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「法的なものの考え方」を探して#8(自治体法務ネットワーク代表・森 幸二)
公益通報についての自治体職員の誤解

公益通報とハラスメント《前編》

    プロフィール
    森 幸二
    《本連載の著者紹介》
    自治体法務ネットワーク代表
    森 幸二もり こうじ
    北九州市職員。政策法務、公平審査、議員立法などの業務に携わり、現在は北九州市 人事委員会 行政委員会 事務局調査課 公平審査担当係長。自治体法務ネットワーク代表として、全国で約500回の講演。各地で定期講座を実施中。著書に『自治体法務の基礎と実践』(ぎょうせい)、『自治体法務の基礎から学ぶ指定管理者制度の実務』(同)、『自治体法務の基礎から学ぶ財産管理の実務』(同)、『1万人が愛したはじめての自治体法務テキスト』(第一法規)がある。2023年10月に『森幸二の自治体法務研修~法務とは、一人ひとりを大切にするしくみ』(公職研)、2024年3月に『自治体法務の基礎と実践 改訂版~法に明るい職員をめざして~』(ぎょうせい)を出版。

    自治体向け法務研修等を500回以上行った実績がある自治体法務ネットワーク代表の森 幸二さん(北九州市職員)が「法的なものの考え方」をお伝えする本連載。今回から前編、後編の2回にわけて「公益通報」について深く掘り下げます。

    ハラスメントに対する「さらし記事」

    今回は、「結論さえ正しければ何を言ってもよい」と考えている人たちとひとくくりにされないための条件について、最近話題となっている「ハラスメント」や「公益通報制度」を題材に検討してみます(今回も、すべて私見です)

    違法行為やモラルに違反する行為、最近では、さまざまなハラスメントに該当する行為を行った人に対して、インターネットやSNSで「これでもか」と心無い言葉で袋叩きにする記事を見かけます。

    加害者をさらし者のようにするその「やり方」は、批判の対象となっている人の行為よりもはるかに恥ずべきものだと私は思っています。ハラスメントの被害者にとっても「そんな(その程度の)人たち」に擁護されていることは、余計なお世話以上のある種の二次被害ではないでしょうか。

    彼らが、ハラスメントの加害者について、積極的に批判を試みようとする心中はとても単純な構造でできあがっていると考えます。

    ハラスメントという明らかに「違法(〇〇法違反ではなく、そもそも正しくない)なこと」を対象とすれば、見識がなくても、人を納得させる文章力がなくても、そして、どのようなキャラクターでどのような日常を送っている人であっても、「悪を叩く拙い一言」で、ネットやSNS上での賛同を得られるからです。

    そのような「さらし記事」を投稿して、肯定的な反応を示す数字が上がったときの彼らの感情は、人として救いようのない心の動きがもたらすものだと思います。

    事実を指摘して公然と人を批判することの社会的意味

    ここで、みなさんと共有しておきたいことがあります。その対象がたとえハラスメントであっても、事実を指摘して公然と他人を批判することは、本来は、人としてできるはずもない、やるべきことでもない行為だということです。

    あえて、具体的に言えば、損害賠償の対象となる民法上の不法行為や刑法上の名誉棄損罪に当たります。これが、「人を公然と批判するときの大原則」です。

    「本当のことを投稿しているのだから問題ない。ハラスメントをしているものが悪い。私は、それを糺(ただ)しているのだ」と考える人がいたら、彼は、一切、SNSに投稿をすべきではないでしょう。「本当のこと」だからこそ名誉棄損になるのです。

    SNSで行為者(被投稿者)の人権が問題となっている事例と、逆に行為者の側が叩かれ続けている事例とは、どちらも「人についての事実」という評価基準においては変わりありません

    SNSやインターネット上で真逆の状態が生じている両者の違いは、SNSにかかわっている人たちの認識不足と世間の雰囲気が作り出しているのです。

    「人を公然と批判するときの大原則」を忘れてはならない…

    「なぜ」正しくないのか、「どこが」正しくないのか

    SNSに限らず人を批判、評価するためには、自分の考えだけではなく、人権意識や社会の合意によって創られた共通のものさしを持っていることが必要です。それは、人をあえて批判するための資格です。

    法令や法的なものの考え方がその「共通のものさし」に当たります。

    心ある人は、共通のものさしによってのみ見出すことができる正しい理由に支えられた、つまりは、「正統化された」自分の考えを持てないうちは人の批判はしません。私たち自治体職員は、つねにその意味での「人」でなければなりません

    さらし記事を投稿している人は、ハラスメントの結果しかみて(把握して)いないはずです。でも、大切なことは、自分が批判を試みようとする人のどこが「間違っているのか」について、正しい理由をきちんと持っておくことです。

    共通のものさしをしっかり持って、その使い方を理解して、自分が批判の対象としている事実にまっすぐに当てて、「正しくないことを批判するための正しい理由」を見つけなければなりません。

    公益通報者についての保護法のしくみ

    「共通のものさし」のひとつとして、「公益通報に当たるかどうか」があります。

    「公益通報」という言葉からは、特定の団体や個人が違法不当な行為を行っている、または、行おうとしているという事実を関係機関やマスコミに知らせることを意味しているように思えますよね。

    この点について、公益通報を行った人を不当な解雇や不利益から守るために制定された「公益通報者保護法(以下「保護法」)」という法律があります。この保護法の目的は、『国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図る』ことです(二重括弧内は保護法第一条より引用)。その手段としての公益通報が位置付けられています。

    ですから、保護法の対象となる事実は、「国民の生命、身体、財産にかかわるかどうかという観点から選別された『重大な犯罪事実』についての通報」だけです。例えば、保健所長の許可を得ずに飲食店を営業して(しようとして)いるとか、建築確認を得ずに建築工事を始めているなどがその例です。

    そのような重大な違法行為については、見逃されると社会に大きな悪影響が考えられます。そこで、「人の非難は公然と行ってはならない」ことの例外として、「保護法で規定された重大な犯罪行為については一定の条件のもと、報道機関へ通報したり、SNSに公表したりした場合でも、自治体や会社から不利益な取り扱いを受けない(正確には自治体等は不利益な取り扱いをしてはならない)」とされているのです。

    「他者から公然と非難されない権利(人権)」と「重大な違法行為が行われた場合についての被害の大きさ」とを天秤にかけて、この場合は「例外的に」、通報や公表が雇用主との関係において違法ではないとされているのです。

    言い換えれば、一般の法令違反や条例違反、そして、暴行や傷害などに該当しないハラスメントなどは公益通報者保護法における保護の対象とはなりません。

    法的保護を受けることができる通報先(通報手段)

    次に、報道機関やSNSに重大な違法行為を通報・公表する(通報等をしても不利益な取り扱いを受けない)条件を確認しておきましょう。保護法における重大な違法行為についての通報先は、3つ規定されています(保護法第3条。下図参照)。

    それぞれに要件が異なり、内部通報や外部通報が困難な場合に、3次的に例外的に報道機関通報等が定められています。
     
    「人事課に知らせる」、「役所に通報する」、「報道機関やSNSを使う」が、同じ要件において選択的に規定されているわけではありません。その中で、報道機関へ通報したり、SNSへ投稿した場合に、免職や懲戒処分にならないためには、2つの要件が必要となります(下図参照)。

    公益通報についての自治体職員の誤解

    でも、自治体職員の中には、以下の誤解を持っている人もいると思われます。
     
    「条例違反やハラスメントなども(公益通報の対象であり)、報道機関やSNSへ通報、公表しても構わない」
     
    この誤解の原因のひとつは、各自治体で制定されている内部通報を受けるための体制について規定した内部通報要綱を正しく理解していないことにあるのではないかと私は考えています。内部通報要綱、公益通報について自治体職員が持つべき考え方については、《後編》で述べます。

    (後編「公益通報とハラスメント~正統な批判を行うために~」続く)
    ※本稿をはじめこの連載の内容は筆者の森さんの私見です。

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