近年になって企業のコンプライアンス体制が非常に重要視されるようになり、地方自治体においても同様に法令を遵守した適正な業務遂行が求められています。しかし、全国の自治体では不正や不祥事の発生が後を絶ちません。
そこで重要視される概念が、自治体による内部統制制度の導入です。自治体における内部統制の概要を知り、各自治体の導入例を確認することで理解を深めましょう。
内部統制とは
自治体による内部統制とは、以下の4つの目的が達成されない事態を一定水準以下に抑えるため、組織内の業務に組み込まれた全ての者によって遂行されるリスク管理体制のことです。
- 業務の効率的かつ効果的な遂行
- 財務報告等の信頼性の確保
- 業務に関わる法令等の遵守
- 資産の保全
自治体の内部統制のプロセスは、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)、ICT(情報通信技術)への対応という6つの基本的要素から構成されます。
民間企業においては2006年より金融商品取引法で財務報告にかかる内部統制評価制度が導入されており、これを契機として2007年より政府でも自治体による内部統制の検討が開始されました。そして2020年4月1日に改正地方自治体法が施行され、自治体の内部統治プロセスが可視化・評価されることになっています。
これにより47都道府県と20政令市が内部統制の整備運用を開始し、その他の市町村は努力義務団体として位置づけられることになりました。ただし2020年4月の地方自治体法改正以前から内部統制の重要性を意識し、力を入れている自治体は多数あります。
1.自治体の内部統制事例 静岡市
静岡市は、葵区・駿河区・清水区の3区からなる静岡県の県庁所在地です。70万人以上もの人口を抱える政令指定都市でもあり、神奈川県の西隣、東京へは新幹線を利用して1時間で行ける場所に位置しています。
静岡県の中心都市であり、行政機関や美術館、大学など学問・文化の主要機関が集中しています。
導入の経緯
静岡市が内部統制制度を導入した背景には、不適正経理が相次いだ経緯があります。
2008年度の国庫補助事業にかかる事務処理の内部調査や2010年度の会計検査院による会計検査、同年度の静岡市監査委員による定期監査委において、続けて不適正経理が発覚しました。
そして監査委員から再発防止策及び内部統制機能が適切に機能していないとの指摘を受け、内部統制制度を導入するに至っています。
H3:取組内容
静岡市では総務省の研究会が2009年に公表した報告書を参考に、「静岡市内部統制基本方針」を策定し、共通業務の標準化や情報共有、各種研修などを実施しています。
また、職員が使用するパソコンを起動した際のトップ画面に注意喚起情報を表示するなど、抜け漏れのないプロセス実施が遂行されるような工夫がなされています。
導入による成果
制度導入により、市内全体の内部統制推進体制の構築は2020年の地方自治体法改正に先駆けて進んでいると思われます。
しかし事務事業事故・ミスの発生は現在でも増加傾向にあります。事故・ミス発生の原因には「書類の確認漏れ」や「手順・ルールに則らない事務処理」等所属部署の管理体制が機能することで防げたと考えられるものが多く、内部統制体制の適切な運用が今後の課題でしょう。
リスク管理
各所属のリスクと密接に関係する事務事業事故の初動対応の遅れが発生しないように、職員それぞれが事故発生時に取るべき行動のシミュレーション訓練を実施しています。
また、2017年度からは各課が業務実態に応じた内部統制目標を設定して文書化し、PDCA サイクルを回して各課における内部統制の取組の組織への定着促進を図っています。
2.自治体の内部統制事例 藤沢市
藤沢市は神奈川県の中央南部に位置する、人口40万人以上の都市です。横浜圏への住宅都市としての役割が大きく、東京へも電車で1時間弱の場所に位置しています。相模湾に面しており、緩やかな丘陵や温暖な気候、そして江の島や辻堂、鵠沼等の全国的に有名な観光地を抱える観光都市としても有名です。
導入の経緯
同市では、2011年8月より公正職務の推進に向けた内部統制制度の導入が審議・了承され、2012年1月より運用が開始されています。また、2012年には「藤沢市における法令の遵守に関する条例」を制定するなど整備を進めています。
しかし2019年に生活保護費の不正支出や給食費の私的流用などの不祥事が発生しており、さらなる内部統制体制の適切な運営が求められています。
取り組み内容
近年では、令和元年に藤沢市内部統制推進本部会議を設置し、内部統制の推進体制、その他の内部統制機能の充実に向けた取り組みを検討・決定しています。
また、職場風土の改革にも取り組んでおり、市長及び副市長が各職場を巡回して意見交換をすることで職員のコンプライアンス意識の向上を図りました。その他、全体・階層別の研修実施や各種帳票の活用、リスク事案の共有なども行っています。
導入による成果
制度開始から一定の時間が経過し、内部統制体制自体の定着は進んでいると思われます。しかし2015年以降は事務処理の誤りや不祥事が続けて派生しており、今後は内部統制制度の見直しと適切な運用が求められていると言えるでしょう。
2017年には有識者を交えた外部評価を実施し、内部統制制度の見直しを行って、強化につなげています。
リスク管理
対象業務ごとに根拠法令や個々の作業内容・フローを記載する業務記述書兼リスク管理表を作成しています。また、リスク発生時記録票を作成し、実際のリスク発生時の状況や対応内容、原因、再発防止策を記録するとともに、必要に応じて業務記述書の見直しへ反映させています。
そして日々の業務で内部統制制度が正しく運用されているか否かの確認には、業務チェックシートを用いています。
3.自治体の内部統制事例 大阪市
大阪市は大阪府の中心に位置する府庁所在地であり、250万人を大きく超える人口を抱えて関西圏の商業・工業の中心となっている都市です。1889年に市制が施行され、現在では130年以上の歴史を持ちます。
大阪府庁はもちろん主要企業のビルも大阪市に集中しており、日本全国でみても東京に次ぐ規模の大都市だと言えます。
導入の経緯
職員厚遇問題を発端として2006年2月に市政改革マニフェストを策定し、マネジメント・コンプライアンス・ガバナンスを3本柱とした改革をスタートさせています。そしてこうした状況の中、コンプライアンスの確保を中心にして内部統制制度の構築を進めてきました。
その後コンプライアンスに加えて「業務の有効性及び効率性」「財務報告の信頼性」「資産の保全」も目的に含めた内部統制制度を2014年に構築しています。
取り組み内容
以下の流れによる内部統制のPDCAサイクルを回して、自律的なリスク管理体制の構築を行っています。
- リスク把握・リスク評価(Plan)
- 対応策の整備・実施(Do)
- 対応策の有効性の自己点検(Check)
- 対応策の改善(Action)
上記サイクルは1年で一巡する仕組みになっており、年度ごとに内部統制制度の運用と点検、改善を繰り返す体制になっています。
導入による成果
制度におけるリスク把握や評価を通じて、職員が業務上のリスクが存在する旨の基本認識を共有できたことが大きな成果だと言えるでしょう。
また、内部統制を文書化・プロセス化できた点や、内部統制を定着させるために独自のPDCAサイクルを構築し継続して回し続けている点は他の自治体と比較しても十分な成果だと言えます。
リスク管理
各職場が業務上のリスクを影響度と発生可能性によって判定・分類することでリスク評価を行っています。リスクの基準は全職場で一律で設定することは難しいため、各職場の判断を尊重して全庁的な調整などは実施していません。
こうして各職場が把握・評価したリスクは全庁的に共有され、リスク管理体制の横展開が図られています。
4.自治体の内部統制事例 豊橋市
愛知県の南東部に位置し、東隣の静岡県と接している都市です。愛知県下54市町村中で6番目に広い市であり、約37万人の人口を抱えています。新幹線の駅があり中部地区における交通の要所であり、一方で全国トップクラスの農業産出額を誇る農業都市でもあります。
導入の経緯
地方分権改革が進展する中で、「地方公共団体における内部統制のあり方に関する研究会」が公表した報告書を踏まえて2011年に検討組織を立ち上げ、内部統制に関する検討をスタートさせました。
そして人口減少社会において地方自治体には適正な事務処理がより一層求められるとの認識のうえで、2014年には本格的な取り組みを始めています。
取り組み内容
2011年には内部統治のあり方に関する研究会を立ち上げ、翌年には名古屋市の取り組みの視察を実施しています。
制度の整備を目的とした委託費やフローチャート作成ソフトウェア購入のための需用費や視察のための旅費等を予算措置し、有識者を講師に招いた職員向け研修を行うなどして制度の周知を行いました。
近年では2017年度に人事異動等に伴う事務引継ぎを原因とするリスクの抑制を目的として、「事務引継ぎの手引き」を整備し、適切な事務引継ぎが行われるようにしています。
導入による成果
実際にリスクが低減された等の定量的なデータは特段みられませんが、リスク調査などによって庁内に内部統制の意識が根付いていることは成果として挙げられるでしょう。
リスク管理
事務を契約検査、備品管理及び現金同等品管理等の共通事務とそれ以外の各課固有の事務に分類し、共通事務については財務事務に関するものに限ってリスクの識別を実施しました。
一方の固有事務については自然災害等以外の全リスクを識別し、2011年・2014年に各課が「業務リスク調査票」を作成しています。共通事務の内で重要だと判断されるものは業務フローやリスクコントロールマトリクスを作成し、事務手順の文書化を進めました。
5.自治体の内部統制事例 東大阪市
人口約50万人を有し、世界的にも高い製造技術を持つ企業が事業所数で約6,000と多数存在する「モノづくりの街」です。
金属製品や生産用機械器具、プラスチック製品などを中心に様々な業種の事業所があり、多くの企業が大企業との系列を持たず近隣の協力工場との多彩な独自ネットワークを構築しています。
導入の経緯
東大阪市は、以前より「市民から信頼される市政」の実現のためにコンプライアンスの推進に取り組んできた都市です。
2018年10月にコンプライアンスだけでなくリスク管理による不祥事等の未然防止に取り組み、「東大阪市内部統制基本方針」を策定しています。
取り組み内容
適正な事務遂行や不祥事等の未然防止を図るため、庁内通知を出すとともに過去に不祥事のあった職場や定期監査で指摘を受けた職場に対しヒアリングを実施しています。また、事件・事故や事務処理ミスが発生した場合には職場内だけでなく内部統制推進室も加わって原因究明と再発防止策の検証を実施しています。
さらに、令和元年度から建設工事等におえる入札制度が変更されたため、官製談合を防止するために研修の実施や手引きの改正、ヒアリングの実施等を実施しています。
導入による成果
内部統制の取り組み項目として挙げているものの内、契約手続きに関する定期監査の指摘件数(平成30年度59件から令和元年度39件)が減少しています。
これは「契約事務チェックリスト」を作成し契約起案に添付して不備があれば差し戻しをするなどの取り組みを行っていることから、所管課によるチェック機能が有効に働いたものと考えられるでしょう。
リスク管理
リスクチェックシートを用いて、以下の6項目にリスクを整理したうえでリスク管理に取り組んでいます。
取り組み項目
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リスク件名
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契約事務
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契約手続きの不備
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委託業務等の不十分な履行確認
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現金・郵券などの管理
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資金前渡金の不適正な処理
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収納金の不適正な処理(出納員業務)
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文書の誤発送
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切手の取扱
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通知文書等の誤送付(宛先誤り、誤封入等)
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まとめ
自治体による内部統制とは、事務業務遂行におけるさまざまなリスク発生を一定水準以下に抑えるため、自治体内で職務を遂行する全ての人が行うべきリスク管理体制のことです。
自治体による内部統制の評価制度が2020年に施行されて以降、主要自治体が内部統制の整備運用を開始していますが、以前より力を入れている自治体も多数あります。
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