※下記は自治体通信 Vol.56(2024年3月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
地域が一体となって高齢者の自立的な生活を支える地域包括ケアシステム。その中心的な役割を担う自治体には、「社会資源情報」の認知拡大や介護予防策の改善といった重要な業務を、限られたマンパワーで遂行していくことが求められている。そうしたなか、広陵町(奈良県)では、デジタル化や業務委託を通じて地域包括ケアシステムの推進体制を強化し、大きな成果をあげているという。取り組みの詳細について、同町介護福祉課の今西氏に聞いた。
[広陵町] ■人口:3万5,159人(令和5年12月31日現在) ■世帯数:1万3,949世帯(令和5年12月31日現在) ■予算規模:239億3,653万6,000円(令和5年度当初)
■面積:16.30km² ■概要:奈良盆地の中西部にあり、大阪市から約30kmの直線距離にある。昭和30年4月に旧馬見町、瀬南村、百済村の合併により広陵町が誕生。昭和31年9月には箸尾町が編入された。箸尾駅を中心に発展してきた北部地域、靴下産業が息づく西部地域、のどかな田園風景が広がる東部地域、閑静な住宅街が広がる真美ヶ丘ニュータウン地域と大きく4つに分けられる。
広陵町
けんこう福祉部 介護福祉課 地域包括支援センター 課長補佐 保健師
今西 綾いまにし あや
地図システム導入を試みたら、かえって業務負担が増大
―地域包括ケアシステムの推進体制強化に取り組んだ経緯を聞かせてください。
はじめは、「在宅医療・介護連携推進事業」に関する情報発信を効率化したいと考えたのがきっかけでした。当町では、居宅介護支援事業所や病院の情報を職員が表計算ソフトで管理し、それを紙に印刷して住民や事業者に窓口で直接手渡していました。私たちは、それらの情報を位置データと合わせてより詳細に提供することと、職員の業務効率化という2つの目的のもと、地図システムを導入しました。しかし、職員の業務負担がかえって増えてしまい、システムは定着しませんでした。
―業務負担が増えたのはなぜでしょう。
事業所や病院の住所・連絡先などに変更が生じたり、新規開業・廃業があったりした場合に、慣れないシステムを操作して情報を更新する手間がかかるためです。職員の本来業務が多忙であることや、担当職員の異動などを背景に、結局は表計算ソフトを使ったもとの管理方法に戻ってしまいました。そうしたなか、介護給付適正化事業に関するシステムで取引のあったトーテックアメニティから、『けあプロ・navi』という情報発信ツールの紹介を受けました。これは、介護事業所や病院、「通いの場」といった「社会資源」の情報に特化したWebサイトを運営できるツールなのですが、サイトの運営に際して職員に業務負担がほとんどかからないという点に関心をもちました。
サイト運営の外部委託により、最新の情報を手間なく発信
―どのような仕組みでサイトが運営されるのですか。
トーテックアメニティの「情報センター」が自治体に代わって施設の情報を定期的に収集し、Webサイトを更新してくれる仕組みです。情報収集の頻度は、月に1回のものから、週に1回のものまで、情報の種類によって細かく分かれているそうです。このツールを活用している近隣の複数の自治体から確かな業務効率化の効果を聞いたことも、導入の決め手となりました。当町では『けあプロ・navi』を使い、町内の社会資源情報を集約した専用サイトを令和3年12月に開設しました。
―導入によってどういった成果を得ていますか。
職員の業務負担を抑えつつ、質、量ともに高い水準の情報発信を実現しました。そこでは、ケアマネジャーの在籍数、ケアプランの受け入れ状況、介護事業所の空き状況といった各施設に逐次確認を取らなければ把握しえず、従来はできていなかった情報発信を行えています。病院や介護事業所の情報は「地図・住所」「施設の機能別」「空き状況」など多様な条件で検索できるため、住民や医療・介護関係者は必要とする情報にたどり着きやすくなりました。この仕組みが、ケアの質向上や関係者同士のスムーズな連携の一助になればと期待しています。
現在は、生活支援や介護予防など、より広範な高齢者福祉に関する情報ニーズに応えていくため、整備したサイトには「生活支援体制整備事業」に関する情報の掲載も進めています。
―どのような情報を掲載しているのですか。
運動や趣味活動を介護予防につなげる、通いの場などの社会資源情報を掲載しており、「地図・住所」や「活動内容の種類別」で検索できるようにしています。各社会資源の紹介ページには写真も掲載できるので、通いの場の雰囲気が伝わるような情報発信を行えています。これらの情報は、介護予防事業担当者や、社会資源の創設・把握を担当する生活支援コーディネーター(以下、SC)が管理し、発信しています。
『けあプロ・navi』では、会員制のクローズドサイトも開設できるので、今後は異なる組織のSC間での情報連携や、町から事業所・病院への情報伝達にも活用していく方針です。
―情報の活用に関する成果を多くの関係者に広げていけると。
ええ。『けあプロ・navi』は、地域包括ケアシステムにかかわるあらゆる人たちが利用する情報プラットフォームとなりつつあります。これにより、町内の社会資源の情報が地域にしっかり行き届くための基盤はできあがりました。ただし、私たちの理想を実現するには欠かせない一つの重要な取り組みがあります。それは、各社会資源そのものにおける介護予防策の質を高めることです。介護予防策の質向上と、情報発信という両輪がそろってこそ、理想的な地域包括ケアシステムが実現すると私たちは考えるのです。その考えのもとで、現在はそれぞれの取り組みを同時に進めているところです。
通いの場の運営に、改善サイクルを生み出したい
―介護予防策の質を高める取り組みとは、どのようなものですか。
具体的には、通いの場で収集した健康に関するデータを評価・分析し、通いの場運営の現場に改善サイクルを生む仕組みづくりです。当町ではこれまで、通いの場の創設とその把握を進めるのと同時に、「一般介護予防事業評価事業」の推進に向けて、体力測定やアンケートなども実施してきました。しかし実際には、蓄積したそれらのデータを評価事業に向けた効果分析に活用できていませんでした。
―効果分析を行えなかったのはなぜですか。
分析を外部に委託する際に、個人情報保護の観点で情報提供にハードルがあったからです。個人の健康状況の経年比較などを行うには、各データに個人情報をひもづける必要がありますが、個人情報が記載された状態ではデータを外部に出せなかったのです。そうした難しさを感じるなか、『けあプロ・navi』の導入を支援してくれたトーテックアメニティから新たに『通いの森』というソリューションの紹介を受けました。これは、通いの場の運営に関する複数の支援サービスを含むものでしたが、特にそのなかの「評価支援サービス」がまさにこの効果分析の課題を解決するものだと着目し、令和3年12月に導入しました。
個人情報保護の課題を解消し、データ分析を研究機関に委託
―そのサービスに着目したポイントはどこでしょう。
「評価支援サービス」では、同社のデータセンターを介しデータ分析を研究機関に委託できます。その際、個人情報に暗号化やマスキングが施される仕組みが、個人情報保護のハードルを解消するもので、評価したポイントとなりました。ほかにも、通いの場への参加状況を手軽に収集できるシステムが提供される点もありがたいですね。そのシステムでは、通いの場の参加者ごとに割り振られた二次元コードをタブレット端末で読み取ることで、参加者の情報をデータセンターに自動送信できるのです。
―導入後、効果分析は実現できましたか。
はい。健康長寿社会づくりを目的に多くの市町村で調査研究を行う日本老年学的評価研究(以下、JAGES)の関連研究機関に分析を依頼しました。そこでは、通いの場への参加実績や、体力テスト、アンケート、「ニーズ調査*」など当町が実施・収集したデータに加え、「健康とくらしの調査*」のデータも用いて、各健康指標の経年変化や、基準値との比較といった分析が行われました。その結果、通いの場への参加に対する住民のモチベーション向上や、地域の健康課題に合った通いの場の運営につなげられる有効な分析結果が得られたと評価しています。
―今後の地域包括ケアシステムの推進方針を聞かせてください。
地域包括ケアシステムにおける高齢者福祉サービスは、デジタル化や、一部業務の外部委託により、無理なく質の向上を図れると確信をもてました。今後も、『けあプロ・navi』や『通いの森』の活用を通じ、地域が一体となって町民の健康寿命延伸を目指せる体制をつくっていきたいですね。
*ニーズ調査 : 介護予防・日常生活圏域ニーズ調査。保険者が、地域の高齢者の健康状況を把握するために実施する調査
*健康とくらしの調査 : 健康長寿社会を目指した予防政策の科学的な基盤づくりを目的とした調査研究
広陵町は『通いの森』を通じ、「通いの場」に関する4種類の効果分析を行った。そのうちの1つでは、同町の「ニーズ調査」と「健康とくらしの調査」のデータを使用。通いの場への参加の有無と健康に関する傾向把握を図った。この分析によって、通いの場参加者のほうが社会的な結びつきに関する値が高まりやすい傾向などがわかった。別の分析では、体力テストの結果を年齢層別で見える化。高齢の参加者ほど、体力測定の結果が基準値と比べて高まる傾向を把握できたという。同町は今後、国保データベースに蓄積されたデータと合わせた分析なども行い、通いの場への参加と健康の相関をさらに詳しく評価していく方針だ。
地域包括ケアシステムの推進体制強化②
多様化する福祉ニーズへの対応には、「業務負担の軽減」が重要なカギ
ここまでは、地域包括ケアシステムの推進体制を強化し、高齢者福祉サービスの向上を図る広陵町の取り組みを伝えた。ここからは、その取り組みを支援したトーテックアメニティを取材。地域包括ケアシステムを推進するポイントなどを、同社の久保田氏に聞いた。
トーテックアメニティ株式会社
公共システム事業部 西日本営業部 第2グループ
久保田 豊くぼた ゆたか
平成元年、岐阜県生まれ。平成24年に京都産業大学を卒業後、トーテックアメニティ株式会社に入社。同年より現職。おもに自治体福祉部門向け自社ソリューションの営業を担う。
「マンパワー不足」という、根本的な課題認識が必要
―地域包括ケアシステムの推進をめぐり、自治体はどういった課題を抱えていますか。
在宅医療・介護連携推進事業に関していえば、「地域の社会資源情報をいかに住民に周知するか」、生活支援体制整備事業であれば「地域の健康課題に合った通いの場をいかに運営するか」といった個々の課題があげられます。しかし、高齢者福祉ニーズの多様化が進むなかでこれらの課題を解決していくには、「マンパワー不足」という、より根本の課題を認識する必要があります。そのうえで、個々の課題の現実的な解決策を探ることが、地域包括ケアシステムにおける高齢者福祉サービスを向上させるに当たり重要になります。
―解決策を探るうえでのポイントを教えてください。
まずは根本の課題を踏まえ、デジタル化にせよ、業務委託にせよ、そのソリューションが事業の目的達成と職員の業務負担軽減を両立できるものであるか、見極めることが大切です。たとえば、「誰もが、最新の社会資源情報へ簡単にアクセスできること」を目的に専用のWebサイトを開設しても、職員の手が回らずサイトの運営が滞れば目的は達成できません。そこで当社では、職員が業務負担を抑えながら地域包括ケアシステムを推進できるよう支援する複数のソリューションを提案しています。
―どのようなソリューションがあるのですか。
たとえば、社会資源情報の発信を支援するものに、『けあプロ・navi』というツールがあります。これは、医療・介護事務の有資格者で構成される、当社の「情報センター」が自治体に代わって専用サイトを運営する点が最大の特徴です。これにより、自治体は業務負担を抑えながら鮮度の高い情報を発信できます。このツールはまた、情報の実際の活用シーンを意識したサービス設計も特徴です。たとえば、情報を紙にして配布する現場のニーズに応えられるよう、サイトで任意の社会資源情報を選ぶと定型のA4チラシを自動印刷できる機能なども搭載しています。
そのほかにも、地域包括ケアシステムの推進を支援するという同じ観点から当社では、社会資源そのものの機能を高める、『通いの森』というソリューションも提供しています。
業務体制の強化を「DXと人」で支援
―特徴を教えてください。
JAGESにかかわる大学などの研究機関と連携しながら、通いの場の評価事業を行えることです。中核となる「評価支援サービス」では、通いの場の参加実績データを収集できるシステムの提供や、個人情報の保護など、データの収集・受け渡しの工程も細やかに支援します。通いの場の創設・運営を行っていくうえでは、地域の健康課題や、地域に必要とされる活動を探り、改善を重ねていくことが大切です。『通いの森』では、データ収集や効果測定、アウトリーチなどを支援する多様なサービスを通じ、自治体が介護予防策の改善サイクルを回すお手伝いをしています。
―自治体に対する今後の支援方針を聞かせてください。
人と人のつながりが大切になる福祉の課題を解決するには、業務やサービスをデジタル化するだけでは十分ではありません。そこで我々は、DXと人の双方による伴走支援で、地域包括ケアシステム推進に伴う業務体制の強化をお手伝いします。今回紹介した2つのソリューションも、現場に寄り添う支援のなかで得た、自治体職員や関係者の声を反映しながら、機能拡張や磨き込みを重ねてきたものです。地域包括ケアシステムについて課題を感じている自治体のみなさんは、ぜひご連絡ください。