【自治体通信Online 寄稿記事】
我らはまちのエバンジェリスト #7(福岡市 職員・今村 寛)
今年度末もいよいよ大詰め、来年度予算の編成という大仕事の季節になりました。財政健全化が喫緊の課題とされるなか、予算がかかる新しい事業をあきらめざるを得ない―。こんな自治体職員も少なくないでしょう。今回は、緊縮・削減といったイメージが先行する財政健全化の真の意味、財政課との関係値のあり方を紐解きます。
地方自治体は本当に「お金がない」?
全国の地方自治体で令和4年度当初予算の編成作業が大詰めを迎えています。
増え続ける社会保障費、伸び悩む税収、コロナ禍で新たに必要になる感染症対策や経済支援。
ほとんどの地方自治体は「お金がない」という悩みを抱え、財政健全化の大号令の下、前年度予算に一定の削減率を乗じるシーリング(予算要求上限額)を設定し、徹底した事務事業の見直しを余儀なくされています。
しかし、そうやって削られたお金はどこに振り向けられているのでしょうか。
そもそも、地方自治体が自由に使途を定められる「一般財源」は、その9割以上が過去の政策決定のランニングコストである「経常的経費」に充てられています。
「経常的経費」は施設運営や様々な行政サービスの実施経費など、新たに「やめる」という判断をしない限り継続的に必要な経費で、このうち社会保障費等の義務的経費が増大しています。
しかし一方で多様化する市民ニーズや新たな社会課題に対応するためには新たな政策、施策事業が求められており、この実現に必要な「政策的経費」に充てる財源が不足することになります。
これが全国の地方自治体が抱える「お金がない」という事実の正体です。
このため、既存事業を見直し予算を削って生み出した財源を新規事業に充てる「スクラップ&ビルド」を行うわけですが既存事業の見直し(スクラップ)ができなければ新しい政策に投入(ビルド)する財源が生まれません。
そこで「ビルド&スクラップ」。新しく取り組むべき政策を先に決め、既に行っている施策事業がその新たな取り組みよりも優先順位が高いか低いかを判断しながら、これまで正当化されていた既存事業の優先順位を並べ替え、現在の社会環境や時代の要請に応じた順位へと「最適化」する。
より優先順位の高い取り組みに充てる財源を生み出す(ビルド)ために、これまで実施していた既存事業の優先順位を付け直す(スクラップ)という発想の転換こそが「お金がない」地方自治体で限られた財源を効果的に使う特効薬と言えます。
「財政健全化」はそれ自体が目的なのではなく、より優先順位が高い政策を実現するための手法なのです。
財政健全化は目的ではなく手段
「地方自治体財政は危機的な状況」「財政健全化は喫緊の課題」と言われて久しいですが、ではどういう状態になれば財政健全化が達成できたと言えるのでしょうか。
財政健全化は目的ではなく手段なので、健全化そのものに終わりはありません。
過去の政策決定を維持するための経常的経費が硬直化するなか、地方自治体で不足するのは、現にある政策課題を解決するために必要な「新しいことに取り組むお金」。
そのために今やっていることを見直し、優先的に実施すべき政策を実現するための財源をねん出する取り組みが財政健全化で、事業の削減自体が目的になるものではありません。
経常収支比率や財政力指数などの財政指標は他の団体と比較したり、過去からのトレンドを分析したりするために使用する物差しに過ぎず、これ以上財政健全化の取り組みが必要かどうかを判断する基準にはなりません。
優先度の高い施策を新たに手掛け社会課題の解決を図ろうとする限り、財政健全化に終わりはなく、財政指標がどれだけよくても、今後取り組むべき重要な政策課題があり、その実現に向けて多くの財源を捻出する必要があれば既存事業の見直しにも積極的に取り組まなければならなくなるのです。
「財政健全化」は「健康づくり」に例えることができます。
人が健康でありたいのは、仕事や趣味などの好きなことに挑戦でき、おいしいものを食べいろんな場所に出かけていろんなことを楽しめる、人それぞれの豊かな人生を送るという目的を達成するため。
フルマラソンを走る陸上選手と普通の勤め人とではやりたいことをやるために必要な健康状態にも大きな差があります。
それぞれがやりたいことを実現するために必要な状態を保つという意味では、個人の健康づくりも自治体の財政健全化も全く同じなのです。
予算は誰がどうやって決めている!?
限られた財源を適切に配分しやらなければならないこと、やりたいことを効果的に実現していくために、地方自治体は毎年度予算編成を行っています。
予算編成の手法は大きく分けて2通り。「一件査定」と「枠配分」です。
事業ごとに目的、内容、必要経費の積算を示した調書をまとめて受け取り財政課で一件ずつその中身をチェックしていくのが「一件査定」です。
経費の積算をすべて財政課でチェックするため、資料が膨大になり、現場と財政課とのやり取りも大変頻繁に行われることから、繁忙期には予算要求を行う現場にも負荷がかかり、全庁的に時間外勤務が増えるという弊害もあります。
すべての事業を一人の財政課長が見て同一の判断基準で取捨選択し、各分野での施策の重点化のバランスを取りながら全体で収支の均衡を図ることが期待されますが、実際にそのようなことは神か超人のなせる業。
規模の大きな自治体になればなかなか全体を俯瞰しながら個別の事業にも厳しくメスを入れるということが難しくなるという実情があります。
「一件査定」では、事業の取捨選択が財政課任せになってしまい、市民に対する説明責任を現場で果たせないおそれもあるため、現場に裁量を持たせ、合わせて説明責任も果たす観点から、あらかじめ推計した翌年度財源を一定のルールで各部局に予算編成前に配分し、各部局がその範囲内で自主的、自律的に部局単位の予算原案を作成し、それを財政課が全体で束ねて調整する「枠配分」という手法を導入している自治体もあります。
財政課は各部局に配分する財源の事前調整と、それぞれの現場で作成した原案を全体で見渡した際のバランスや過去の政策決定との整合などのチェックに専念し、政策実現の具体的な手段の選択は現場に任せる、というのが「枠配分予算」という手法です。
必要なのは「対話」による共通理解
2つの手法では、誰がどこで予算の内容を議論して判断しているかが異なりますがいずれの方式を採用するにせよ、あるいはその併用を行うにせよ、肝心なのは財政課と各部局の現場がきちんと「対話」することにより、同じ情報を持ち、同じ価値観、危機感を共有し、共感していることが不可欠ということです。
一件査定だからと言って財政課に任せきりにするのではなく、枠配分予算だからと言って各部局の現場で好きなようにやるのではなく、財政課と各部局の現場が互いに相手の立場に立って全体最適を考えられる関係性を作ること。
厳しい財政状況に置かれている事実を財政課だけでなくすべての職員が共有し、その危機感の中でお互いができることを任せあって事に当たる、そんな信頼関係の構築こそが、この難局を乗り切っていく唯一の方法だと思います。
これは組織内での財政課vs現場の関係性の話にとどまらず、自治体と市民との関係性にも相通じるところがあります。
自治体が限られた財源を効果的に活用するために施策事業を取捨選択していくには、自治体財政の全体像について市民とも共通の理解を得ていく必要がありますし、その中で何を根拠に優先順位付けが行われているのかということについてもしっかりと説明責任を果たしていくことが自治体側に求められますが、それらを実現するためには、同じ情報を共有し、立場を超えて互いの意見に耳を傾け合う「対話」が重要になります。
そこで、自治体と市民の対話の架け橋“まちのエバンジェリスト”の出番というわけです。
(「【自治体職員は首長にどう向き合うべき?】王様の耳を語れ」に続く)
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今村 寛(いまむら ひろし)さんのプロフィール
福岡市 教育委員会 総務部長
1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。
また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。
好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2021年より現職。
著書に『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)、『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)がある。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信するnote「自治体財政よもやま話」を更新中。