検討の余地はあるものの、AIの活用で人流を調査できる体制を確立できれば、今後のまちづくりに大いに活かせると感じています。
服部 EBPMの観点からも、まちづくりには人流の把握が欠かせません。今後も先進技術を活用して人流の数値化、見える化をしていくことで、「最先端モビリティ都市」の実現に向けた都市基盤や交通基盤の整備につなげていきたいと考えています。
支援企業の視点
AIを活用したまちづくり②
今後のまちづくりに求められるのは、高精度かつ有益で面的な人流データ
株式会社インテージテクノスフィア DX共創センター 第2グループ 鶴田 大喜
これまでは、名古屋市におけるAIを活用した人流調査の取り組みを紹介した。このページでは、その取り組みを支援したインテージテクノスフィアを取材。同社の鶴田氏に、まちづくりや都市計画策定に必要なデータを集める際のポイントや、そうした取り組みに有用なAIの活用法などを聞いた。
面的な人流データを活用すれば、具体的な施策を行いやすい
―まちづくりや都市計画策定に必要なデータを集める際のポイントはなんでしょう。
人の移動実態を捉えることができる、人流データを取得することですね。近年、内閣府がEBPMを推進しており、正確なデータに基づく合理的根拠をもった施策検討が求められています。ただ、従来の交通量調査のような「A地点は150人」「B地点は100人」と単一地点での人流把握では、深い洞察を得られず、施策には活かしづらい。そこで重要になってくるのが、断面的な交通量ではなく、回遊性を把握できる面的な人流データなのです。
―面的な人流データが取得できれば、どんな活用ができますか。
たとえば、A地点の人流が多い一方で、数百m離れたB地点の人流が極端に少ないといった問題がデータでわかれば、A地点とB地点の回遊性を高めるために、実験的にオープンカフェやイベントを開いてみる。その効果検証を定量的に行い、結果が良好な場合は、それらの施策を本格導入する、といったアプローチができるのです。ただ、目視では正確な人流把握が難しく、時間などの観点から局所的な把握しかできません。GPSによる位置情報データやWi-Fiなどを活用する方法もありますが、回遊性まで捉えることができなかったり、全数までわからなかったりします。そこで当社は、カメラを活用したAI解析を行い、面的な人流を可視化しようとしているのです。それが、動画解析ソリューション『Label Note』です。
―具体的にどのようにして解析を行うのでしょう。
独自のトラッキング処理によって、一度人物が隠れた場合でも移動予測によって同一人物だと識別できます。一般的にカメラを使って人流をAI解析する場合、通行量が多い地点では人同士が重なったり、人が一度障害物に隠れたりするケースが多く、再度現れた同一人物を別人とカウントしてしまい、実数と乖離する事象が発生します。そのため、多くの場合は斜め上や真上からカメラを設置して重なりを防ごうとします。ただその場合、固定カメラを上部に設置することになり、必然的にカメラの設置場所ありきの調査となってしまいます。『Label Note』なら独自技術によって、三脚カメラで水平に撮影しても、高精度なデータを得ることが可能なのです。
目的や課題をヒアリングし、データ分析の提案も可能
―そのほかに特徴はありますか。
複数のカメラを使って同一人物をマッチングさせる技術を確立しており、より広い範囲の面的な人流データが解析できます。こうした技術により、高精度かつ有益で面的な人流データを、場所を選ばず簡単に得られる仕組みを提供しているのです。
―自治体に対する今後の支援方針を教えてください。
さらにAIの学習精度を高めていくことで、より正確な人流データを自治体に提供していきたいですね。それにより、住民がさらに暮らしやすくなるまちづくりや都市計画策定に貢献したいと考えています。また、当社は創業以来、ビッグデータを活用したマーケティング活動を行ってきたため、「人流をどうまちづくりに活かせばいいかわからない」といったニーズにも対応。まちづくりの目的や課題をヒアリングしたうえで、適切な分析方法を提案し、分析結果をわかりやすいグラフなどで納品するサポートも行います。ぜひ、気軽に相談してほしいですね。
鶴田 大喜(つるた ひろき)プロフィール
平成7年、東京都生まれ。平成30年、株式会社インテージテクノスフィアに入社。マーケティングデータ活用のサービス開発に1年間従事した後に、AIを活用したDX支援や事業開発を3年にわたって担当している。