※下記は自治体通信 Vol.58(2024年6月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
昨今、自治体の政策立案の現場でもっとも注目されているキーワードといえば、「EBPM(証拠に基づく政策立案)」ではないか。国のデジタル行財政改革会議でも指摘されるとおり、事務事業の政策効果を図る手段として、EBPM手法の確立は行政の重点課題となっている。そうしたなか、豊中市(大阪府)では、公民連携事業を活用して本格的なEBPMを実践し、現在取り組んでいる産業振興施策の効果検証を実施した。同市担当者2人に取り組みの経緯とその効果を聞いた。
[豊中市] ■人口:39万8,087人(令和6年4月1日現在) ■世帯数:18万569世帯(令和6年4月1日現在) ■予算規模:3,390億7,139万円(令和6年度当初)
■面積:36.39km² ■概要:大阪府の北部、神崎川を隔て大阪市の北に位置し、東は吹田市、西は兵庫県尼崎市、兵庫県伊丹市、北は池田市、箕面市に接している。市北東部から吹田市にまたがる千里丘陵には、大阪府が全国で初めて大規模開発した「千里ニュータウン」がある。市内にある「豊中グラウンド」は、高校野球発祥の地として知られる。
豊中市
都市活力部 産業振興課 主幹(経済活性化担当)
荒木 孝信あらき たかのぶ
企業立地奨励金の有効性を、明確に証明する必要があった
―豊中市産業振興課がEBPMを実践した経緯を教えてください。
荒木 当課ではこれまで、工業系用途地域における奨励金制度をはじめ企業立地促進施策を推進してきました。令和3年度には、「新・産業振興ビジョン」を策定し、奨励金の対象エリアと業種の拡大検討を位置づけています。その際、同制度の効果検証が必要と考えたのです。昨今は庁内でもEBPMへの意識が高まっていることが背景にあります。
高島 同制度の効果検証の必要性については、課題として認識していました。そこで、令和4年度に本市の公民連携事業の庁内公募にエントリーし、「企業立地促進施策の効果検証」というテーマのもとに、統計分析の知見を有する民間事業者を募集したのです。5社から応募がありましたが、有効な統計的因果推論の分析手法を提案したNECソリューションイノベータを選定し、令和4年7月から実証実験を開始しました。
―どのような内容ですか。
高島 まずは、なにをもって施策効果の指標とするかをBIツール*でデータを可視化しながら議論を深めた結果、「固定資産税の増加」をKPIに設定しました。そのうえで、事業者が特定できないように加工した固定資産税データを担当課から取得し、EBPM支援サービスを用いて統計的因果推論の手法である「差の差分析*」を実施。施策が行われなかった場合の税収額を推計することで施策の効果検証を行いました。
*BIツール : ビジネスインテリジェンスツールの略。企業に蓄積されたデータを分析・見える化し、経営や業務に役立てるソフトウェア
*差の差分析 : 介入を行った群と行っていない群について、介入前後の変化を比較することで、介入以外の要因の影響を排除しその影響を分析する手法
施策の効果検証における、モデルケースになる成果
―結果はいかがでしたか。
荒木 同施策を最初に拡充した令和元年からの4年間で、固定資産税が約2億円増収したことが確認されました。同時に、同期間中に工業系用途地域での工場床面積が7万8,287m、倉庫が1万2,679m増加したことも明らかになり、産業集積効果も立証されました。
―どのように評価していますか。
荒木 これまでの企業立地促進施策の有効性が証明されたことはもちろん、今後のさらなる施策拡充への論拠を得られたことは大きな成果です。この取り組みは、総務省の「第8回地方公共団体における統計データ利活用表彰」でも高く評価され、特別賞を受賞しました。企業立地促進施策の有効性の証明は自治体共通の課題ですから、全国的に活用できるモデルケースにもなると考えています。
高島 なによりも、BIツールの有効性やEBPMの意義を広く庁内にアナウンスできたことこそ大きな成果だと捉えています。庁内には、豊富な行政データが蓄積されていますので、統計的因果推論の手法でそれらのデータを活用すれば、さまざまな施策の効果検証が可能になるでしょう。民間の先進的な知見の活用や、そのプレイヤーとなるデジタル人材の育成が重要だとの認識も深めました。
生成AIで身近になるEBPMは、未経験者でも実践できるものに
NECソリューション イノベータ株式会社
自治体DX事業推進室 シニアプロフェッショナル
渡部 睦わたなべ むつみ
昭和41年、福島県生まれ。平成3年4月に日本電気ソフトウェア株式会社に入社。電子入札や財務会計などの自治体向け業務システム開発に従事し、令和6年4月より現職。令和4年3月には立教大学大学院人工知能科学研究科修士課程修了。
―自治体のEBPMへの取り組み状況をどのように見ていますか。
EBPMという概念自体は浸透していますが、実際には本格的に実践している自治体はまだ少ないです。活用できるデータがないとしてEBPMに着手できていない自治体が多く、実践しているという自治体を見ても、事業や予算の「見える化」にとどまっているのが実態です。EBPMの実践に必要なのは「課題」「データ」「手法」の3要素です。課題はどの自治体にもあるはずです。そこで当社では、データや手法を提供する「EBPM支援サービス」の提案を開始しています。
―どのようなサービスですか。
ここでは2つの機能を提供しています。1つは豊中市が活用した「政策効果分析機能」です。統計的因果推論の手法をはじめ各種の高度な分析機能をテンプレートとして提供します。もう1つは「政府統計分析機能」であり、EBPMへの第一歩として公的統計データを活用して自団体の特徴や課題を分析する際に活用できます。この機能に関しては、生成AIが分析結果の要点をまとめ、その結果をもとに政策案まで提示してくれる新機能を開発しました。コストを抑え、簡単に政策立案の壁打ちができることから、未経験者でもEBPMを実践できるようになります。
―今後の自治体への支援方針を聞かせてください。
当社では現在、生成AIの活用によって、質問を入れれば、必要なデータの抽出から分析まで提供する新機能の開発を進めており、EBPMをより簡単に実践できる身近なものにしていきます。ぜひお問い合わせください。