※下記は自治体通信 Vol.59(2024年7月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
令和7年度末を期限に各自治体で進められている「システム標準化」と、「ガバメントクラウド(以下、ガバクラ)移行」。各省庁や自治体でのデータ連携を目的に推進されているが、期限内での完了を危惧する声も多い。こうした現状について、自治体のガバクラ移行を支援するネットワールドの猪原氏は「ベンダーにクラウドの専門知識をもつ人材が不足し、かつ自治体が課題を把握しきれていない状況だと問題が生じやすい」という。それはいったいなぜか。同社の武田氏を交えて話を聞いた。
株式会社ネットワールド
マーケティング本部 クラウド推進部 部長
猪原 伯光いはら のりみつ
平成13年より現職。CitrixやVMwareなど仮想化の経験を経て、マイクロソフトのクラウドサービスの立ち上げとクラウド全般のソリューション提案を担う。4月から新たにAWS社の販売促進活動に従事。
株式会社ネットワールド
SI技術本部 統合基盤技術部 プラットフォーム ソリューション2課 次長
武田 光晴たけだ みつはる
平成14年より現職。おもに仮想化製品を始めとする海外商材の立ち上げ業務を経験後、AWSを始めとするクラウド製品の支援業務に従事。
クラウドの専門知識をもつエンジニアが不足している
―自治体の「ガバクラ移行」における問題点はどこにありますか。
猪原 自治体を支援するベンダーが、「システム標準化」と「ガバクラ移行」を同時に進めなければならず、作業が煩雑になることで、国の定めたスケジュールに間に合わない可能性があることです。これらの作業は似ているようですが、厳密には異なります。
「システム標準化」は、マイナンバー業務などを取り扱う「マイナンバー利用事務系」で運用されている20の業務を対象に、デジタル庁が策定した標準仕様書に合わせて、ガバクラに移すことです。一方の「ガバクラ移行」は、「マイナンバー利用事務系」だけでなく、「LGWAN接続系」も含む業務を対象として、より幅広い業務をガバクラに移すことを指しています。「ガバクラ移行」は、移行する業務を自治体の裁量で決められる点に特徴があります。
武田 当面は、令和7年度末の期限で義務化されている「システム標準化」を急ぐ必要がありますが、国は自治体業務の「ガバクラ移行」そのものも努力義務として推進しており、将来的には自治体業務の円滑な遂行に必要となる可能性が高いため、今から「ガバクラ移行」に取り組むことが重要です。しかし、現状ではそこまでベンダーの手が回っていません。
―その原因は、なんですか。
武田 ベンダーのあらゆるリソースが不足しているからです。なかでも、クラウド接続に関するノウハウと、作業を行うエンジニアの不足は深刻です。
背景には、これまでの政府方針があります。
以前は、情報セキュリティの観点から自治体情報システムのクラウド接続は敬遠されてきました。現状、「マイナンバー利用事務系」と「LGWAN接続系」は、ともに専用の回線で接続し、インターネットは一部の端末でしか使用できません。こうした仕様に合わせて、ベンダーはデータセンターなどを整備して、オンプレミス環境による自治体情報システムの運用をサポートしてきました。そのため、多くのベンダーは、オンプレミス環境での開発や運用に強みがある一方で、クラウドには触れてこなかったために、クラウドに関する知識も人材も蓄積されておらず、作業の進捗を阻むハードルになっています。
猪原 さらに憂慮されるのは、こうしたベンダーの苦境を、自治体の担当職員が把握できず、気づかないうちに期限に間に合わなくなるリスクがあることです。
ガバクラへの対応が遅れると、住民への悪影響も懸念される
―どういうことでしょう。
猪原 中小規模自治体では、契約を結ぶベンダーに情報システムの開発や構築を一任しているケースが多く見受けられます。担当職員が、ベンダーの現場に赴くような機会も少なく、進捗状況なども把握できていないケースが少なくありません。とはいえ、担当職員に非があるわけではなく、そもそも人材に限りがある中小規模自治体では、ネットワーク業務をほかの業務と兼務するなど、専門人材が不足しています。このように兼務している人材では、エンジニアでも理解が難しい「ガバクラ移行」の課題を認識することさえ困難です。「何から始めたらいいかわからない」という担当職員も多く、ベンダーに一任せざるを得ないのです。
武田 令和7年度末という期限を考えれば、令和6年夏から秋にかけて、庁内で具体的な予算化が必要になり、コスト感を調べるためにも、現状把握が欠かせません。自治体職員にも本格的な動きが求められる時期に差し掛かっており、始動が遅れると、ベンダーの作業にも支障をきたし、さらなる遅延を招きかねません。そうなれば、期限に間に合わなくなり、自治体の業務に混乱をきたすリスクが高まります。特に、「システム標準化」で挙げられている20の業務は、住民基本台帳や国民年金、住民税といった自治体の基幹業務ですので、システム上のエラーが発生すれば、自治体業務が滞り、住民サービスに悪影響をおよぼすでしょう。
在籍するエンジニアを「クラウド人材」へと育成
―そのような事態を防ぐには、どのような対策が必要ですか。
猪原 まず現状のネットワーク運用業務をベンダー側で洗い出し、自治体と協議しながら、どの業務を「ガバクラ移行」すべきかを検討する必要があります。業務に使用するアプリによっては、ガバクラ上で運用できない可能性もあるからです。
次に、クラウド接続の方法を具体的に検討し、試行します。CSP*や接続する専用線を選定するだけでなく、実際にうまく運用できるかを試しておく必要があります。この工程は、ガバクラの運用開始後にエラーなどを起こさないためにも重要ですが、事業者によっては半年以上の時間を要するため、スケジュールを考えた事業者の選定が必要です。
そしてもっとも重要なのが、ガバクラを運用できるエンジニアの確保です。一時的に「ガバクラ移行」に成功したとしても、その後も運用し続けるためには、専門知識をもった人材が欠かせません。
武田 こうした対策を進めるため、当社では、ベンダーに向けたソリューションとして『CloudPath Services』を提供し、「ガバクラ移行」を支援しています。
*CSP: クラウドサービスプロバイダの略称。
―特徴を教えてください。
武田 ネットワークの現況調査やクラウド接続の検証・実装といった技術的支援に加え、クラウドの専門知識をもつエンジニアの育成までを行い、ガバクラの運用後もベンダーだけで自走できる体制づくりを支援しています。
技術的支援では、AWS社を含む120の導入サービスを組み合わせ、現状のシステム運用状況に合わせた最適なクラウド接続の方法を提案します。また、当社ではクラウド接続の検証を通常よりも短期間で繰り返し行えるので、不具合を発見する確率が高まり、運用後のエラー発生リスクを低減します。
人材育成においては、当社のエンジニアが、導入前から導入後に至るまで、研修やワークショップを行って、蓄積されたノウハウを余すことなく提供し、ベンダー内に在籍するエンジニアを「クラウド人材」へと導いていきます。
―ベンダーへの支援が、自治体にもたらす効果を教えてください。
武田 最大の効果は、国が求めるスケジュール通りに「システム標準化」や「ガバクラ移行」推進の一助となることです。
たとえば、クラウド接続方法には、大きく分けて仮想サーバー方式とサーバーレス方式があり、デジタル庁は、サーバーレス方式を求めています。しかし、自治体のネットワーク構成によっては、当社では仮想サーバー方式を推奨しています。なぜなら、サーバーレス方式は、アプリの大きな改修など多くの時間が必要となるため、スケジュールに間に合わない可能性が生じるからです。ベンダーによっては、こうした方式の差さえ気づかずに進めている可能性もあります。その場合、スケジュール進行に対するリスクだけではなく、予算が大幅に増加するリスクも生じかねません。期限遵守を目指すうえで、どんなクラウド接続を構築するのか、専門的な見地から進めることが大切です。
猪原 一方、自治体もスケジュール通りに「ガバクラ移行」を進めるため、行うべきことがあります。
―それはなんですか。
猪原 いち早く具体的な予算を立てることですね。ベンダーは予算をもとにして工程を決めなければならないからです。そこで重要になるのは、初期の導入費用だけでなく、運用後のランニングコストの算出です。導入費用は国の補助金で大部分をまかなえますが、その後は自治体の予算内で運用するからです。
当社では検証時にコストを計測するので、今年度の7~8月に『CloudPath Services』を利用していただければ、秋の予算化に向けたコスト算出にも十分間に合います。また、予算に合わせ、コストを抑えた構築にも対応できます。
ベンダーと課題を共有して、解決への道筋を立てる
―自治体の「ガバクラ移行」を、今後どのように支援しますか。
猪原 当社は、クラウド黎明期から、その開発や運用に携わってきた経緯があり、SI事業のディストリビューターとしてはエンジニアが多く、現在社員の約25%を占めています。この経験と技術力は、AWS社をはじめとしたCSPからも評価され、過去に支援したベンダーからも信頼を寄せられています。こうした当社のリソースを最大限に活用し、ベンダーと伴走しながら「ガバクラ移行」を成功に導いていきます。
武田 自治体としては、まずベンダーに「ガバクラ移行」に関する困りごとがないかを確認し、もしベンダーだけで課題解決が難しいようであれば、期限遵守のためにも早急な対策が必要です。担当職員が詳細な課題を把握できない場合には、当社のエンジニアが赴き、課題解決への道筋を立てていきます。担当職員のみなさんは、一度ベンダーと話し合い、状況が厳しければ、ぜひ当社にご相談ください。