【自治体通信Online 寄稿記事】
自著書評(東松山市 職員・小関 一史)
新型コロナウイルス感染拡大の沈静化と反比例し、自治体職員による自主研究グループ活動,いわゆる「自主研」が再び盛り上がっています。そうした、自治体職員を刺激し、集合知を結集する自主研にも“先駆け”となった存在があります。「多摩の研究会」(詳細は本記事で解説)です。ただ、同会の活動実態は謎に包まれ、“伝説の存在”とも言われています。今回ご紹介する『自治体職員の「自治体政策研究」史~松下圭一と多摩の研究会』(公人の友社)は、これまで明らかにされてこなかった同会の活動史について、東松山市 職員の小関 一史さんが散逸する資料の整理と当事者へのインタビューによりまとめた貴重な記録。出版の経緯や想い、第二次自主研ブームと言える今日に同書が果たす役割などを、著者の小関さんに解説してもらいます。
「自主研」の源流は1970年代に遡る
3月下旬に本書『自治体職員の「自治体政策研究」史~松下圭一と多摩の研究会』を上梓しました。
コロナ禍では非対面で行われていた自主研究グループ活動も、対面開催にシフトしつつあります。自己の成長、仕事へのフィードバック、組織の枠を超えたネットワークの構築、モチベーションの維持や向上などの効能がある自主研究活動ですが、自治体職員自らが組織した任意の自主研究グループの記録が1970年代から存在していることをご存知でしょうか。1984年に刊行された『自主研究実践ハンドブック−地方自治体活性化のために』(「地方自治体活性化研究会」編 、総合労働研究所)では、全国656のグループが報告されています。
■本書の主な内容 第1章 自治体職員研修と自主研究活動(研究の背景及び目的/用語の定義/先行研究の概要/論文構成及び研究方法) 第2章 自治体政策研究活動の変遷(自主研究活動の変遷/自治体政策研究の変遷/小括) 第3章 多摩地区の自治体職員による政策研究会(松下圭一の職員参加支援/武蔵野学派/多摩の研究会/多摩の研究会の独自性/小括) 第4章 自治体職員による自治体政策研究活動(自治体職員による政策研究活動の変遷/1977年 現代都市政策研究会/1983年 自治体活性化研究会/1984年 全国自主研究交流シンポジウム/1984年 全国自治体政策研究交流会議/1986年 自治体学フォーラム/1986年 自治体学会/小括) 第5章 終章(検討の過程/自主研究活動の意義/多摩の研究会の足跡/松下圭一と自治体政策研究/松下圭一と多摩の研究会)
“独自の秘匿性”を持って活動した「多摩の研究会」
私は、とあるきっかけから自主研究グループ活動の歴史を紐解き、偶然、自分が活動している自主研究グループのルーツを知る機会がありました(下図参照)。皆さんは、参加している自主研究グループのルーツを考えたことがありますか?
自身が自主研究グループの設立を決意したのは、先輩に連れられて参加した行政政策研究会の帰り道のことでした。しかし、行政政策研究会がその活動を模倣した、行政技術研究会以前の研究会(本書では、総称して「多摩の研究会」としています)については、秘密結社的に(?)記録が残っていません。
秘密結社と言うと、何か特別な意味があるように感じますが、多摩の研究会は「独自の秘匿性」を持って活動をしていたことから、意図して自らの記録を残してきませんでした。事前に分かっていたことは、政治学者である故・松下圭一(1929年~ 2015年、法政大学名誉教授)が多摩地域の自治体職員との研究を主導していたこと、通称、「松下研究会」や「武蔵野学派」などと呼ばれていたことです。これらの研究会の存在はリアルタイムで公表されておらず、活動の実態は参加メンバーも含めて明らかにされていませんでした。今回の調査の結果、明らかになった多摩の研究会とその系譜の研究会が残した自治体政策研究にかかる実績は、以下のとおりです。
- 自治体職員による初の政策研究書『職員参加』(学陽書房、1980年)
- 通達行政の研究
- 「政策法務」の概念創出と造語
- 自治体学会の設立支援と運営への関与
- 介護保険制度制定にあたり厚生省(当時)の支援
- 第一次地方分権改革への情報提供
多摩の研究会に着目した理由
戦後の自治体政策研究のトピックは、革新自治体にはじまり、自治体シンクタンクの設立、自治体職員の第一次自主研究ブーム、自治体政策研究をテーマにする学会が複数設立された後に、大学における政策系学部の設置、政策研究科大学院の設置と続き、第一次地方分権改革につながっていきます。その過程には、元自治体職員による実務家教員の誕生もありました。そう考えると、第一次自主研ブームが自治体学会設立に関与した一連の流れは、自治体政策研究史の大きなうねりの中において、中心的な出来事だったのだと思います。
多摩の研究会に着目した理由は、1980年代に全国各地で一斉に展開した自治体職員による自主研究活動の収斂先を1986年の自治体学会設立とみたときに、その先駆性と代表性が多摩の研究会にあると考えたからです。
自治体職員による任意の自主研究グループが、自治体における政策研究の歴史のなかで、その展開に影響を与えてきたことには驚かされます。そして、改めて疑問に思ったのが、「なぜ、独自の秘匿性を持って活動をしていたのか」ということです。
現在の自治体職員の課外活動の置かれた環境では(必ずしも自主研究グループを対象にしたものではありませんが)、財団法人地域活性化センターが総務省地域政策課の協力の下で運営する「地域に飛び出す公務員ネットワーク」や「地域に飛び出す公務員アウォード」、公務員が自分の時間を活用して、プラスワンとしての活動に参画することを応援する「地域に飛び出す公務員を応援する首長連合」、地方自治体を応援し、活躍する公務員や首長を取材する民間ウェブメディアなど、自治体職員の課外活動を推奨、支援する首長、公的機関、民間団体が誕生しています。
「第一次自主研ブーム」の熱意と熱量、突破力
本書では、当時と現代の「自主研究グループ活動の環境の違い・共通点」のほか、「なぜ、自主研究活動は発生したのか」、「なぜ、地方自治の研究分野が確立されていない時代に、行政学者が自治体職員と連携したのか」、「自主研究グループ活動が学会設立に動き出した場面」、「自主研究活動の阻害要因」などについても注目をしました。
第一次自主研ブームを活動した方々が定年退職を迎える頃、第二次自主研ブーム世代が入庁しました。入れ違いで退職をしていった先輩たちの世代は、まだ自治体が全国的なイベントなどを開かなかった時代の1984年に、全国自主研究交流シンポジウムを中野サンプラザで開催しています。その後も、通信手段が電話と手紙だった時代に全国集会を開催した熱意と熱量、突破力を感じ取っていただけたら、今の自主研活動に新鮮な視座が加わるかもしれません。
本書は、法政大学大学院公共政策研究科へ提出した修士論文を基に、大幅に加筆修正を加えたものです。学術論文にはとっつき難い感があるかもしれませんが、「秘密結社」「コミケ」「よんなな会」や、第一次世代へのインタビューの掲載、関東地方の自主研究グループ活動の火付け役となった、第1回関東自主研サミットの会場の関係など、懐古主義的ではない読みやすい内容になっています。現在(第二次自主研ブーム)と過去(第一次自主研ブーム)を対比して読むことで、今、運営や参加をしている自主研究グループへの想いを深めていただくきっかけになれば幸いです。
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■ 小関 一史(こせき かずし)さんのプロフィール
東松山市 生涯学習部 きらめき市民大学事務局長
1971年生まれ。1993年東松山市入庁。市民課国民年金係、学校教育課、政策推進課、市民課戸籍グループ、学校教育課、保険年金課長、都市計画課長、教育総務課(埼玉県都市教育長協議会事務局)、市立図書館、きらめき市民大学事務局長。
修士(公共政策学)。
職員べんきょう会Team「比企」(https://www.facebook.com/profile.php?id=100066480193018)や公務員キャリアデザインスタジオ(CDS)(https://www.facebook.com/kcareerdesign/?locale=ja_JP)などの自主研究活動を主宰。CDSでは、公務員志望者との会話の場「公務員おしゃべりカフェ」や、公務員管理職の相互参照の場である「公務員管理職おしゃべりカフェ」を開催。
共著に『クイズde地方自治 : 楽しむ×身につく!自治体職員の基礎知識』(「クイズde地方自治」制作班編、公職研)がある。2023年3月に『自治体職員の「自治体政策研究」~史松下圭一と多摩の研究会』(公人の友社)を出版。