
※下記は自治体通信 Vol.64(2025年3月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
令和5年9月、酒田市(山形県)において新市長に就任した矢口氏。同県内で初となる女性市長の誕生として注目された。同氏は、副市長時代から「日本一女性が働きやすいまち宣言」を行うなど、独自の政策を推進してきた経緯がある。市長就任後も、「若い方々、特に女性が酒田市で働きたいと思える環境をつくっていきたい」とし、各種の取り組みを行っている。その背後にある課題認識やこれまでの成果、今後の市政ビジョンなどについて聞いた。

女性が働きたいと思える環境づくりを最重要施策に
―令和5年9月に、どのような問題意識を持って酒田市長に就任したのですか。
決して酒田市特有の問題ではありませんが、当市でも人口減少が急速に進んでおり、事業の担い手不足や空き家の増加といった問題が顕在化しています。市長就任に際しては、この人口減少の問題を少しでも緩やかにしたいとの想いがあり、最重要課題の1つとして取り組みを進めてきた経緯があります。もっとも、人口減少を抑制すること自体は手段であり、たとえ人口が減ったとしても豊かに安心して暮らせるまちへと仕組みを変えていくことこそが本来は重要だと思っています。人口減少対策においても、そこを意識しながら、進めてきました。特に力を入れてきたのが、若い方々、特に女性が酒田市で働きたいと思える環境づくりです。
―酒田市では、平成29年度に「日本一女性が働きやすいまち」を目指す宣言をしていますね。
はい。それは、私が副市長時代に関わった動きでした。当時から、少子高齢化の進行によって社会の持続可能性が失われつつあるという問題意識はありました。人口減少の大きな要因の1つも、若い女性が都会に出てしまうことですから、逆にいえば、女性が酒田で働ける環境をつくれれば、減少の速度は抑制に向かうと考えたのです。この宣言の趣旨に賛同してくれる市内企業の代表者や経営者で構成される「日本一女性が働きやすいまち宣言に賛同するリーダーの会」の会員数は、令和7年1月末現在で157社まで増えています。
男女共同参画政策で、活かされている「女性目線」
―男女共同参画を推進する背景には、やはり女性市長として意識はあるのでしょうか。
それはないと自分では思っています。あくまでも、酒田市が抱える社会課題に対する解決のアプローチとして進めているものです。実際、「私が女性だから進めているのだろう」と思われることも多いのですが、「仮に私が男性であったとしても実行していた」といっています。私が女性であることが影響しているとすれば、それは男女共同参画に対する考え方かもしれません。一般的に、女性活躍といえば、「もっとがんばれ、がんばれ」「どんどん管理職になって」と背中を押すことが多いと思うのですが、私はこれまでも「女性は十分にがんばってきた」と思うのです。男女共同参画とは、女性がこれ以上がんばらなくても活躍できる環境を用意することだと理解しています。がんばらなくてはいけないのは女性ではなく、職場のトップや女性の周囲の方々であり、その観点から、社会的影響力を持った企業のリーダーの参画は大きな意味があるのです。これらの企業の取り組みを、市としても積極的に支援しています。
―具体的にどのような支援をしているのでしょう。
厚生労働省では、管理職比率や労働時間といった複数の観点から女性活躍の取り組みの実施状況が優良な事業主を認定する「えるぼし認定制度」を推進しています。当市では、市内に本社を置く企業を対象に、「女性活躍支援員」を派遣して、この認定を取得するための行動計画の策定や運用を支援しています。現在までに9社がえるぼし認定を取得していますが、この数は政令指定都市や中核市を除く自治体としては全国第2位となっています。
このほか、市内に暮らす女性のITスキル向上を通じて働き方の選択肢を増やす支援を行う「サンロクIT女子プロジェクト」を推進しています。名称は、講座の会場である酒田市産業振興まちづくりセンター「サンロク」に由来するもので、民間企業の協力を得て講座を運営しています。IT女子の育成によって、女性の市外への流出を抑えるだけでなく、女性にとっての「仕事の選択肢の多さ」を酒田の魅力として育てたいという狙いもあります。

「日本一」と誇れる、まちの豊かな資源の数々
―市の魅力づくりまで意識して考えられた施策なのですね。
じつは、これらの施策はいずれも、現場の職員たちが考えてくれたものなんです。私は決して「アイデアマン」ではないですから、大きな方針を示して、その方針に沿っている限りはどんどんアイデアを出して、実行に移してもらっています。私から伝えているのは、「人口が減ったとしても、豊かに安心して暮らせるまち」をつくるという大きな方針のみです。これまでとは時代が違いますから、新しい施設やインフラを次々と整備することはできません。今ある資源を活かしていくしかないのです。ただし、それでも「豊かに安心して暮らせるまち」は必ずつくれます、というメッセージを私からは発信しています。
―そうした市政方針のなかで、現在の重点施策はなんですか。
人口が減り、市内経済が縮小していくなかでは、市外から収入を得る仕組みも考えなければいけません。そこで現在、地元産品の販路拡大や観光産業の振興には特に力を入れています。高度な専門性を有する副業人材を当市として初めて採用したのもそのためで、観光誘客などのための地域ブランディングを展開し始めています。
出羽富士とも称される鳥海山の麓に開けた酒田には、豊かな田園風景が広がり、日本海を望む港町として海の幸にも恵まれています。かつて江戸時代には北前船の西廻り航路の起点港として栄えた歴史と文化が息づいています。港町ゆえの開放的な気質で、外部の人を受け入れる寛容さも持ち合わせています。私自身、「日本一」と誇っている酒田のまちの資源は、もっともっと多くの人々を惹きつけるポテンシャルがあると信じています。
目指すのは酒田らしい、外部の人々を惹きつけるまち
―そこに「女性が活躍するまち」という魅力も加えたいと。
そのとおりです。男女共同参画が意味するのは、決して女性優遇なのではなく、性別に関係なく女性も男性も必要とされる共生社会です。家事が好きな男性がいてもいいし、力仕事が得意な女性がいてもいい。若い人たちが自由に意見を述べることもできる。酒田らしい寛容な共生社会を目指し、かつてこの地がそうであったように外部の人々を惹きつけるまちづくりを実現していきたいですね。
