今村 寛いまむら ひろし
福岡地区水道企業団 総務部長。1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2022年より現職。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信する「自治体財政よもやま話」(note)を更新中。
自治体職員は地域のエバンジェリスト(伝道者)であれ―。そう提唱する本連載筆者が総務部長を務める福岡地区水道企業団50周年事業を通じた対話の実践例をお届けします! 今回はいよいよ最終章。一連の50周年事業の掉尾を飾る記念式典を終え、企画構想から数えると1年半にわたって突っ走ってきた今村さんの胸に去来する想いとその目がとらえた新しい未来予想図をお伝えします。
50周年記念事業を振り返って
これまで4回にわたってご紹介した「福岡地区水道企業団設立50周年記念事業」の取り組みですが、おかげさまで先日、10月14日(土)に行った記念式典をもって概ね終了いたしました。
水源に乏しい福岡都市圏の水道用水を都市圏外の筑後川に求めるために50年前に設立された当企業団の設立意義や使命を改めて振り返り、水道用水の1/3を筑後川の恵みに依存する福岡都市圏の水事情について都市圏住民の皆さんに理解を深めていただくこと、さらには、このことを知っていただいた福岡都市圏住民が抱く感謝の気持ちが水源地域にきちんと届くことが記念事業の目的でした。
前回までの記事でご紹介したように、私たちはこの取り組みを組織内部、職員同士の「対話」、自治体組織外の関係者、協力者との「対話」、そして自治体と住民、あるいは住民同士の「対話」という三つの「対話」の実践によって推進してきました。
(参照:「対話が拓く水道企業団の未来」シリーズ=①50周年事業という“対話”、②引き継がれていく“レガシー”として、③中と外を混ざり合わせる「外部関係者との対話」、④「自治体と住民の対話」が未来をつくる)
企画構想から1年半、5月からの本格始動から半年間、とにかくゴールまで走り抜けてみましたが、その成否はいかに。事業の目的は達成されたのでしょうか。
まずは知っていただく機会を設ける
私たちはまず、企業団のこと、福岡の水事情のことを知っていただく機会を設けることに注力しました。
福岡都市圏の水事情をテーマにした連続講座「考えてみよう! ふくおかの『水』のこと」は、NPO法人福岡テンジン大学との共催により4回の開催で年齢も職業も多種多様な150名以上の方にご参加いただきました。
また、企業団としては初めての取り組みとなる市民参加型の施設見学ツアーは、親子で楽しみながら遊び感覚で水源地や浄水場などの施設を見学できる手軽さが好評を博し、定員の8倍もの応募が集まり大盛況でした。
夏休みの自由研究で人気の海水淡水化センター「まみずピア」では、バックヤードツアーの実施などにより施設見学の内容を充実させ、たくさんの方に見学に来ていただくことができました。
「海水淡水化センター まみずピア」とは?海水の取水から淡水化、送水までをおこなう国内最大規模の海水淡水化施設。福岡都市圏は地域内に一級河川を持っていないため、近年渇水が頻発。そのため、福岡都市圏の自助努力のひとつとして天候に左右されず、水源を確保できるよう、まみずピアが建設された。2005年3月に竣工。最大取水量は10万3,000㎥/日。
下画像の上はまみずピア内部の淡水化プラント、下は施設見学会の様子。
また、この見学充実の一環として、ライブアートイベントを開催し、「水」をテーマにトラックの幌へ2日間かけてアートを描いてもらいました。
(参照:対話が拓く水道企業団の未来③~中と外を混ざり合わせる「外部関係者との対話」)
このように市民の方々が直接参加する機会を創ることで、普段、水のことにあまり関心がない方にも、私たちの水の現状を知ってもらい、ジブンゴトとして考えてもらうことができました。
事業への参加、協力を通じた理解の促進
また、50周年記念事業の実施に当たり、若い世代からたくさんの協力をいただきました。
50周年記念のロゴマークは、九州大学芸術工学部の学生さんたちに、デザインの授業の一環として原案を作成してもらいました。筑後川と福岡都市圏の固い絆を表す「水引」をモチーフとしたおめでたいデザインは大変好評で、ポスターやリーフレットはもちろん、私たちの名刺や記念式典で来賓の皆さんお配りした記念品の“のし”代わりにも活用しました。
(参照:対話が拓く水道企業団の未来①~50周年事業という“対話”)
九州産業大学で映像制作を学ぶ学生さんは、筑後川から福岡都市圏に水を送り続ける私たちの生命線、福岡導水を題材とした小学生向けの学習動画素材を制作してくれました。
子どもたちにわかりやすく楽しめるものを、と学生さんたちが工夫を凝らし、夏休み返上で制作した動画は、福岡市教育委員会の“福岡 TSUNAGARU Cloud”(ふくおか つながる クラウド)にアップロードされ、いつでもだれでも視聴ができるものとして公開され、今後、福岡都市圏で小学校の授業で活用されるのが今からとても楽しみです。
このほか、福岡都市圏の学生さんから募った学生マネジメントスタッフ(学生おうえん隊)が、様々な事業に企画運営スタッフとして関わり、先日の記念式典でも来賓の接遇や案内などを担ってくれました。
都市圏から水源地に届ける感謝の気持ち
水源に恵まれない福岡都市圏で圏内260万人の暮らしを支える水道水の1/3は圏外の筑後川から送られているという事実を多くの方に知っていただき、そこから生まれる筑後川への感謝の念をより多くの方に抱いてほしい。
そう考え、思い立ったのが「ありがとうの森」プロジェクトです。
私たちの発信する情報に触れた福岡都市圏の皆さんが抱いた水源地域への感謝の気持ちを企業団にお寄せいただき、そのメッセージを、苗木などの緑を添えて水源地域に贈呈することで、福岡都市圏からの「ありがとう」を目に見える形で届ける。これが「ありがとうの森」プロジェクトの概要です。5月から9月末までに寄せられたメッセージは7,000通を超えました。
(参照:対話が拓く水道企業団の未来④~「自治体と住民の対話」が未来をつくる)
昭和、平成の大渇水に思いを馳せ、水のありがたみに感謝する声、渇水を知らない若い世代からの「福岡の水事情について知ることができてよかった」との喜びの声など、子どもからお年寄りまで、水源への感謝と水を大切にしたいという決意が寄せられました。
高校生による「ありがとうを集めよう!」プロジェクト
さらに、福岡工業大附属城東高校と福岡女子商業高校の生徒有志が「ありがとうの森」プロジェクトの趣旨に賛同し、「筑後川へのありがとうを集めよう!」と立ち上がったことは望外の喜びでした。
高校生が自ら福岡都市圏特有の水事情を学び、考え、情報発信し、博多駅や天神地下街での街頭キャンペーン、そして文化祭などの校内行事を通じて、2,000通を超えるメッセージを集めてくれました。
(参照:対話が拓く水道企業団の未来④~「自治体と住民の対話」が未来をつくる)
葉っぱの形のカードに書かれたメッセージを貼りつけた「ありがとうの木」は「ありがとうの森」となって10月14日の記念式典のステージを飾り、集められたメッセージは水源地域の自治体に贈呈されました。
高校生が福岡都市圏の特殊な水事情を学び、それを自分の言葉で語り、筑後川への感謝のメッセージを集めたその熱意、寄せられたメッセージに込められた感謝の気持ちは水源地の皆さんにも必ず伝わったことと思います。
50周年記念事業の成果とは
では、これらの取り組みを通じて、福岡都市圏の特殊な水事情への理解はどの程度進んだのでしょうか。あるいは、都市圏住民から水源地域への感謝の気持ちは、どの程度届いたのでしょうか。
こうして一般市民から事業に協力いただいた方々まで、様々なかたちで福岡都市圏の水事情について改めて関心を持ち、学んでくれたことは、今後の企業団経営に必要な事業背景への理解浸透の礎を築くうえで重要な成果だと思います。
しかし、講座や見学ツアーの参加者が何名だとか、集まったメッセージが何通だといった数量を指標として事業の成否を論じるならば、260万人という福岡都市圏住民の規模からすれば、記念事業でアプローチできたのはその1%にも満たないわけで、水道企業団というマイナーな組織の行う情報発信の到達範囲、影響力には限界があると言わざるを得ません。
それでも私は、今回の記念事業では、今後の企業団運営、福岡都市圏の水道用水供給事業に不可欠な、重要な成果を上げたと考えています。
それは「インフラとしての対話環境」の整備です。
三つの「対話」がもたらしたもの
今回の記念事業で実践した三つの「対話」が何をもたらしたか。
職員同士の「対話」により、記念事業を企業団の職員全員で一丸となって取り組んだことで、組織横断でプロジェクトを実施する関係性の構築や目標の共有が進みました。
また、学生やNPOなどの外部人材との「対話」により、企業団事業への理解や信頼を醸成するとともに、協力したいという気持ち、自分にも役割があるという当事者意識を関係者間で培うことができました。
さらには、福岡都市圏の市民が発する水源地への感謝の言葉が水源地域に届き、水源地域の理解と協力が福岡のまちを支えているという自負につながる、この両者の相互理解に根差した信頼関係の構築に必要な「対話」の橋を架けることができたとも感じています。
私は、「対話」という手法を用いて何を成し遂げたかを評価するのではなく、これらの「対話」によって何かを成し遂げたという成功体験こそが、50周年の節目に私たちが築き上げた「インフラとしての対話環境」であり、これを50周年記念事業のレガシーとして将来に遺すことができたことが記念事業の何よりの成果だと評価したいのですが、いかがでしょうか。
次の50年に向けて遺すインフラとして
「対話は社会のインフラ」という隠喩。これは以前もご紹介しましたが、「対話」は道路や上下水道、あるいは通信ネットワークといった社会資本と同じで、その社会に暮らすすべての人が、いつでも安心して安全に使えるようにあらかじめ整備されていて、そこに暮らす人は普段その存在を当たり前のように感じ、それを活用するという意識を強く持ってはいないものの、それがないととたんに困るもの、といった意味合いです。
(参照:【公務員が関わるべき“もうひとつの公共財”】「対話」は社会のインフラ)
今回、私たちは、職員同士、組織の内外、さらには福岡都市圏と水源地域という利害のある二つの地域の間で「対話」が気兼ねなく行われ、相互に理解し、協力しようという機運、土壌を醸成する社会資本として「対話できる関係性」を確認することができ、その方法や効果を体験することができました。
この「対話」の実践により得たのは、これからの事業運営に必要な「対話」環境、さらには私たち自身の「対話」そのものへの自信です。
「対話」の滴が描く波紋は全方位へと広がっていく!50周年記念事業そのものでの情報発信そのものは微力でしたが、私たちが「対話」ができる組織、職員であることを自覚し、世に示すことができたこと、そして、まだ緒に就いたばかりですがその成功体験を次の50年に向け後世に遺すことができたことを素直に喜び、当企業団の事業運営への寄与を期待したいと思います。
『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)の表紙カバー
『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)の表紙カバー
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