地方創生事業における観光振興の現状とは
日本では、平成26年に制定された「まち・ひと・しごと創生法」により、人口減少対策や東京圏への一極集中の是正に向けて、国と地方が連携して地方創生に取り組むことが法律によって位置づけられました。各地方自治体は、国からの交付金による支援を得ながら、地域の創生に向けてさまざまな施策を講じています。こうした地方自治体の取組は、各地域の特色を活かす工夫が見られ、創生事業は多様な展開を見せています。次に、各自治体のそうした事例を紹介します。
事例①「阿蘇草原再生・しごと創生プロジェクト推進事業」熊本県
熊本県では、世界農業遺産である阿蘇の草資源(野草堆肥等)を活用したビジネス化に向けた取組に対して支援を行う「阿蘇草原再生・しごと創生プロジェクト推進事業」を実施しました。「阿蘇草原再生・しごと創生プロジェクト推進事業」は、熊本地震で甚大な被害を受けた阿蘇地域の農畜産業および観光産業の再生のため、阿蘇の雄大な草原の維持保全および活用の観点から、雇用創出および交流人口拡大に取り組みます。同プロジェクトは、以下の7つの地域を対象としています。
①阿蘇市
②小国町
③南小国町
④産山村
⑤高森町
⑥南阿蘇村
⑦西原村
これらの地域を対象として行われ、募集期間は、令和(2019年度)7月10日(水曜日)~7月17日(水曜日)にかけて行われ、補助上限額は1つの取組に対し50万円までと定められています。「阿蘇草原再生・しごと創生プロジェクト推進事業」は、以下の4つの事業から成り立ちます。
①阿蘇草原再生事業
②阿蘇草原保全・活用事業
③阿蘇草原再生・しごと創生プロジェクト推進事業
④放牧活用型草原等再生事業
実施に至った背景は、阿蘇地域の農畜産業および観光産業が、熊本地震で甚大な被害を受けたことにあります。同プロジェクトは、産業再生と阿蘇の雄大な草原の維持保全および活用の観点から、雇用創出および交流人口拡大に取り組むことを目的として立ち上げられました。阿蘇草原再生事業では、阿蘇の草原の維持・再生に向けた取組を行っています。具体的には、地元後継者の育成、放棄地における野焼き再開支援、野焼きボランティアの拡充支援などによって、再生を推進しています。
阿蘇草原保全・活用事業では、阿蘇の草原景観を活用し、観光客の誘客を図るため、「JAPAN ECO TRACK」のルート認定に向けた取組を行っています。具体的には、自転車等の人力による移動手段で、日本各地の豊かで多様な自然を体感できるものです。たとえば、阿蘇市等の4市町村で組織する実行委員会の取組に対して支援を行い、九州初となるルート認定を実現する成果を上げています。阿蘇草原再生・しごと創生プロジェクト推進事業では、野草の活用を進めるため、野草堆肥有用性研究、野草供給システム構築支援および草原斜度図・ハザードマップのデータを作成しました。そのほかにも、阿蘇世界農業遺産の認知度向上に向けた取組や、野草利用農産物の販売促進、高付加価値化を図るための情報発信イベントの開催などの販売戦略を実施しています。
放牧活用型草原等再生事業は、阿蘇市等、8市町村の35牧野組合が実施しています。具体的には、牧柵、追い込み柵の放牧牛集合施設等の整備を支援し、牧野の有効活用を推進しています。これらの取組による3つのKPIは、すべてが目標値を上回る結果となりました。まず、採草オペレーター組織による採草面積については、40ha(H26) → 300ha(H32)となっており、目標値の5割以上を達成しました。次に、阿蘇地域の放牧頭数については、7,300頭 → 5,189頭(H32)となっており、目標値を達成しています。最後に、野焼き放棄地における再開地面積については、185ha → 400ha(H32)となっており、こちらも目標値を達成しています。これらのKPIによる評価からも、産業再生プロジェクトが地方創生に対して成果を上げていることを示す結果となりました。
事例②「自動走行技術深化事業」幸田町(愛知県)
幸田町では、地域再生計画の一環として、「自動走行技術深化事業」を実施しました。
事業実施に至った背景として、愛知県南部に位置する幸田町では、市部に比べ移動制約が多く雇用の場が少ない集落地の過疎化や高齢化が進行していることが挙げられます。これによって地域の活力やコミュニティが失われつつあり、耕作放棄地の増加や里山環境の荒廃などが懸念されている現状があります。
そうした中で、愛知県と連携した高齢者等の新たな移動手段としても期待が高まる自動走行に関する取組や、本町の強みである製造業技術の農業への応用といった取組が進められています。とくに集落地においては、公共交通などの移動手段が十分でないため、移動手段の充実が大きな課題です。市街地においても、家、駅、町など拠点の周辺を歩けるまち(ウォーカブルタウン)としての整備を進めています。
また、高齢化による自然環境の悪化についても対策が求められます。たとえば、過疎化・高齢化の進行によって予測される耕作放棄地の増加や里山環境の荒廃に対しては、高齢者でも取り組める農業技術の進展や、元気な高齢者を増やす取組、新たな農業の担い手を創出する取組が必要です。
こうした背景を踏まえて「自動走行技術深化事業」では、以下を目標に定めています。
①高齢者を含む町民の外出機会を創出する
②住民周知(社会受容性浸透)を図る
③利便性が高く移動制約の少ない活用方策の検討
住民周知については、自動走行の実用に向けた社会実験を一般公道で行うことで、社会受容性浸透を図ります。自動走行に必要な3Dマップの作成については、利便性が高く移動制約の少ない活用方策の検討を行うことも必要です。
さらに、公道を中心とした3Dマップにドローン等を活用し、高精度な農地地図を整備する取組も行われています。こうした取組によって、自動走行や製造業の技術を有する民間事業者の参入を促し、IT・IoT農業としての発展を図っています。
同町では、上記の目標を達成するため、以下の先導的観点に基づいたうえで、「自動走行技術深化事業」を実施しました。
①自立性
②官民協働
③政策間連携
④地域間連携
⑤その他の先導性(人材の確保・育成)
まず自立性について、自動走行関連技術や本町の強みである製造業の技術のIT・IoT農業への展開により民間事業者の参入を図り、雇用創出につなげました。
次に官民協働について、民間事業者との協働のもと、自動走行関連技術の応用や3Dマップの活用に取り組んでいます。
農業への企業参入については、民間企業等による共同研究協力金の支援を得ながら、IT・IoT農業への展開を図っています。
農業振興については、3Dマップを含む自動走行関連技術や本町の強みである製造業の技術を農業に応用しています。さらに民間事業者の農業参入により新たな雇用を創出することで、過疎地域の活性化につながり、将来的な人口増加維持を図るなどの取組が行われています。
このように、官民協働のもと農商工分野が連携した分野横断的な政策が行われています。
政策間連携については、近未来技術実証特区として『自動走行実証プロジェクト』を行っている愛知県と連携することで他の自治体における成果を反映し、効率的に自動走行の実証実験を実施しました。同時に、行った実験の成果をフィードバックすることで、他の自治体の取組に活かす取組も行っています。
その他の先導性(人材の確保・育成)については、IT・IoT農業に長けた人材を招へいしているほか、産業としての農業に興味のある若者や、同町の強みである製造業の従業者に対し、新たな活躍の場として人材を募集し、育成を行っています。
こうした取組によって、計測されたデータをもとに作成された高精度 3Dマップの活用が期待されています。3Dマップの利活用により、高低差や避難経路の把握、浸水シミュレーション等が行えることで防災マップの検討が深化します。また、交通事故多発箇所の視認性の調査が可能となり、交通事故対策にも貢献します。そのほかにも、保育所周辺のマップや、道路福音の狭小箇所を検討できるようになり、園児・児童の安全確保にもつながります。
3Dマップによって、散歩道の検討や高齢者向け電動車両や車椅子に対応した歩道や段差の把握も行うことができるため、高齢化社会においても効果が期待できます。
事例③「地域おこし協力隊制度による農業塾」香春町(福岡県)
香春町では、2016年度から地域おこし協力隊制度を導入し、隊員によって農業塾を実施しています。事業の実施に至った背景には、人口減少や高齢化の進展による地域社会の活力が衰退が挙げられます。地域力の維持・強化を図るためには、地域社会の担い手となる人材の確保が重要な課題です。こうした現状を打開するために設立された地域おこし協力隊制度は、「新しいひとの流れをつくること」を全体ミッションとして掲げ、地方創生に関するさまざまな活動を行っています。
同町では、「かわら農業塾」という”小さな農業塾”を通して移住や関係人口づくりの場として位置づけています。週1回のペースで開かれる農業塾では、地域内外から20名ほどが集まり、参加者が野菜づくりを学んでいます。参加者は、初心者から兼業農家の方まで幅広く、趣味レベルの方も本格的に農業を志す方も一緒に楽しみながら学べる塾形式が人気を呼んでいます。農業塾は、2020年には4年目を迎えており、継続して地元住民と地域外の方々の交流の機会を提供しています。
地域おこしの活動拠点についても、協力隊員が築100年超の木造駅舎をリノベーションした拠点「採銅所駅舎内第二待合室」を立ち上げ、移住交流の拠点として運営を行っています。地域おこし協力隊制度では、個々人のスキルを活かして、コミュニティ・空き家・情報発信などの側面から移住促進活動に取り組み、テレビ新聞取材や視察も数多く受け入れるなどの大きな成果を上げています。香春町では、こうした地域おこしの活動について、以下の方法で支援を行っています。
①活動費助成金
②着任経費補助金
③起業補助金
まず活動費助成金について、担当者と協議しながら予算を確保することで、活動に充てることが可能です。さらに、活動費を使ったプロジェクト以外にも、研修・セミナーによって任期後の自らの仕事づくりや稼ぎ方を学んだり、専門家のアドバイスを受けたりできる環境づくりに努めています。次に着任経費補助金について、香春町では、20万円を「着任経費補助金」として支給し、協力隊員着任時に大きな出費となる引っ越し費用等の金銭面での負担を軽減しています。さらに任期終了後についても、起業して町に定住する意思のある方には、最大100万円の起業補助金によってバックアップする耐性を整備しています。