地域課題の解決に重要な意味 2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(以下、SDGs)の達成にはさまざまな取り組みが必要ですが、17項目におよぶ目標達成のほぼすべてにおいて科学技術イノベーション(Science, Technology and Innovation : 以下、STI)の活用が有効な手段であるとされています。
また、“地域の課題解決にもSTIの導入が重要な意味を持つ”という考え方は、国の基本指針にもなっています。たとえば、2016年5月に内閣総理大臣を本部長とする「持続可能な開発目標推進本部」が採択した8つの優先事項から構成される「持続可能な開発目標実施方針」では、地域活性化とSTIは密接に関連づけられています。
実際に、2018年度から公募が始まった国が実施している「SDGs未来都市・自治体SDGsモデル事業」には、IoTなど科学技術を活用したものが数多く見られます。これらは、地方創生とともにSDGs達成を目指す都市とそこで推進される事業として選定されており、まさにSTIの活用によって持続可能なまちづくりが行われている例と言えます。
また、最近の動きとして記憶に新しいところでは、2020年5月27日、AIやビッグデータなど先端技術を活用した都市「スーパーシティ」構想を実現する改正国家戦略特区法が国会で可決、成立しました。STIを活用した地域の課題解決や地方創生の動きは、ますます活発になっていくと考えられます。
スーパーシティの具体像(内閣府地方創生推進事務局「『スーパーシティ』構想について」より) ~スーパーシティ構想~
物流、医療、教育などあらゆる分野の先端技術を組み合わせ、その相乗効果で「住みやすいまち」を目指し、高齢化社会や人手不足の解決につなげようという国家戦略。
改正法により複数の規制改革事項を一括して進めることができるようになり、例えば先端技術を活用した高度な医療機関の設置や通院予約、通院のためのタクシーの配車予約を連動させることなどが可能になる。
政府は今年の夏にもスーパーシティ構想を進めたい自治体などを公募し、早ければ年内に選定する予定。すでに大阪府・大阪市は2025年の大阪・関西万博会場で“空飛ぶ車”やドローンなどの活用を検討している。
SDGs達成に欠かせない科学技術の社会実装 では、STIを用いた地域の課題解決とは、どのようなものなのでしょうか。
「STIの活用は、自治体が抱える社会課題の解決のために非常に有効な手段のひとつです。ですから、高齢化など地域の持続可能性におけるさまざまな課題解決の手段としてSTIを活用することは、今後、ますます重要になっていくでしょう」こう話すのはJSTの主任調査員(「科学と社会」推進部)、藤岡 貴美さんです。
JST 主任調査員(「科学と社会」推進部)の藤岡 貴美さん 「SDGsの達成には、科学技術の社会実装が欠かせないのです。そのため、JSTでは、STIを活用した社会課題解決を更に促進するために、昨年度“「STI for SDGs」アワード”という表彰制度を立ち上げました(※脚注参照) 。この制度では、STIを活用して社会課題を解決する地域の優れた取り組みを表彰するだけでなく、そういった取り組みを同じ課題を抱える他の地域へ展開してSDGsの達成に貢献することを目指しています」(藤岡さん)
※脚注 「STI for SDGs」アワードの詳細および応募要項は下記のJSTのサイトを参照。
https://www.jst.go.jp/sis/co-creation/sdgs-award/2020/
ただ、「STIの活用」という言葉からは、最先端の高度な技術が想像されるかもしれません。 スーパーシティ構想など国を挙げて“夢の未来都市づくり”が始まろうとしているのですが、最先端技術の導入・運用はリソースが潤沢とはいえない多くの自治体にとって難易度が高いと言えます。
しかし、JSTの藤岡さんは「地域の持続可能性を高めるために必要なのは、最先端技術ばかりではありません。既存の身近な技術を組み合わせたり、大学や企業などとタッグを組み、課題を解決する技術を公民連携で開発することでイノベーションを起こすことも可能です」と指摘します。
例えば、科学技術を取り入れながら地方の自治体が“新しいまちづくり”を実現したモデルケースのひとつとして、産官学が連携して汚水処理の持続性向上を目指した高知県の取り組みを藤岡さんは挙げてくれました。
これは、地域課題であった汚水処理の普及および持続性向上の実現を目的に、高知県と香南市、高知大学、上下水道処理機械の専業メーカである前澤工業、日本下水道事業団が産官学で連携して行っている取り組みで、前述したJSTの“「STI for SDGs」アワード”で2019年度の優秀賞を受賞した事業です。
昨年の「STI for SDGs」アワード優秀賞を受賞した高知県・香南市などによる汚水処理に関する産官学連携プロジェクトの概要(JSTのサイトより) 電力3分の1、処理時間半減、処理コスト削減 この取り組みの背景には、高知県における汚水処理人口普及率が全国ワースト3位であり、さらに人口減少や厳しい財政状況に直面していることから、地域の都市基盤としての汚水処理施設の普及および持続性向上が課題となっていたことがあります。
そこで、高知大学の研究シーズをもとに、反応タンク内に設置した溶存酸素(DO)濃度計を用いて、送風量と循環流速を自動制御する汚水処理新技術「オキシデーションディッチ法における二点DO制御システム」(下の写真と囲み記事参照) を産官学の連携により開発。同県香南市の野市(のいち)浄化センターに導入し、電力を3分の1、処理時間を半分に減少し、処理コストも削減できることを実証しました。
この結果を踏まえ、香南市内の2ヵ所の浄化センターに本技術を導入したほか、他の自治体への水平展開も行い、人口減少が進む地方都市における汚水処理の持続性の向上に貢献しています。
~オキシデーションディッチ法における二点DO制御システム~
水槽の2ヵ所にDO計を入れて、一方で空気を送る量を、もう一方で水を回す流速をコントロールすることで、常に酸素があるゾーンとないゾーンをつくりだし、むだな空気を送ることを制御する技術。
これにより、実験では今まで24時間かかっていた処理を最短12時間でも可能であることが確認され、同じ下水処理場で最大2倍の汚水処理を可能にした。これを応用すれば、人口が減少する地域における汚水処理場の統廃合が円滑に進む。
通常、下水処理場では水槽の微生物で汚れを分解しているが、空気を送る量を最適化できていなかった。上写真はオキシデーションディッチ法における二点DO制御システムの仕組み。
地域の暮らしの質を向上するチカラ この取り組みは、地道な研究により確立された基盤技術を産官学の共創により実用化につなげ、汚水処理能力の向上と持続可能なまちづくりを実現した好事例だと藤岡さんは解説します。
「AIや5G、ドローンなどに注目が集まりがちな中、自治体が直面する長年の地域課題を科学技術のチカラで解決し、地域の人々の暮らしの質を向上するために基礎技術や新しい研究成果を新しいまちづくりに活かしている点が評価され、“「STI for SDGs」アワード”優秀賞の受賞に至りました。“「STI for SDGs」アワード”では、応募要件に技術の分野や水準等での制約は設けていません。是非、たくさんの自治体の皆さんに応募していただきたいですね」(藤岡さん)
また、ほかの受賞案件について聞くと、「地域の伝統工芸の復活と拡張、地域の再生可能エネルギーの生産者との連携、中山間地の資源活用と林業の振興、地域に根付いた産業を通した環境問題の解決、農業の振興など、それぞれ特色のある取り組みばかりです。また、若い世代対象の次世代賞を受賞した熊本の高校では、高校生の皆さんが地域と一体となって課題解決のための活動をされていました。それぞれ、技術の分野やレベルもさまざまです」(藤岡さん)とのことです(下の一覧参照) 。
2019年度の「STI for SDGs」アワード受賞案件一覧 科学技術を使って課題解決につながったモデルケースの知見やノウハウが多くの自治体や地域に共有されれば社会全体の持続可能性が高まります。日本のSDGsの達成は、地域の課題解決にSTIを活用し、社会実装していくことで実現する可能性が高まると言えそうです。