まじめに働いてさえいれば大丈夫という風潮がある
―上田さんは任期中に県内の犯罪件数や中学生の不登校を減少させるなど、次々と成果を上げています。なぜ、そのような成果をあげられるのですか。
結果にこだわっているからです。公務員はまじめな人が多い。ただ、まじめに働いていればそれだけで免罪符が与えられると思う傾向がある。つまり、取り組んだ結果に対し、きちんと追っかけないんです。予算や計画を打ち出せば、それで満足してしまう。民間企業だったらありえないことです。
そこで、私が知事になって入庁したときに訴えたのが「すべての行政に安心・安全の思想を貫く」「行政を最大のサービス産業にする」「県庁を優れた経営体にする」の3つ。それらを実現させるには、数字でわかりやすく成果を見せる必要があったのです。
自治大学校や各自治体、総務省の新入職員に研修で講義する際、成果を出す重要性を話しますが、みんなビックリするんですよ。私のような発想をしたことがなかったと。いかに行政が、結果に目を向けていないかの象徴です。
―結果を出すため、どのようなことを行ったのでしょう。
まず、県の取り組んできた数値結果を年ごとにまとめた図表を作成し、知事室に貼り出しました。私が結果にこだわっていることを見せるとともに、数値結果を“見える化”したのです。
たとえば、県の犯罪件数。かつてはもっとも犯罪の多い県のひとつでした。昭和60年の6万件から増え続け、ピーク時の平成16年には18万件に。この流れを知っていれば「なんとかしなくては」と考えるはずです。しかし、これまではそんな図表をつくったことすらなかった。知っているのは対前年比だけ。「犯罪が2%増えた」「検挙率が1%下がった」と小さな数字しか見えず、ずるずる犯罪件数を増やしてしまったんです。
民間パトロールを圧倒的に増やした
―それをどのように改善したのですか。
調べてみたら、埼玉県はひとりあたりの警察官で受けもつ人数が740名。全国でいちばん多かった。とはいえ、すぐに増やすことはできません。そこで「わがまち防犯隊」と呼ばれる民間パトロールを増やしたんです。それもめちゃめちゃ増やしました。当時515団体だったところ「1万団体にしよう」と提案したのです。役所の世界では5年で10%増やすのが一般的だったので、みんな目を白黒させていましたね(笑)。
1万団体まではいきませんでしたが、2年後には東京都を抜いて全国1位の規模になりました。現在もダントツの1位です。
結果、平成26年の犯罪件数は7万6857件に減少しました。
―結果を視覚化することで、改善への意識が強まるのですね。
そうです。同じように市町村別で住宅に侵入する窃盗犯の件数を視覚化したところ、大幅に数を減らすことができました。まさに定量的な変化が見えるわけです。
地域犯罪が減れば、警察官が重要犯罪の捜査に集中できるようになる。その結果、警察官ひとりあたりの受けもつ人数が日本一多いまま、全国46位だった重要犯罪検挙率が26位にまで改善したのです。
まず事実を見る、そして他の自治体とも比較する。数字を意識して仕事をすることで、これだけ結果が変わるのです。そういうふうにして中学生の不登校や高校の中退者を減らすなど、さまざまな成果を上げることができたのです。
行政に必要な視点は 「鳥の目」「虫の目」「魚の目」
―結果にこだわった仕事をするために、職員に伝えていることがあれば教えてください。
「3つの目をもつことが必要だ」とつねにいっています。1つめは「鳥の目」。多くの職員は、壺のなかから空を見ているようなもの。それでは狭い。もっと広い視野をもって、仕事をとらえる。そのうえで、「虫の目」をもって、日々の業務を見つめなおす必要があるのです。
そして「魚の目」。これは時代の流れを見極める目です。こうしたあらゆる視点から、業務を行うことが重要なのです。
たとえば「魚の目」で見ると、日本の生産年齢人口は平成7年をピークに減少傾向にあります。埼玉県でも、10年後には生産年齢人口が約51万人減少すると推測されています。働き手が減る未来に備え、先手を打つ必要があるのです。
―実際にどのような手を打っているのですか。
打ち手のひとつとして、女性が活躍できる場を広げるため「埼玉版ウーマノミクスプロジェクト」があります。育児の期間中に柔軟な働き方ができるような配慮を企
業にお願いし、協力企業を認定してどんどんホームページで紹介しているところです。
また女性向け在宅ワーク、いわゆるSOHO支援や女性キャリアセンターでの就業支援なども進めていきます。単に女性がたくさん働くのではなく、自分の能力が見出せる機会が与えられる社会をつくっていこうという取り組みです。
職員は、ただいわれたことをこなすのではなく、こうした一連の流れを理解したうえで業務に取り組む必要があります。そうすれば危機意識をもって、結果にもこだわってくるはずです。
コストを削るだけが解決方法ではない
―最後に、全国の首長や職員の人たちにメッセージをお願いします。
後ろ向きより、前向きな行政を行うべきですね。課題があると、すぐコスト削減や住民への負担増に目がいきがちですが、ほかにも手立てがあるはずです。
たとえば我々が取り組んでいる「健康長寿埼玉プロジェクト」では、いままで全然歩かなかった人が毎日1万歩以上歩くと、医療費が1年間で2万3800円安くなるという実験結果が出ました。筋力トレーニングだと7万8900円です。そうすると、埼玉県で40歳以上の10人にひとりが1万歩運動すると、年間約100億円の医療費が削減できる。その仕かけづくりを行政がやればいい。
医療保険の掛け金や初診料を上げて社会保障費を軽減するより、このほうがよほど前向きです。また、別の取り組みも行っています。
―どんな取り組みですか。
生活保護受給者の子どもへの学習支援です。生活保護受給者の子どもの4分の1は生活保護受給者になってしまうという調査結果があります。その理由のひとつは高校進学にいたらない人が多いから。そこで県主導で大学生ボランティアなどによる学習支援をすると、高校進学率が87%から98%に上昇しました。
高卒者の生涯賃金はおよそ1億9000万円です。もし、高卒後就職できずに生涯にわたって生活保護を受けたとしたら約9000万円を受け取る。それを未然に防ぐことであわせて約2億8000万円の効果が生じることになるのです。不正受給や受給額を減らすより、負の連鎖を断つほうが大事なのです。
このように、あまりお金をかけずとも本気で改革をしようとするマインドさえあれば、行政から明るい社会はつくれるのです。