※下記は自治体通信 Vol.58(2024年6月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
人口減少や少子高齢化に直面し、地域経営の持続性を危ぶむ声も聞かれるようになった昨今、その経済的基盤を支える地域産業の振興は、ますます重要性が高まっている。とはいえ、産業振興策を担う自治体の多くが認識しているように、かつてのような画一的な産業振興策や過去の政策の焼き直しを繰り返すだけでは、状況を変えるのは難しい。求められているのは、地域の特性を踏まえた、地域資源の最大限の活用である。最近、ここにいち早く着目し、注目を集めている取り組みが出てきている。そこでは、目指すべき未来像が反映された、個性的な産業振興策が展開されている。ここに共通して見られるのは、地域の実情に立脚した戦略・計画、そしてそれを着実に遂行するための民間企業との連携である。
本企画では、産業振興策で注目すべき施策を展開する自治体を取材。地域の未来を拓くための産業振興策とはいかにあるべきか。そのヒントを探りたい。
産業振興策で地域の未来を拓く①
多彩な資源が集積する強みを活かし、新たな事業が次々と生まれるまちに
新橋・六本木・赤坂など、国内でも屈指のオフィス街を擁する港区(東京都)。大手から中小に至る企業の数々、金融機関、大学や研究機関など、地域の活性化を図るうえで多方面にわたるステークホルダーが集積している強みを持つ。その強みを活かし、同区ではいま、「港区立産業振興センター」を拠点に、新たなビジネスの創出や創業を支援する産業振興の取り組みを強化している。そこで掲げているのは、「区内産業の持続的な発展」だ。同区担当者の加川氏に、取り組みの詳細を聞いた。
[港区] ■人口:26万7,389人(令和6年5月1日現在) ■世帯数:15万3,821世帯(令和6年5月1日現在) ■予算規模:2,368億2,938万6,000円(令和6年度当初)
■面積:20.36km² ■概要:芝、麻布、赤坂、高輪、芝浦港南、5つの地区に分かれている。それぞれ、「ビジネスの中心地」「繁華街」「高級住宅街」などの特徴を持つ。都心にもかかわらず緑地帯が豊富で、東京タワー、泉岳寺・増上寺、旧芝離宮庭園、お台場海浜公園、レインボーブリッジなど多様な観光資源もある。
港区
産業・地域振興支援部 産業振興課 経営支援係長
加川 恒介かがわ こうすけ
「贅沢」ともいえる特性を、活かしきれていなかった
―港区における産業振興策の基本方針を教えてください。
当区では令和3年度に「第4次港区産業振興プラン」を定めており、そこでは「『港区産業』の振興と持続的発展」を掲げています。当区には、専門性や技術力を有する中小企業、新たなアイデアを持つスタートアップ、大企業や外資系企業のほか、大学などが集積しているという特性があります。同プランでは、ほかの自治体ではなかなか持ちえないこの特性を活かし、新たなビジネスの創出や創業、経営基盤の強化を支援することで、区内産業の持続的な発展につなげることを目指しています。そうした支援の実現に向けて1つの大きな役割を果たす施設と位置づけているのが、令和4年にオープンした「港区立産業振興センター」です。
―どのような施設ですか。
「企業・人・地域の力」を1つに結びつけ、最新の情報や技術を提供する「未来発展型の産業振興拠点」がコンセプトの施設です。
当区には、先ほどのようにほかの自治体から見ると、「贅沢」ともいえるような特性があると思います。しかし、その特性を活かした産業振興策を推進してきたかといえば、決してそうではなかったというのが正直なところです。そんななか、先のコロナ禍で区内産業の多くが打撃を受けました。その際に広がった危機感を契機に、当時建設中だった同センターを、さまざまなステークホルダーが事業成長のヒントを見つけられる「場」にしたいと考える機運が高まったのです。区としてもそれが、地域の活性化と区内産業の持続的発展につながればと期待しました。
事業者と事業者を結ぶ「橋渡し」となるイベント
―センターでは、どのような事業を行っているのですか。
「区内企業の革新と新たなビジネスチャンスの創出」「区内産業の未来を担う人材の育成と活用」「連携・協働による地域力の強化」の3つを大きなテーマとして、それぞれのテーマに紐づく形で26の事業を推進しています。事業の推進にあたっては指定管理者制度を活用し、各種領域で産学官連携事業の実績があるキャンパスクリエイト社を中心とした企業グループを選定。当区の特性を活かす形で、さまざまな取り組みが進められています。
―具体的に教えてください。
たとえば、従来の産学連携を発展させた取り組みとして、令和4年から「オープンイノベーションフェア」を年に1回開いています。昨年は40事業者が出展し、区内の企業関係者など250人が来場しました。出展企業・大学などから最新の技術やサービスが次々と紹介されるだけでなく、参加者同士のつながりが深まるように交流会も開かれるフェアです。来場者からは「新規事業開発やビジネス連携のヒントが得られた」という声が聞かれています。まさに事業者と事業者を結ぶ「橋渡し」となるイベントで、ここから生まれるであろう新たなビジネスが、産業振興につながると期待しています。
こうした取り組みの企画には、キャンパスクリエイト社が産学官連携で培ってきた深い知見と多様なノウハウが活かされています。このほかに、同社の知見やノウハウがもっとも強く発揮される形で、当センターの「目玉」になりうると評価する「仕組み」も発足させています。
半数以上の大使館が集積する、港区の強みを活かす
―どのような仕組みですか。
「共創パートナー制度」という仕組みです。社外リソースとの接点を求めている地場企業やスタートアップに対し、港区が自ら間に入り、提携先となりうる「共創パートナー」を直接つなげる仕組みです。ここで「共創パートナー」と位置づけられるのは、区内の大企業や金融機関、投資機関、大学などであり、地場企業やスタートアップのニーズを踏まえたキャンパスクリエイト社が、新たな技術やサービスを提供できる提携相手としてピックアップするのです。
港区では、この「共創パートナー制度」を仕組み化して、ゆくゆくはプラットフォーム化していくことを目指しています。その試みの端緒として昨年度から始めていることが、じつは「大使館」との取り組みです。
―大使館を「共創パートナー」と位置づけたのはなぜですか。
地場企業やスタートアップからは、海外進出や海外への販路開拓についてのニーズが高く、そのニーズと港区の強みを考えたときに、キャンパスクリエイト社が「大使館」という存在に着目したのです。日本に約150ある大使館のうち、半数以上が当区にあります。
大使館との具体的な取り組みとしては、アメリカやスイス、インド、ブラジルなどの大使館関係者や各国におけるスタートアップエコシステムのキーパーソンを招いた「GO GLOBAL」セミナーを8回開催しました。多くの企業が参加し、グローバル展開を推進する際のポイントなどを学んでもらいました。
―そうした港区ならではの取り組み事例は、ほかにもありますか。
ファッション・デザイン産業の育成にも力を入れています。当区には、こうしたクリエイティブ産業にまつわる事業者が多く存在します。そのため、キャンパスクリエイト社からの提案を受けて、「港区立産業振興センター」内にはフルカラー3Dプリンタや高精度なVRとCADを組み合わせた3Dデザインレビューなどの最新鋭機材を複数用意しました。これらの機材を組み合わせて自由に使えるため、事業者からは「ほかではできない創作活動ができる」と好評です。それらの機材の効果的な活用に向けた研修なども開催していることから、多くの事業者が集まり、情報交換やアイデアを発見する場となっています。
田町エリアを産業振興の「一大拠点」に
―今後、産業振興をどのように進めていきますか。
「共創パートナー制度」を中核に、新たなビジネスやスタートアップが続々と生まれ、地域の持続的発展につながる支援を積極的に展開していきます。その中心的な役割を担う「港区立産業振興センター」がある田町エリアでは今後、大学キャンパスの跡地活用や駅前ビルの建て替えなど、大規模な再開発事業が予定されており、いずれの事業でも新たな産業支援施設の開発が計画されています。そうした施設と連携した取り組みを進め、田町エリアを産業振興の「一大拠点」に育てていきたいですね。
株式会社キャンパスクリエイト
専務取締役 オープンイノベーション推進部・ プロデューサー
須藤 慎すどう まこと
「共創パートナー制度」に代表される港区の取り組みは、地域特性やニーズ、地場産業の強みといった「地域を取り巻く環境」に立脚した産業振興策の典型的な事例といえます。多様なステークホルダーと豊かな産業資源に恵まれた港区ではありますが、この政策立案の視点については、多くの自治体にヒントを与えるものだと思います。各種の取り組みやイベントも、その先の「発展性」を強く意識している点も当社の企画のこだわりです。
産業振興策で地域の未来を拓く②
グローバルな技術人材の育成・交流で、人手不足に悩む地域企業を支援
ここまでの港区の事例で見たように、産業振興策の成否を分けるカギは、いかに地域の事情や特性を反映した、的確な施策を実行できるかどうかにある。それを示すもう1つの事例が品川区(東京都)だ。町工場が集積する同区の特性を背景に、人手不足問題に着目。グローバルな視点から解決を試み、地域産業の振興に役立てている。同区担当者2人に、取り組みの経緯とその成果について聞いた。
[品川区] ■人口:41万873人(令和6年5月1日現在) ■世帯数:23万6,774世帯(令和6年5月1日現在) ■予算規模:2,807億7,991万7,000円(令和6年度当初)
■面積:22.85km² ■概要:東京湾に面した臨海部と山の手に連なる台地からなり、古くから交通、交易の拠点として栄えた。考古学発祥の地としても有名な大森貝塚など歴史に名を残す史跡も数多くある。江戸時代には東海道第一の宿として賑わい、明治時代に入ってからは、京浜工業地帯発祥の地として発展してきた。現在は、羽田空港の国際化や、品川駅への新幹線の停車はもとよりリニア中央新幹線の乗り入れなど、再び交通、産業の拠点として重要な役割を担う。
品川区
地域振興部 商業・ものづくり課 産業連携推進係長
小川 和朗おがわ かずあき
品川区
地域振興部 商業・ものづくり課 商工相談員 産学公連携マネージャー
中西 佑二なかにし ゆうじ
※担当者2人の所属・肩書は取材当時のものです
他自治体からも注目集める「三方よし」の人材交流事業
―品川区では、どのような産業振興策を進めてきたのでしょう。
小川 重点施策の1つは、ものづくり産業への支援です。当区は、大田区、川崎市と並ぶ「京浜工業地帯発祥の地」として、中小の町工場が集積しています。この中小企業支援がもう1つの重点施策です。当区では、支援ニーズについての定期調査を行っており、平成28年度に100社以上の製造業者を調査した際に「人材確保の難しさ」が課題に浮上しました。そこで、当区の非常勤職員であり、当時モンゴル国で高等専門学校(以下、高専)の設立プロジェクトを進めていた中西さんに相談し、人材交流事業を進めることになりました。
―中西さんは、なぜモンゴル国に高専をつくろうと考えたのですか。
中西 平成22年に来日したモンゴル国の国会議員が、視察に訪れた日本の高専の教育システムに関心を持ったことがきっかけでした。当時、区内の都立高専の教務主事だった私は、支援組織をつくって設立を後押しし、平成26年の開校に至ったのです。初年度は141人の卒業生を輩出しましたが、まだ当時のモンゴル国には卒業生の就職の受け皿となれる高度な産業が十分にはないことがわかっていました。品川区から相談を受けたのはちょうどその頃で、ならば日本でさらに技術や知識を磨く道をつくろうと、品川区との人材交流プログラムを発足させたのです。
―この間、人材交流はどのように進んできたのでしょう。
中西 平成29年度に区内企業の就業体験プログラム、翌年に1ヵ月間のインターンシップを経て、卒業1期生のうち3人が令和元年度に2社の区内製造業者に就職しています。当初は、モンゴル人材の受け入れに不安を持っていた区内製造業者も、彼らの優秀さに触れるにつれ、徐々に歓迎する機運が高まってきました。その結果、今年度の計画を含め現在までの6年間で延べ9社に計30人が即戦力人材として加わっています。
小川 この人材交流事業では、キャンパスクリエイト社が運営受託者として、現地高専で実施する面接会、受け入れ後の人材ケアなど幅広い調整業務を担ってくれています。モンゴル高専からの就職者や受け入れ企業、どちらにも手厚いサポートで信頼関係を構築し、本事業は、他自治体からも注目を集める事業になりました。将来の国の担い手を育成したいモンゴル国、人材不足を解消できる区内製造業者、区内経済の活性化が期待できる品川区、この「三方よし」の事業を今後も発展させていきます。
株式会社キャンパスクリエイト
オープンイノベーション推進部 プランナー
窪田 香くぼた かおり
モンゴル国と品川区、区内企業が信頼関係のもとに築き上げてきた事業は順調に発展を続け、8年目を迎えています。それぞれの当事者の熱意が強く感じられる事業であり、その成果は、極めて低い離職率にも表れています。当社は、こうした人材交流事業で求められるステークホルダー間の密な調整、情報の連携を大切にし、同事業の成功を支援しています。
産業振興策で地域の未来を拓く③
先端技術×人材交流で未来を拓く、「研究開発都市」が掲げる新産業創造
これまで紹介した港区、品川区の事例と同様、地域の特性を活かした独自の産業振興策を展開している自治体がある。川崎市(神奈川県)だ。東京と横浜を結ぶ地の利と、大学や企業の研究施設が集積するという恵まれた環境を活かし、新産業創出を後押しすべくいくつもの産学連携事業を推進している。ここでは、同市の2つの取り組みを取材。それぞれの担当者に取り組みの狙いや実感する成果などについて聞いた。
[川崎市] ■人口:155万991人(令和6年5月1日現在) ■世帯数:78万1,998世帯(令和6年5月1日現在) ■予算規模:1兆5,903億6,925万
3,000円(令和6年度当初) ■面積:142.96km² ■概要:神奈川県の北東部に位置し、多摩川を挟んで東京都と隣接。横浜市と東京都に挟まれた、細長い地形。市内を縦断する形でJR南武線が通り、南武線と交差する形で5つの私鉄とJR線が横断している。平成29年4月に人口150万人を突破。令和6年7月1日に市制100年の節目を迎える。
川崎市
経済労働局イノベーション推進部 ベンチャー産業創出担当
竹内 倫たけうち ただし
※担当者の所属・肩書は取材当時のものです
産業振興策の柱の1つは、新産業創造への機会創出
―川崎市の産業振興策をめぐる基本方針を教えてください。
京浜工業地帯の一角を占める当市は、古くから重厚長大産業や製造業が発展してきました。近年は、産業転換が進み、工場の海外移転なども相まって跡地の利活用が模索されるなかで、大都市近郊という地の利から、大学や企業の研究開発拠点の立地・集積が進んできた経緯があります。実際、最近の調査では、市内に立地する研究開発拠点の数は550以上に達することがわかっており、学術研究機関の従事者の割合*は全人口の0.93%と、政令指定都市平均の0.39%を大きく上回っています。こうして「研究開発都市」としての色彩が強まるなか、当市ではこの貴重な資産を新産業創造につなげるために、産学連携や企業間連携に向けた拠点づくりや機会創出を産業振興策の柱の1つに据えています。
―具体的に、どういった取り組みを行っているのでしょう。
たとえば、当市の「新川崎・創造のもり」は、大学の研究室、公設のクリーンルーム、大企業のオープンラボ、市内企業の研究拠点などさまざまな機能が集積し、多様な研究者が集う場所です。その価値をさらに高めるべく、「内外からの知を集め、相互交流で新たな価値を生む」ことをコンセプトに力を入れている取り組みが、「エッジ茶論(サロン)」というイベントです。
*学術研究機関の従事者割合: 総務省統計局「令和3年経済センサス」を基に川崎市が算出
先端科学技術をテーマに、技術者や研究者が交流する場
―どのようなイベントですか。
先端科学技術の最新動向をテーマに、技術者や研究者、新規事業担当者が集うセミナーを中心に、講師と参加者、さらには参加者同士が相互交流できるイベントです。「茶論(サロン)」と名付けているとおり、アットホームな雰囲気で、技術の細部や異分野での応用可能性など、さまざまな情報や質問が活発に飛び交う環境づくりにこだわった交流イベントです。このイベントは、もともと当市が10年ほど前から開催してきた「ナノ茶論」というイベントを発展させたものです。「新川崎・創造のもり」内にある「NANOBIC(ナノ・マイクロ産学官共同研究施設)」を舞台に、「ナノ茶論」ではナノ・マイクロ技術の応用研究や社会実装を後押ししてきました。それに対し、さらに技術の間口を広げて「先端技術」と定義し直したのが「先端技術活用支援講座」であり、「エッジ茶論」も本事業内で実施されています。
―「エッジ茶論」の運営で、川崎市が大事にしていることはなんですか。
先端技術の実用化に向けて、まずは異分野連携を前面に押し出し、参加者同士の交流に重点を置くようにしました。「新川崎・創造のもり」の特徴の1つは、さまざまな技術・産業分野の研究者が集まっている点ですから、単に「勉強になった」では終わらせない仕掛けが重要だと考えました。また、中小の地場産業の集積もある川崎という地の「場所性」についても重視しています。一時期、コロナ禍でオンライン化した「ナノ茶論」に対し、「エッジ茶論」が当初からリアルでの開催にこだわっているのは、そのためです。
この「エッジ茶論」の運営は、プロポーザル選定の結果、キャンパスクリエイト社に委託し、令和5年度からスタートしています。
参加者アンケートでは、毎回ほぼ100%が「満足」
―現在までの開催実績を聞かせてください。
キャンパスクリエイト社との契約は令和5年9月でしたが、残りわずか6ヵ月となった年度内で3回の「エッジ茶論」を開催してきました。テーマは、第1回が「セラミック材料の厚膜堆積技術による医療分野への新展開」、第2回が「マイクロ・ナノ流体デバイスが創る新たな可能性」、第3回が「“熱"が作る新市場」。これらのテーマは、「ナノ茶論」の企画・運営実績もあるキャンパスクリエイト社によって企画されました。電気通信大学TLO*としての知見や専門性を活かし、技術の注目度の高さや異分野連携の可能性、さらには川崎の地域産業の特性も考慮したうえで提案されています。
―開催後の反響はいかがですか。
イベント後、講師と直接連絡をとったり、参加者同士で会合を持ったりするケースもあるようで、狙いどおりの相互交流が実現しています。参加者アンケートでも、毎回ほぼ100%の参加者が「満足」と答えているように、参加者の満足度は非常に高いです。第3回ではキャンパスクリエイト社からワークショップ形式の提案があり、参加者同士で議論する場を設けられましたが、参加者からは「新しい視点が得られた」「新鮮な取り組みだった」との評価が寄せられています。講師の人選への評価も高く、専門性に偏らない産学連携への理解やコミュニケーション力に長けた講師の選定、さらにはイベント集客力などには、我々行政にはない同社のノウハウやネットワーク、TLOとしての公的なバランス感覚を実感しています。
この「エッジ茶論」は今年度も継続していく考えですが、市としてはこの取り組みから、川崎という地に集積していることの意義、さらにはここから新しいことが生み出されるという期待を感じてもらえる場に育てていきたいです。
*TLO: 大学の研究者の研究成果を企業へ技術移転する機関
高校生向け短期サマーキャンプで、未来を担う量子ネイティブ人材も育成
研究開発都市を自負する川崎市では、地域産業の活性化のみならず、市の将来を担う若手人材の育成にも先端技術が活かされている。同市では令和4年度から、「新川崎・創造のもり」に日本で初めて設置されたという「量子コンピュータ」を活用した市内高校生向けの学習プログラム「Kawasaki Quantum Summer Camp」を開催している。同市担当者2人に、この取り組みの狙いについて聞いた。
川崎市
経済労働局 イノベーション推進部 量子イノベーションパーク推進担当 担当係長
苗倉 力なえくら りき
川崎市
経済労働局 イノベーション推進部 量子イノベーションパーク推進担当
若杉 宏暉わかすぎ ひろき
量子人材の「エコシステム」を、川崎の地につくりあげたい
―「Kawasaki Quantum Summer Camp」の狙いはなんですか。
若杉 量子コンピュータを日本国内で初めて設置した自治体として、量子技術の産業化を目指すなかで、その担い手となる「量子ネイティブ人材」を全国に先駆けて育成しようと始めたものです。量子の概念は特殊なものですから、若いうちから馴染んでもらい、圧倒的に不足していると言われる量子人材の「エコシステム」を川崎の地につくりあげたいというのが将来的な狙いです。令和4年度からスタートしたこの事業はすでに2回開催されており、いずれも約20人の高校生が参加しています。
―成果はいかがですか。
苗倉 成果発表では、量子コンピューティング技術を活用した「災害時の避難経路選択の最適化」「新たな通信技術による宇宙開発」など未来の技術応用を学ぶなかで、驚くような発表も見られています。運営を担うキャンパスクリエイト社からは、デザインシンキングといった問題解決の思考法を学ぶ講座など、高校生が多くの気づきと刺激を得られる企画が提案されています。これを機に量子技術に興味を持ち、大学では理数系学部に進んだキャンプ卒業生もいます。令和5年度のキャンプでは、前年の卒業生が後輩に指導する場面なども見られ、我々の間では早くも夢が広がっています。すでに令和6年度も開催が決まっており、今後の企画定着も図っていきます。
株式会社キャンパスクリエイト
オープンイノベーション推進部 プランナー
山田 希実子やまだ きみこ
先端技術を地元産業に落とし込み、地域活性化につなげようという取り組みに、注目する自治体は少なくありません。川崎市の「エッジ茶論」を運営する当社に対する問い合わせも複数あります。その際に重要なのは、地域産業のニーズや発展の方向性を的確につかみ、そこに必要となる技術シーズをいかに見極めるかです。設立25年の実績と、多くの産学連携事業で培ったノウハウを強みに、そうした自治体の取り組みを支援しています。
産業振興策で地域の未来を拓く④
自治体の産業振興策に必要なのは、域内外のヒト・モノ・カネを巻き込む力
これまで見てきた港区、品川区、川崎市という3自治体における産業振興策。これらの企画立案や運営などを受託し、各自治体の政策推進をサポートしていたのが、キャンパスクリエイトである。ここでは、同社の専務取締役で、各地での産業振興事業においてプロデューサーを務める須藤氏に取材。自治体が産業振興策を成功させるためのポイントなどを聞いた。
株式会社キャンパスクリエイト
専務取締役 オープンイノベーション推進部・プロデューサー
須藤 慎すどう まこと
昭和57年、東京都生まれ。国立大学法人電気通信大学卒業。平成17年、株式会社キャンパスクリエイトに新卒入社。産学官連携業務、産業振興業務などを担当する。令和2年より現職。
すべての地域に当てはまる「産業振興策の正解」などない
―全国の自治体における産業振興策への取り組み状況をどのように見ていますか。
「地域の産業を活性化させたい」という課題はどの自治体でも共通して抱えており、一定の予算と人員を割いて産業振興プランを策定しています。しかし、具体的にどのようなゴールを描くかという「戦略論」と、そのためにどのような手段をとるかという「戦術論」を具体化する段階になると、大きな壁を感じている自治体は少なくないようです。
大前提となるのは、すべての地域に当てはまる「産業振興策の正解」など存在しないということです。そこでは、俯瞰的な視点や世の中の潮流、過去の成功・失敗事例を踏まえたうえで、自らの地域の特性や産業の強みを理解し、そこに立脚した方法論が求められます。また、地域内の資源だけではできることが限られ、いかに外部からもヒト・モノ・カネを巻き込むかという視点も必要です。しかし、それを自治体の担当者のみで実行するのは極めて難しいことです。
700以上にのぼるテーマで、産学官連携をコーディネート
―どうすればよいのでしょう。
企業間連携やオープンイノベーションの経験が豊富な専門家の知見を活用することをおすすめしています。たとえば当社は、もともと国立大学法人電気通信大学のTLOとして発足し、20年以上にわたる産学連携の経験があります。近年はTLOの広域化に伴い、「ニーズドリブン型の課題解決」をコンセプトとして、企業の研究開発支援やスタートアップ育成支援を数多く手がけてきました。このコンセプトを自治体支援に適用し、地域の社会ニーズや産業特性を起点にした産業振興策の推進をサポートしています。特に首都圏における大学やスタートアップが保有する先端シーズを、地域活性策に活かすことを強みとしています。
―自治体支援では、これまでにどのような実績がありますか。
地域のものづくり産業の支援を掲げていた首都圏のある自治体では、域外企業との技術マッチングのイベントを定期的に開催しています。また別の自治体では、域内の地場企業のDX推進や高度人材の獲得などの支援も行っており、研究開発分野から地場産業支援まで幅広いテーマで自治体の産業振興支援に携わっています。
また、当社が連携する大学は、北海道から沖縄まで全国にまたがり、これまでに700以上にのぼるテーマで産学官連携をコーディネートしてきました。ある地方大学との産学連携によって、首都圏企業の研究開発課題を解決した事例などがあります。こうした実績をもとに、当社では地方に位置する自治体に対して首都圏の大学との連携や、首都圏企業とのマッチングを提案することができると考えています。
「ゴール」にこだわって、各自治体に伴走
―今後の自治体への支援方針を聞かせてください。
当社は、公益性を重視する広域TLOとして、先端技術を社会に活かすことによる産業の発展を本分としてきました。そのため、自治体支援は当社の企業パーパスにもっとも即した事業の1つとして力を入れていきます。各自治体に伴走し、それぞれが描く「ゴールへの到達」にこだわった企画立案は多くの自治体から評価を受けています。産業振興策の戦略目標を設定する段階からの支援もできますので、ぜひお問い合わせください。