市政に新風を吹き込む若手市長が目指す介護予防の「佐賀市モデル」
「情報発信」と「最新技術の活用」で、いつまでも「安心して暮らせる」まちへ
佐賀市長 坂井 英隆
※下記は自治体通信 Vol.37(2022年4月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
新型コロナウイルスの感染拡大が第5波のただ中にあった令和3年10月。佐賀市(佐賀県)では、うち続くコロナ禍もあって、先の見えない不安のなか、市民は若いリーダーを選んだ。新たに市長に就任した坂井氏は、前年に同市を襲った大規模水害も念頭に、「災害とコロナから市民を守る」と宣言。「暮らしやすいまち」づくりを市政の最重要テーマに掲げている。豊かな自然や地域コミュニティのつながりを培ってきた佐賀市の挑戦について、同氏に詳しく話を聞いた。
「安心して暮らし続けたい」市民の切実な声
―昨年10月、コロナ禍の混乱のさなか、どのような決意をもって、市長に就任したのですか。
「災害とコロナから市民の命と健康を守る」。これが、就任にあたって政策の柱に据えたことです。昨年8月は全国的に新型コロナウイルス感染拡大が第5波の真っ只中でしたが、この時期当市では、数十年に一度の記録的な豪雨によって広範囲にわたる浸水被害を受けました。干満差が大きい有明海に面し、低平地が広がっている佐賀市は、これまでも水害に悩まされてきた歴史があります。しかし、今回は過去にないコロナ禍のなかでの被害であったため、市民の不安はことのほか大きかったといえます。「安心して暮らし続けたい」という市民の声は切実でした。そうした状況下でしたから、国土交通省時代に大規模水害対策に従事してきた私の経歴への期待も大きかったのではないかと認識しています。
―危機管理対策では、市長のリーダーシップが求められますね。
就任にあたっては、変化を求める市民の期待を感じていますので、積極的に私のカラーを発揮していきたいと考えています。特に力を入れていきたいのは、「情報発信の強化」と「最新技術の活用」です。前者は、これまで佐賀市がどちらかといえば苦手にしてきたことですが、市民生活に安心感をもたらすには、市の動きをわかりやすく伝えることは不可欠です。若さと機動力を活かして、情報発信の先頭に立つのが、私に期待された役割だと思っています。
総務大臣賞を受賞した「介護予防DX」
―「最新技術の活用」では、どのような考えがありますか。
災害やコロナから市民生活を守るためには、対策のスピード感こそ必要だと思っています。また、限られたリソースで、最大限の効果を発揮しなければいけない。いずれも、最新技術の積極的な活用が求められてきます。当市では、今年3月に「佐賀市DX推進計画」を策定し、行政のDXを進めていく考えです。これが、多様化・複雑化していく社会課題や住民ニーズに対応していく切り札になると期待しています。
というのも、じつはすでに当市では、DXによって大きな成果をあげている政策分野があるんです。
―詳しく教えてください。
代表的な例のひとつが、我々が「介護予防DX」と呼ぶ、ビッグデータを活用した介護予防推進事業です。これは昨年10月、「Data StaRt Award~第6回地方公共団体における統計データ利活用表彰」で、総務大臣賞を受賞した取り組みです。
国保データによると、佐賀県は平成22年度から10年連続*1で年間医療費が全国1位だったことがあり、佐賀市の一人当たり年間医療費は、全国平均を大きく上回っています。それだけ市民には医療に近いという安心感がある反面、健康に何らかの課題を抱えているともいえます。「暮らしやすいまち」を掲げる当市としては、健康寿命を延ばし、生活の質を高めるには、「予防」こそ重要。生活習慣病や要介護、フレイルといった状態を未然に防ごうと。「介護予防DX」は、まさにそこに切り込んだ仕組みなんです。
地域コミュニティが息づく、佐賀市ならではの取り組み
―どのような仕組みですか。
当市では、地域の民生委員の協力を得て、市内約6万3,000人の在宅高齢者を3年に2回のペースで見守りを兼ねて全戸訪問し、健康状態などを実態調査しています。そこで蓄積されたビッグデータをもとに、科学的根拠に基づき効果的に対象者を抽出することで、重症化リスクの高い高齢者の介護予防を実現する取り組みです。ハイリスク者は、レセプトや健診結果といった個人データと統計データから階層化して抽出。対象者には市からプッシュ型でアプローチし、その優先度に応じて、保健師による保健指導、佐賀市医師会と連携した医療機関での治療、さらには地域の民生委員の見守りによるフレイルの予防へとつなげていきます。
―多くの関係者が連携した取り組みになるわけですね。
まさに、そこがポイントのひとつで、地域一体の取り組みとなります。これは、地域コミュニティがいまも息づく佐賀市ならではの取り組みといえます。そこに最新のデータ活用技術を駆使することで、介護予防における「佐賀市モデル」を確立するのが目標です。そこに向けて、取り組みが「市民の行動変容」や「医療費・介護費の適正化」にもたらした効果を検証し、分析精度の向上や取り組みのブラッシュアップに活かしていきます。
大隈重信にまでさかのぼる、データ活用の歴史
―この取り組みは、佐賀市の魅力にもなるのではないですか。
そう考えています。いつまでも健康で質の高い生活を送れることは、当市が目指す「暮らしやすいまち」の重要な要素です。しかし、それ以上に強調すべきは、この取り組みを可能にした「長年の高齢者の実態調査」や「地域コミュニティの一体感」こそ、当市の魅力だということかもしれません。
ちなみに、データ活用という観点でも、じつは佐賀市には古い由来があるんです。というのも、幕末から明治維新にかけて活躍した「佐賀の七賢人」のひとりである大隈重信侯は、初代統計院の院長として、「データ重視の政策決定」の礎を築いた人物でもあるのです。没後100年の節目を迎える今年、大隈侯の「遺伝子」が現在の佐賀市行政にも受け継がれているかのような成果をあげているのは、運命的なものを感じますね。
―最後に今後の市政ビジョンを聞かせてください。
佐賀市は全国的にみると、これまでは地味なイメージがあったかもしれません。しかし、それは謙虚な県民性と不得手な情報発信が影響しているだけで、豊かな自然と特色ある歴史・文化に恵まれた、魅力的なまちです。昨年には、新聞社が調査したテレワーク環境が整う自治体ランキングで、佐賀市は九州・沖縄地区で1位に選ばれています。こうしたまちの魅力を私自身が先頭に立って発信するように努めたいと考えています。
坂井 英隆 (さかい ひでたか) プロフィール
昭和55年、佐賀県生まれ。平成16年、東京大学法学部を卒業後、慶應義塾大学法科大学院に進み、平成18年に修了。平成20年、司法試験に合格し、翌年には最高裁判所司法研修所修了。平成21年に弁護士登録後、都内法律事務所で弁護士業務を行う。平成26年、国土交通省職員に転身。大臣官房総務課、自動車局旅客課企画調整官などを歴任。水管理国土保全局水政課法務調査官時代には、流域治水の法改正、大規模水害の対策などを担当する。令和3年10月、佐賀市長選挙に出馬し、当選。