※下記は自治体通信 Vol.61(2024年10月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
令和6年8月に開かれた全国知事会議では、人口減少問題に対する司令塔組織の創設を求める政府への提言が採択された。この提言について、早くから提案していた一人が、三重県知事の一見氏であった。実際に三重県では、この提案に先立ち令和4年4月から、人口減少対策を統括する「人口減少対策課」を独自に設置するなど、進んだ県政運営を行っている。警戒が強まる南海トラフ地震への対応を軸にした防災対策でも先進的な動きを見せる三重県。その県政方針について、同氏に聞いた。
一見 勝之いちみ かつゆき
昭和38年1月、三重県生まれ。昭和61年に東京大学法学部を卒業後、運輸省(現:国土交通省)に入省。海上保安庁次長、国土交通省自動車局長などを歴任。令和3年9月、三重県知事に就任。現在1期目。
一層加速すべき取り組み「7つの挑戦」
―知事1期目が最終年度を迎えました。この間の県政運営をどのように振り返りますか。
就任後はじめの2年間は、まさに新型コロナ対応一色でしたが、そのさなかで議論を重ね、県政運営の指針となる長期ビジョン「強じんな美(うま)し国ビジョンみえ」を策定しています。同時に、この長期ビジョンの実現に向けて推進する取り組み内容をまとめた5年間の中期戦略計画「みえ元気プラン」もまとめ、いずれも令和4年10月に発表しました。「みえ元気プラン」では、一層加速すべき取り組みとして、「防災・減災」「感染症対応」「観光振興」「脱炭素化」「デジタル化」「子ども・若者支援」「人口減少」を挙げ、これらを「7つの挑戦」と位置づけています。このなかでも、人口減少対策と防災・減災対策の2つは、特に重要な行政テーマと位置づけ、力を入れてきました。
―それぞれの取り組み内容を教えてください。
人口減少対策については、日本全体の大きな問題になっていますが、三重県でも同様であり、私は3年前の知事選の時から訴え続けてきました。令和6年4月に人口戦略会議が「消滅可能性自治体」を発表していますが、そこには三重県にある29市町のうち12が挙げられている状況です。就任後、最初の組織改正となった令和4年4月には早速、県庁内に人口減少問題に関連する施策を統括する組織として、「人口減少対策課」を新たに設置したのも、人口減少問題への危機感が背景にありました。
人口減少対策に不可欠な「司令塔」機能を独自に設置
―どのような役割を持った組織なのですか。
人口減少問題に本気で取り組むとしたら、「出産・子育て環境の整備」はもちろん、雇用を生み出す「産業振興」にも力を入れなければなりません。「Uターン・Iターン施策」との連携や、「ジェンダー・ギャップの解消」といった取り組みとの連携も必要になるでしょう。そういった総合的な視点のもとで、関連する各種の政策を統括する司令塔として設置したのが、人口減少対策課でした。
じつは、海外には良い事例があり、かつてドイツでは、家族政策大臣が司令塔となって女性の非正規雇用に「正規短時間雇用」の制度をつくり、年休取得も容易にするなど、女性の就労環境を改善することで、合計特殊出生率が上昇したという実績があります。人口減少対策には、「総合的な視点」とそれを統括する「司令塔の存在」が不可欠だというのが私の考えです。
―それをまずは三重県として実行していると。
そのとおりです。この問題意識はかねてより持ってきたものです。この8月の全国知事会議では、国に「人口減少問題への対応の司令塔となる組織や大臣を設置すべき」という提言を出していますが、国への提言に先立ってまずは当県でそれを実践しているわけです。人口減少対策課の設置に続き、令和5年8月には、関係部局が連携して対策に取り組むうえでの総合的な指針「三重県人口減少対策方針」を策定しています。これは、県レベルでは過去に例のない取り組みとして、他県からも視察を受けるなど注目を集めています。
防災・減災対策に反映した、能登半島地震からの「気づき」
―一方の防災・減災対策では、どのような取り組みを行っていますか。
今後30年以内に70~80%の確率で発生が予想される南海トラフ地震において、三重県では大きな被害が予想されていることから、ソフト・ハードの両面からの巨大地震対策にはかねてより力を入れてきました。令和6年1月に発生した能登半島地震では、当県から県や市町の職員、警察、消防、医療関係者など延べ約1万7,500人を派遣しています。そこでの支援活動では多くの「気づき」を得ており、それらを踏まえ、「南海トラフ地震対策の強化に向けた取組方針」としてまとめています。県内29市町と議論を重ねながら策定したものであり、その内容は三重県の今後の防災・減災対策にも活かされています。
―具体的に聞かせてください。
能登半島地震では、被害を大きくした要因の1つに家屋倒壊がありました。従来、三重県では耐震補強の補助金制度を設けていましたが、その補助限度額を拡充するとともに、一部屋など家屋の一部のみを補強する際にも使える新たな制度を用意しました。また、この家屋倒壊は、瓦礫が道をふさぐことで消防活動の妨げにもなります。今回の輪島市では、消防水利の損傷により消火活動が困難になったことが被害を大きくしました。こうした大地震時の火災対応については、「空中消火」の重要性を改めて認識し、自衛隊への協力を防衛大臣に要望しています。さらに、津波避難タワーの増設、通信設備や非常電源設備の整備による孤立集落対策など、行政支援を通じて県内市町の動きを後押しし、県土の強じん化を図っていきます。
現代の「美(うま)し国」を県民とともに創る
―それらの施策の先に、どのような三重県の未来像を描いているのですか。
三重の地は古来より、自然が豊かで美しい地域「美(うま)し国」として発展してきました。いまも三重には、国内外に誇ることができる強みや良さがたくさんあります。日本最高峰のパワースポットといえる伊勢神宮や熊野古道はその代表ですし、伊勢海老やアワビ、松阪牛といった食、伊賀の忍者などのキラーコンテンツにも恵まれています。これらの魅力に一層磨きをかけ、県民はもとより、県外や国外の方々にも選ばれる現代の「美(うま)し国」を、「尽誠報民」の精神で県民の皆さんとともに創り上げていきたいと思っています。
―「尽誠報民」の精神とは、どういうことでしょう。
じつは私の造語なのですが、もとになっているのは、中国・南宋時代の武将「岳飛」が大切にしたとされる「尽忠報国」という言葉です。国に忠義を尽くして、国からの恩に報いることを意味する言葉ですが、これにならい、私自身も三重県民に誠意を尽くして、その恩に報いたいとの想いを表現したものです。この想いを忘れることなく、人口減少対策や防災・減災対策など、山積するさまざまな課題を先送りせず、必要な施策を着実に展開することで、県民の皆さんが安心して笑顔で暮らせる県政運営を実行していきます。