刊行の背景
「我々は、これまでスポーツがもつ潜在力を政策に活かし切れていなかった」
これは、英国のブレア元首相が述べた言葉です。ブレア労働党政権は、政策全般における地方自治体の役割を重視し、地域スポーツ振興にも積極的に取り組みました。
スポーツは、人々の健康保持・増進だけでなく、人と人、人と地域、人と世界との繋がりや絆を強め、社会の活性化に有効であることが数多くの研究で証明されています。こうしたスポーツのもつ多様な潜在力を自治体政策にもっと活用すべきではないでしょうか。
本書「スポーツ担当者になったら読む本~地方行政におけるエビデンスベースの政策立案に取り組むために~」 は、約740自治体が参画する「スポーツの力 共同宣言団体」のネットワーク「ジャパンスポーツネットワーク(JSN)」(※脚注参照)を通じてJSCが2016年9月から配信していたニュースレターの内容を基本に、最新の取組事例や研究成果を補完して再編集したものです。
(※脚注)ジャパンスポーツネットワーク(JSN):スポーツを「世界共通の人類の文化である」とし、スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは「すべての人々の権利」であると謳うスポーツ基本法の理念を実現するため、JSCが2013年7月に立ち上げた総合的なスポーツ政策プラットフォーム。JSC・自治体・企業等で構成する。「スポーツの力」で明日の社会を拓くヒトを育て、活力のある地域社会と幸福で豊かな日本を実現するために協働し、子どもたちや若者が夢を持てる国、輝く未来を創ることを目指している。2020年4月1日時点で、738の地方自治体と「スポーツの力」共同宣言を行った。
本書では最新のスポーツ政策とその傾向を解説し、それに関連した国内外での実践事例などを掲載しています。
行政においては、職員は一定期間で異動を繰り返し、健康・福祉、教育、経済、観光など様々な政策領域に携わることが一般的です。そのため、それぞれの政策領域においては、政策の内容や課題、最新トピックスなど、その政策の全体像を把握するための教科書的な書籍があるといいます。
スポーツ政策領域を見てみると、スポーツ基本計画やスポーツ推進計画などの政策文書や研究者向けの専門書は存在します。しかしながら、最新のスポーツ政策とその背景にある理論や科学的エビデンス、さらには最新の実践事例が分かりやすく解説され、自治体スポーツ行政の実務者が新規の政策を立案する際に参考になる実用書や参考書は見当たりません。
そこで、スポーツ政策を体系的に整理し、最新の知見やエビデンスとともに解説し、最新の取組事例を紹介する実用書の出版を思い立ちました。このことが、本書の刊行の出発点です。
日本スポーツ振興センターと情報・国際部の紹介
独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)は、「未来を育てよう、スポーツの力で」をコーポレート・メッセージに掲げる、我が国唯一のスポーツ関する独立行政法人。我が国のスポーツ振興とスポーツを通じた社会発展を推進する中核的組織。JSCの業務は、国立競技場(新国立競技場、代々木競技場)やスポーツ博物館・図書館の運営、国際競技力向上のための研究・支援、スポーツ・インテグリティの保護・強化、スポーツ振興投票くじの販売と当せん金払戻、スポーツ振興事業助成、学校管理下の児童生徒等の災害共済給付、登山に関する指導者養成など、広範囲にわたる。
その中で、JSCの情報・国際部は、日本のスポーツ情報機能の強化として、我が国のスポーツ政策に資する国内外のスポーツに関する情報の収集・分析・提供と国内外スポーツ機関との連携・ネットワーク構築を行っている。日頃から世界各国のスポーツに係る政策文書や最新の取組事例、学術論文、メディアリリースなどの情報を収集・分析し、特に重要な動向や取組について国や地方自治体に提供することを業務のひとつとしている。
本業務において収集する最新の取組事例は年間400例、国や自治体に提供する事例情報は年間約100例に至る。2013年から現在までに2500を超える事例情報を蓄積してきた。
<JSCのサイト>
https://www.jpnsport.go.jp/
本書の価値と特徴
多くの自治体では、新たな政策を立案・実施・展開する上で、財源不足、人手不足、時間的余裕の不足、最新の知識や情報の不足といういくつもの障壁を抱えており、こうした複合的な障壁がある中で、自治体にはエビデンスに基づく政策立案が求められています。
そのため、本書はスポーツを政策に取り入れるための実用性、そして最新の知識と科学的エビデンスの体系化に重きを置いています。本書の価値は「実用性」と「最新性」にあります。
これらの価値を実現するために、本書では各章において主要なスポーツ政策課題を取り上げ、それに係る最新知識・情報並びにエビデンスを体系的に整理・解説しています。
また、各章で取り上げた政策課題に対する国内外の最新の実践事例を掲載しました。
故に、どの章から読み始めても必要な知識・情報・エビデンス、そして最新事例を理解することができます。各自治体の政策課題や関心に応じて読んでいただければ幸いです。
スポーツの持つ多様な潜在力
2020年以降、我が国では人口減少と高齢化が加速しています。こうした時代においては、人々ができるだけ長く健康で活動できることが最重要課題です。
さらに、人は社会との関係性の中で生きる存在であり、人と人、そして人と地域の関係性(社会関係資本)を強めていくことも重要な課題です。
スポーツや身体活動が人の健康保持・増進に効果があることは数多くの研究で証明されています。最近の研究では、スポーツ活動は、地域と人の関わりや地域での支え合い、多世代交流、地域組織活動への参加を強めるなど、社会関係資本の醸成・強化にも効果があることも実証されています。
また、ラグビーW杯2019やマラソンイベントのように、スポーツイベントが経済的効果や社会的効果など地域社会の活性化の起爆剤として有効であることも分かっています。
国連は持続的な社会の発展のための17の目標(SDGs)を定めていますが、スポーツはこのうち13の目標達成に貢献できるとされています。
スポーツは、人々の健康保持・増進のほかにも、女性や障害者の社会参加・活躍の促進、コミュニティの絆の増強、苦境に強い社会の形成、国際平和・協調の促進、経済の活性化など、実に多くの面で活用できる強力なツールです。こうした多様な潜在力をもつスポーツを、自治体における政策の柱の1つとしてより積極的に活用してほしいと考えています。
自治体の皆さんへのメッセージ
スポーツは、生理学、栄養学、医学、心理学、社会学、経済学、経営学などの諸科学の理論や研究成果を総合して実践される高次な人間活動です。このような活動を基盤とするスポーツ政策について、最新の理論やエビデンス、重要課題、トピックスなど全体像を行政実務者が理解することは、スポーツを人々の健康の保持増進や社会発展に政策として有効活用していく上で欠かすことはできません。
これから我々が直面する時代において、スポーツ政策は重要な役割を有し、大きな期待が寄せられる一方で、自治体におけるスポーツ政策革新は進んでいないという実態もあります。
我々が自治体595団体を対象に行った調査結果(下グラフ参照)によれば、2013年以降、自治体スポーツ行政において新規事業を創設した自治体は約30%に過ぎません。2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の開催決定を受けて、政策的・社会的にもスポーツへの関心や期待が高まった状況下においてさえも、自治体のスポーツ行政ではその追い風を政策革新に繋げられていません。
もちろんこれまでも自治体のスポーツ行政において様々なスポーツ普及事業が展開されてきました。しかしながら、最近の研究では、そうしたスポーツ普及事業への参加者の多くは既に何らかのスポーツ活動に参加するスポーツ実施者であることが示されています。
今後、自治体において特に求められる取組のひとつは、スポーツ未実施者の参加を促す政策革新でしょう。
本書は、主に自治体スポーツ行政の実務者を対象とするスポーツ政策実用書です。多くの実務者の方々に手に取っていただき、今後のスポーツ政策革新の参考になれば幸甚です。
「スポーツ担当者になったら読む本~地方行政におけるエビデンスベースの政策立案に取り組むために~」の詳細
発行:独立行政法人日本スポーツ振興センター
価格:2,156円(税込)
購入方法:下記URLのオンライン書店「honto」で注文(プリントオンデマンドで紙の本を配送)
https://honto.jp/netstore/pd-book_30307797.html
和久 貴洋(わく たかひろ)さんのプロフィール
独立行政法人日本スポーツ振興センター情報・国際部部長
ハイパフォーマンススポーツセンター・国立スポーツ科学センター副センター長、スポーツ・インテグリティー・ユニット調整役(併任)
筑波大学体育系客員教授
筑波大学修士課程体育研究科修了後、東京大学教養学部体育科・東京大学総合文化研究科生命環境科学系助手、国立スポーツ科学センター設置準備室、同センター・スポーツ情報研究部副主任研究員を経て現職。
スポーツ庁参与(2017~2018)、アジアスポーツパフォーマンスインスティチュート協会チェア(2014)、警察庁・銃砲規制の在り方に関する有識者ヒアリング委員(2014)、超党派スポーツ議連「今後のスポーツ政策のあり方検討とスポーツ庁設置に向けたプロジェクトチーム」有識者会議委員(2013~2014)、2012ロンドン・オリンピックタスクフォースプロジェクトダイレクター(2011~2012)、文部科学省スポーツ・青少年局技術参与(2011~2012)、自由民主党・スポーツ立国調査会事務局(2008~2009)、新スポーツ振興法制定プロジェクト・アドバイザリーボード(2008~2009)、遠藤利明元文部科学副大臣「スポーツ振興に関する懇談会」委員(2007~2008)などを務める。
著書に「スポーツ・インテリジェンス~オリンピックの勝敗は情報戦で決まる」(NHK出版)がある。
<連絡先>
独立行政法人日本スポーツ振興センター (JSC) 情報・国際部
〒107-0061 東京都港区北青山2-8-35
Tel:03-5410-9161
Fax:03-5410-8870