2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のためにテレワークがさかんに行われました。しかし自治体では、さまざまな制約からテレワークにうまく移行できなかった事例もありました。一方、すでにテレワーク導入に成功している自治体もあります。ここでは地方自治体のテレワークへの現状と課題をご紹介します。
自治体のテレワーク導入率について
自治体のテレワークの導入率について、総務省が下記のデータを公開しています。
引用:総務省 地域におけるICT利活用の現状に関する調査研究(平成29年)
このデータを見ると、全体の約80%の自治体が、いまだテレワークの取り組みを行っていないことが分かります。
その理由として、テレワークをとりいれるための下地が整っていないことがまず挙げられます。また、セキリティ対策なども課題となっています。ここでは地方自治体の具体的な事例を紹介しながら、その他の課題についてもご紹介していきます。
ただし、この情報は平成29年度のものであり、令和に入ってからはコロナの影響もあって、上記のデータよりは普及率が上がっている可能性が高いと推測されます。
自治体が抱えるテレワークへ5つの課題
自治体のテレワークの課題として、下記の5つが挙げられます。
- テレワークで出来る業務に限界がある
- セキュリティ対策に問題
- テレワーク導入にコストがかかる
- 勤務管理・業務管理が難しい
- 就業規則や条件の変更・改定が必要
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自治体の業務の多くは、職員による対面での窓口業務であるためテレワークでは対応できないことから、これまでテレワークの普及が阻まれてきました。また、個人情報を多く含むため、セキュリティ面にも不安が残り、テレワークを導入するためにはセキュリティをカバーできるようなシステム構築が必要です。そうなると、コストの問題もでてきます。
さらに、何時に出社したなどの勤務管理や、チームワークで行う業務管理の難しさ、勤務形態が異なることで就業規則の変更が必要になることなどが課題として挙げられています。以下でさらに詳しく見ていきます。
1.テレワークで出来る業務に限界がある
多くの自治体でテレワークが進まない理由として、「テレワークでできる業務に限界がある」ことを挙げています。
テレワークで行うのが難しい業務としては、以下のようなものが考えられます。
市役所に行くと、窓口に行き、場合によっては番号札をもらい対応してもらう順番を待つ、という流れが当然と感じている人も多いでしょう。転入や結婚などの行政の手続きや、住民票の発行などのサービスを受ける際には、職員が対面で行ってきました。書類の不備がある場合などに情報を突き合わせて確認するための書類も紙媒体のままデータ化されていないことが多く、大きなファイルの中から探して出して確認するなどといった作業もあります。
こうした業務は、市役所などその場にいないと行うことができず、テレワークでは対応できないのが現状です。さらには、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐことを目的として対人・対面での業務を縮小することが求められ、整備が整っていないために窓口業務の一部を縮小せざるを得ないという事例も多く見受けられました。
2.セキュリティ問題
自治体がテレワークに移行するために、以下のようなセキュリティ問題をクリアする必要があります。
- 個人情報を扱う業務
- 公文書の決裁の電子化
- IT人材の確保
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自治体が扱う情報には、多くの個人情報が含まれています。総務省で企業等がテレワークを実施する際に「テレワークセキュリティガイドライン」を策定、公表していることからも、テレワーク時のセキュリティが課題になっていることがわかります。
自治体の中では、個人情報は庁舎内でのみ使えるパソコンで管理され、外への持ち出しが禁止されていることがほとんどです。これではテレワークへの対応は難しくなってしまうでしょう。公的組織では高度なセキュリティ対策が求められるために、リスクを考えテレワークに移行できないという問題があります。
また、政府のデジタル庁新設の流れからもわかるように、公文書の決裁の電子化も進んでいます。従来のハンコ型では印鑑を押印するだけのために庁舎に行く必要がありました。
さらに、セキュリティについての知識やパソコンスキルを持ってテレワークを行うためには、専門的な分野は外部に委託するにしても、ある程度のマルウェア対策、情報漏洩対策などに対応できるIT人材の確保も必要となるでしょう。
3.テレワーク導入にコストがかかる
テレワークを導入するためには、以下のようなコストもかかります。
- パソコンやWi-Fi等の備品コスト
- システム構築のコスト
- 人材育成のコスト
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これまで自治体の庁舎内に据え置いておけばよかったパソコンやWi-Fiなども、テレワークでは、自宅で使用できるように準備しなければなりません。基本的に庁内システムは、セキュリティの関係上、インターネットなど外部とは切り離されたところにあります。そのため、自宅のインターネットからアクセスしようとしてもできないのが実情です。
さらに、セキュリティ面を考えれば、端末に対するアンチウィルスや外からのVPN接続強制、IT資産管理ツール(セキュリティパッチの即時適用)、端末制御(USBによるデータ持ち出し制限や操作ログ取得)、ハードディスク暗号化などの対策も都度必要となるでしょう。
また、テレワークをしようとする職員がパソコン操作について基本的なスキルを身につけていなければならず、人材育成のコストも検討する必要があるでしょう。政府はテレワーク導入を勧めていることから、導入にかかるコスト面を支援する補助金施策も実施しています。補助金制度を上手に活用することで、導入コストの解決につながる可能性があります。
4.勤務管理・業務管理が難しい
テレワークは、これまでの勤務形態とは大きく異なるため、以下のような問題も考えられます。
- 長時間労働をしていないか
- サボらずにタスクをこなしているか
- 課内などチームで業務が進められるか
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これまでは、毎朝出社した時間を打刻し、実際に顔を合わせて業務を行っていました。その場にいればサボっていないことはわかりましたが、テレワークではそれが見えにくいという問題があります。これは逆に言えば、長時間労働をさせてしまう恐れもあります。ある一定量の仕事を任せていた場合、3時間程度で完了すると考えていても、実際には6時間、10時間とかかっている可能性もあります。
出社している場合には、残業して業務を行っていることがわかりやすく、納期をずらす、対応する人員を増やすなど対策をすぐに打てていたでしょう。しかし目に見えない状況では、本人のヘルプが無ければ対応が遅れてしまうことにもなりかねません。
また、課内、係内などチームで業務を進めている部署では、連携をとることも必要です。この課題への対策としては、Web会議などを小まめに行い、それぞれの問題点を洗い出すなどのコミュニケーションを図ることが望ましいでしょう。
さらにテレワークでは直接会うことが少なくなることにより、業務把握、成果が見えづらくなり、人事評価が難しくなることも考えられます。
5.就業規則や条件の変更・改定が必要
自治体がテレワークを導入するためには、規則の変更なども必要になります。
- 現在の規則とテレワークに合わせた規則の変更
- 整合性の確保
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従業員が常時10名を超える事業所では就業規則が必要ですが、地方自治体となると、「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。(地方公務員第35条)」と定められています。
テレワークになると、出勤、退勤、超過勤務の実態把握が難しいでしょう。また、自治体によっては条例や規則によって勤務場所を指定していることもあり、こうした規則の変更、改定が必要となります。
先進事例では、テレワーク実施要綱を定め、ルール化することで整合性を確保しテレワークを実施したものがあります。自宅勤務を「自宅への出張」と位置付ける他、自宅を勤務公署とするなど、さまざまな対応をしています。
テレワークの導入に成功した自治体の事例を紹介
総務省がテレワークを推進し、さまざまな施策を打っているにも関わらず、全国的になかなかテレワークが進んでいないのが実情です。しかし、テレワーク導入に早くに取り組み成功した地方自治体もあります。
- 佐賀県庁
- 徳島県庁
- 愛媛県西条市
- 静岡県静岡市(民間企業を誘致)
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ここでは各自治体がどのように個人情報の漏洩などのセキュリティ対策、対面業務などの課題をクリアしていったのかに加え、テレワークを推進することで民間企業の誘致に成功した事例についてもご紹介します。
1.佐賀県庁
テレワークの職員数
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4,000人(平成26年10月時点)
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在宅勤務者数
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14%(平成28年11月時点)
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基盤システム・環境
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WEB会議システム、
Face Timeなどのコミュニケーションツール
iPadなどのモバイル端末やノートPC
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参考:総務省 地方公共団体におけるテレワーク取組事例集について
佐賀県庁では、育休や介護など職員のライフスタイルが変化した際や、新型インフルエンザなどの感染症が発生した際の業務の継続を見据え、テレワーク導入を早くから検討していました。そのため、2008年1月より、育児・介護中の職員を対象として在宅勤務制度を開始します。また翌年には新型インフルエンザが流行したことでテレワーク導入の必要性がさらに増し、2010年10月には在宅勤務制度の対象を全職員に変更しました。
2014年10月には、全職員を対象としたテレワークを開始することで業務報告が迅速化され、事務作業も効率的となりました。災害時の業務継続にも強く、大雪で当日出勤できない状況でも、400人を超える職員がweb会議などを活用し、在宅やサテライト、モバイルからテレワークをすることで混乱をきたすことなく業務が行なわれました。
2.徳島県庁
テレワークの職員数
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3,089人(平成30年4月1日時点)
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在宅勤務者数
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3,089人(平成30年4月1日時点)
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基盤システム・環境
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WEB会議システム、
貸与パソコン、タブレット端末
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参考:総務省 地方公共団体におけるテレワーク取組事例集について
徳島県庁では、テレワークを以下の3つの分類に分けて推進しています。
- タブレット端末により現地で業務を処理するモバイルワーク(平成26年より)
- 業務効率向上・移動時間の有効活用に付与するサテライトオフィス(平成26年より)
- ワークライフバランスの向上支援を見据えた在宅勤務(平成28年より全職員を対象)
モバイルワークでは、タブレット端末で撮影した現場の状況をモニターで共有することにより、迅速な対応が可能になりました。これは災害時の活用も期待されています。今後、書類を電子化することによるペーパーレス化や、外部とのコミュニケーション手段などが課題となっています。
3.愛媛県西条市
テレワークの職員数
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504人(2019年2月時点)
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在宅勤務者数
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504人(2019年2月時点)
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基盤システム・環境
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パブリッククラウド閉域接続(IaaS)
仮想デスクトップ
教育系NW
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参考:総務省 地方公共団体におけるテレワーク取組事例集について
愛媛県西条市では、2004年の市町合併のため教育文化を統一する必要があり、テレワーク導入を進めました。テレワークを導入することで子供たちとじっくりと向き合う時間だけでなく、教職員自身の自分に向き合う時間を創出することも課題に掲げていました。
職員室の公務を電子化することで、利用場所が限られることなく利便性が向上されました。その結果、子供たちの学力向上が数値として表れ、全教職員アンケートでも高い満足度が得られています。
4.静岡県静岡市(民間企業を誘致)
静岡県静岡市では、テレワーク導入を推進することにより民間企業を誘致する取り組みが行なわれています。東京から新幹線で1時間であるという好立地を活かし、静岡県周辺の10施設以上、500席以上をテレワーク場所として提供し、さらに海に面した自然エリアでワーケーションも推進しています。
利用料もリーズナブルであり、共有スペースが充実していることで、他の企業の人との交流イベントの開催も行いやすいメリットがあります。テレワーク体験事業では、往復新幹線代の補助など手厚いサポートも期待できます。
この取り組みにより、すでに数社が静岡県周辺にサテライトオフィスを開設しています。
参考:総務省 地方公共団体におけるテレワーク取組事例集について
まとめ
自治体のテレワーク導入は、業務が限定されることやセキュリティの点でも課題があります。しかし、2020年には新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、テレワークの必要性が改めて見直されました。すでに、テレワークを導入している自治体もあることから、これらの事例を参考に、さらなる自治体のテレワーク導入が進んでいくことでしょう。