千載一遇のチャンスを最大限に活用
―三重県を訪れる外国人旅行客が急増しています。近年の観光政策を具体的に教えてください。
平成27年下半期には、県内での外国人延べ宿泊者数の前年比が全国1位となりました。もちろん平成28年5月に開催された「伊勢志摩サミット」の影響も大きいのですが、以前からの“積み上げ"が数字に表れたのだと考えています。とくにインバウンド政策という点では4つのアプローチから取り組みを進めてきました。
1つ目は「集中的な情報発信」です。サミット決定後に、海外メディアを対象としたプレスツアーを計22回開催したのですが、これが教訓になりました。こちらが紹介したい場所を日程に詰め込んでも、あまり記事にしてもらえないんです。そこで、参加者の要望を事前にメールなどでしっかりヒアリングした結果を盛り込むようにしたところ、三重県に関する報道がたくさん出るようになりました。
2つ目は「PRしたい国・地域の絞り込み」。もともと三重県は、海外とのつながりという点でかなり希薄でした。そのため、市民間ですでに草の根交流がある国・地域をターゲットに。たとえば台湾。ここ10数年来、県内の「安濃津よさこい」という祭りに台湾のチームが来日してくれていたんです。
空港も新幹線駅もない三重県は、交通の便がネックですが、親日性なども考慮し、対象国・地域を決め、官民で効果的なインバウンドの取り組みを進めています。
―残りの2つはなんでしょうか。
3つ目は「コンテンツを磨き上げること」です。三重県には「海女」と「忍者」という世界に通用する観光コンテンツがあるのですが、紹介する国・地域の嗜好に合わせて紹介方法を変えることに重きを置きました。たとえば忍者ですと、中華圏・北米圏の人はバトルなどのパフォーマンスを好みます。でも欧州圏の人には「忍者は普段どう身を隠すか」「なにを食べていたか」など、文化的な背景を含めて論理的に説明する方が受けるんです。地域ごとのニーズをとらえることが、効果的なPRにつながると考えて実行しました。
最後は今後の課題でもあるのですが、「消費額の多いインバウンドを狙う」です。 (※)MICE誘致や(※)ゴルフツーリズムなど、ひとりあたりの消費額が高い分野に重点を置いていく予定です。
※MICE:企業などの会議(Meeting)、企業などの行う報奨・研修旅行(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会などが行う国際会議(Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字をとったもの。開催は事前に決まることから為替や経済動向に影響されにくいメリットがあり、また会議場や通訳等の支出がくわわることなどから、一般の観光と比べて開催地への経済波及効果が高い
※ゴルフツーリズム:ゴルフを主な目的として旅行すること。長期滞在も見込めるため、ひとりあたりのインバウンド消費額は比較的高いとされている三重県における延べ宿泊者数の推移三重県における外国人延べ宿泊者数の推移
「一歩踏み出す」環境をつくり中小企業の海外進出を先導
―産業政策においても、知事自らが「営業部長」として海外に出るなど積極的な活動をしていますね。
ええ。三重県の産業は製造業の比率が非常に高く、その約2割が「食」に関連する事業者です。ですので、食関連の産業を振興することが県内の雇用につながりますし、人口減少の緩和に結びつく可能性もあります。とはいえ、国内市場は減るばかり。やはり海外展開がキーになることは明確です。
ただこれまで、県内の中小企業が直接海外へ展開した事例はほとんどありませんでした。そこで私の経済ミッションに同行してもらったり、中国・上海とタイ・バンコクに海外ビジネスサポートデスクを設置するなど、まず「一歩を踏み出せる」環境づくりを進めてきました。近年では県が主導するマッチングイベントでの商談件数も増え、事業者の意識が変わりつつあると感じています。
「戦略的不平等」を恐れてはいけない
―行政に携わるうえで、こだわっていることはありますか。
まず、「3つのワン」にこだわっています。それは、ナンバーワン(1番)、オンリーワン(唯一)、ファーストワン(日本初、東海初など)です。この3つのワンを意識しながら、各分野の政策立案に取り組んでいます。男性不妊治療の助成金制度を全国で初めて当県が実施したのもその一例ですね。おかげで予算要求をする際、職員たちは資料に「全国初」「東海初」とひんぱんに書くように(笑)。
もうひとつは「戦略的不平等」を恐れないことです。よく特定の企業と連携することは、「不平等だ」という意見があります。でも私に言わせれば、それこそが悪平等。市場に正三角形があると考えたとき、裾野を広げるには、まず高さを引き上げることが必要なんです。そのため、行政特有の悪平等にならないよう、頑張っている企業とは積極的に連携し、知恵を出し合っていきたいと考えています。
―地域住民や職員との連携は、どのように取っていますか。
住民に対しては、なるべく現場に行って話すようにしています。
その一例が住民の方々との「すごいやんかトーク」。県内で頑張っている方々を集めて、1時間にもわたって本音トークを行います。これは5年半ですでに132回開催しました。
ちなみに県内の市長や町長とは、私が直接現地に出向いて「1対1対談」を繰り返してきました。ポイントは、県民のみなさんに対談内容をオープンにすること。1時間という制限時間のなかで、「知事を相手にわが街の市長や町長はなにを優先的に話すのか」を知ってもらうのがいちばんの狙いです。
また、県庁職員には「県民に対して上から目線にならない」ことを日頃から意識してもらっています。立場上、県庁には大きな“権限"が与えられています。でもこれは我々が偉いのではなく、そのポジションが権限をもっているということ。これを勘違いしてしまうと危険ですからね。
「正解っぽいもの」に流されずとことん考えることが必要
―三重県をどのような県にしていきたいですか。
投資にしても、居住にしても、観光にしても、「選ばれる地域」になりたいという想いは強いですね。また伊勢神宮という日本の精神性の原点が県内にあるわけですから、「和の聖地」としての役割もどんどんアピールしていきたいと思います。
もともと私が知事になろうと思ったのは、「三重県にはいいものがたくさんあるのに、本当にもったいない」と感じたからです。兵庫県に生まれ、東京都に10年以上住みましたが、三重県にしかないよさはいっぱいあるんです。でも、県内にいる人には、それが当たりまえになってしまうんです。「よそ者」だからこそ、三重県のいいものを日本中、世界中にどんどん知ってほしいという想いは、誰にも負けない自信があります。
その一方で、県民の方々には、経済的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさ、家族や地域との“つながり"の豊かさも感じてもらえるような県にしていきたいですね。
全国のほかの首長の方も感じられているかと思いますが、行政の仕事って正解がないと思うんですよ。ただ、前例やほかの自治体の例など、「正解っぽいもの」はたくさん転がっている。なので、それに飛びつきそうになる。それが悪いということではありません。でもこれからは、安易に「正解っぽいもの」に頼るのではなく、政策ごとに立ち止まり、とことん考え抜いて行動することがもっとも必要になってくると思いますね。