自治体・IT業界では「RPA元年」とも言われる今年。いくつかの自治体で、導入に向けた実証実験が始まっている。人口35万人を数える中核市、奈良市(奈良県)もそのひとつだ。この動きを主導する市長の仲川氏は、かねてより現場の業務改革に力を入れてきた。RPA導入で期待する効果や、その先に描く市政ビジョンとはどのようなものか。同氏に聞いた。
自治体には意外と多い思考を伴わない単純業務
―奈良市がRPAの実証実験に乗り出した背景を教えてください。
厳しい財政事情を背景に、当市も他の自治体と同様、職員数は減少の一途です。そのため、職員の生産性向上は強く意識してきました。特に問題として感じていたのが、思考を伴わない単純業務。一見すると知的作業のように見えて、じつは定型のパターン処理を繰り返しているだけ、という業務が自治体には意外と多いんです。こうした業務はすぐにでも機械化していくべきだと考えていました。
―就任以来、庁内の業務改革に努めてきたと聞きます。
ええ。特に業務の「標準化」は、強い権限で進めていく必要があると認識してきました。なぜなら、私が自治体の現場に入って気づいた生産性問題の根源こそ、各業務にまつわる基準やフォーマットに対する認識の甘さだったからです。就任当時は、職員が良いサービスを提供しようと、専門化が進んだ各部署で個別にカスタマイズを行った結果、各種の文書フォーマットも業務基準も同じ庁内でバラバラ。まったく標準化が進んでいない状態でした。標準化が進んでいないと、同じような作業を各部署で異なる手順・フォーマットで行うため、ITシステム化しても効率が悪い。これこそ、職員の生産性問題の本質だと見抜きました。
―そうした状況でRPAに出合ったわけですね。
はい。じつは奈良市では数年前に、約70億円をかけて大規模な情報システムの刷新を行いました。しかし、老朽化対応として必要な投資ではありましたが、期待したほどの生産性向上はまだ得られていません。業務の標準化ができておらず、システムの効率性を十分に享受できていないのです。
それに対し、RPAは巨額のコストをかけずとも、既存プラットフォームのなかで大きな業務改善が期待できる。すぐに導入の検討を指示しました。職員のRPAに対する認知を高めながら、サンプル業務を選定して実証実験を準備。多くの部署で発生する「横断的な単純業務」という視点から選んだ会計事務、資料集計事務など5業務を対象に今年5月から6月にかけて実証実験を行いました。
RPAの活用が職員の意識変革を促す
―実験の結果はいかがでしたか。
結果は驚くべきもので、なかには、約80%の時間短縮を実現した業務もありました。職員に与えたインパクトも大きかったようです。RPA自体の生産性向上効果も大きかったのですが、私が実感したのは、副次的効果の大きさでした。たとえば、RPAの活用にあたって、情報を読み込んだり、RPAに作業を指示するコマンドを与えるには、データ形式や業務そのものをある程度、統一しておく必要があります。結果として、業務の標準化が進むのです。また、ときには業務フローを改善する必要も出てきますが、その際には「この業務は必要か」といった問題意識を職員がもつようになる。つまり、RPAの活用方針自体が契機となって、職員の意識変革を促し、業務改善の素地をつくる効果をもたらすことが期待できるのです。
―今後の市政ビジョンを聞かせてください。
いまは、行政にも生産性が求められる時代です。投入した税金をどれだけのサービスとして住民に還元できるかが問われている。そのためには、単純業務から職員を解放し、より高度な仕事にあて、住民サービスの質を上げなければいけない。それに向けて、RPAは非常に有効なツールです。当市ではRPAを早期に本格導入し、経営効率を意識した行政運営を進めていきます。
PRAに関しての様々な自治体が取り組んでいる事例や実証実験ついては下記の自治体通信Onlineを参照していただきたい。様々な自治体によるレポートをしている。
事例
港区(東京都)の詳しくレポートした記事『自動化技術の導入で実現させる職場環境の改善と区民サービス向上』はコチラから
事例
RPA+OCR活用を詳しくレポートした記事『業務を飛躍的に効率化させるRPA + OCRは行政サービス 向上の切り札になる』はコチラから
RPA導入に乗り出す自治体をみると、その背景事情はさまざま。現場の業務改善の先に描くビジョンも異なる。「IT先進地域」を旗印に、特徴あるまちづくりを進める加賀市(石川県)では、RPAを地域振興の切り札と位置づけている。導入の旗振り役である市長の宮元氏に、その狙いを聞いた。
消滅可能性都市に予想されその危機感が「IT化」の端緒
―加賀市はかねてより「IT先進地域」として打ち出してきました。その背景を教えてください。
地域の将来に対する危機感があります。豊かな温泉資源を背景に観光業で発展してきた加賀市ですが、近年は長引く不況から宿泊者数はピーク時から半減。人口も減少を続けています。その影響から、日本創成会議が推計した消滅可能性都市に予想されてしまいました。そうした背景もあり、いかにして地域振興や産業創出を図るかは、就任以来の政策テーマでした。
―その取り組みの核としたのが「IT化」だったと
そうです。折しも、いまは「第4次産業革命」とも称される時代。この変化の波に乗れるか否かが、自治体存続の重要な岐路になる。そう認識し、ITを核にした産業創出に力を入れてきました。その際、もっとも重視したのが人材育成でした。すべての基本は人です。そこで国の施策や予算を活用し、各種のIT人材育成セミナーなどを開催。また、全国初の小中学校一斉プログラミング教育も開始するなど、「IT先進地域」として加賀市を打ち出してきたのです。
最終目的は地域での産業創出
―RPAの導入を決めたきっかけはなんだったのですか。
出合いは、私が読んだ新聞記事でした。そこには、煩雑な事務処理を自動化し、生産性を飛躍的に高めるRPAの特徴がつづられており、「これは使える」と直感的に思いました。使いこなしていくなかで、将来的には自分たちで運用できるようになる「人材育成効果」も、導入を決めた理由のひとつです。市がRPA人材を育成できれば、役場内での導入効果とセットで地域の企業にノウハウを展開できる。IT化施策の最終的な目的は地域での産業創出ですから、その一助になると考えたのです。
そこで現場に指示を出し、昨年夏からRPA導入の検討に着手。実証実験は新年度を待つことなく、今年1月から開始しました。導入にあたってはいくつかの製品を比較し、機能面で圧倒的に優位だったUiPath社製を選定しています。
―実証実験の具体的な内容を教えてください。
パイロット事業として、3業務を選定しました。自治体では、業務別に各種システムが導入されていますが、これらのベンダーが全部異なるため、「システム間の連携ができていない」という状態はよくあることです。個別最適を追求した結果、全体最適から乖離し、ムダな作業が発生してしまっているのです。こうしたシステム間の連携は従来、人海戦術でカバーしていました。そうした部分に今回、RPAを活用したのです。
「カルチャーショック」との声も
―実験の結果はいかがでしたか。
3業務合計でじつに188時間の削減効果がありました。率にすると52%の削減です。結果をみた職員からは、「カルチャーショックだった」との声が聞かれました。それも当然で、従来は大量の臨時職員を雇って短期間に処理していた業務が、帰宅時にキーを押すだけで翌朝にはできあがっているのですから。結果を受け、本格運用に向けてRPA適用業務を新たに募集したところ、予想を大きく上回る数の業務が寄せられました。職員の期待の高さが表れています。
そこで、スピード感をもって本格導入への移行を決定。今年度内の2月には運用開始する予定です。部署横断的にメンバーを募り、総勢15人ほどのRPA推進母体をつくりました。この人材を育成し、市全域にRPAの導入効果を訴求できる体制をめざします。そして、自治体間競争にも勝ち抜ける「IT先進地域」加賀市をつくり上げていく考えです。
PRAに関しての様々な自治体が取り組んでいる事例や実証実験ついては下記の自治体通信Onlineを参照していただきたい。様々な自治体によるレポートをしている。
事例
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深刻な人口減少を突きつけられ、多くの基礎自治体が業務改革を迫られている。その危機感は広域自治体でも同じだ。茨城県では、民間のIT企業勤務を経て昨年9月に就任した知事の大井川氏が、IT活用による業務改革を最前線で指揮している。その茨城県が8月からRPA導入に向けた実証実験に入った。推進する業務改革は今後、どのような展開をみせるのか。RPAに期待する効果や今後の県政ビジョンについて、同氏に聞いた。
本来の業務に力を注げる
―IT活用による業務改革を推進している背景を教えてください。
人口減少が進むなか、「これからの十年間になにをするか」で、茨城県の将来が大きく方向づけられると考えています。本県を「活力があり、県民が日本一幸せな県」とするため、知事就任以降、「挑戦」をキーワードに、これまでの考え方に縛られずに大胆に発想を転換してきました。IT化の挑戦もその一環です。職員の業務負担が増しているなか、ITの活用で内部事務を合理化できれば、県の発展や県民のためになる本質的な仕事に集中できます。さらに、そうした挑戦は市町村や地元企業に向けた「働き方改革」のショーケースにもなると期待しています。
―そのなかで、RPAの導入を決めたきっかけはなんですか。
業務改革の一環として、定型的業務の生産性をより向上させたいと考えたからです。昨年度、本県では事務事業の棚卸しにより約300項目、約100人分の事務を削減しています。そこへさらにRPAを導入することで、入力作業や情報収集、データ突合などの作業を自動化できれば、職員を単純な業務から解放できます。職員が本来取り組むべき政策立案や対外的な調整などの業務に、これまで以上に力を注げることは大きな魅力です。
―導入に向けて、これまでどのような動きをしてきたのですか。
まずは、庁内向けに実際にデモンストレーションなどを行う説明会を開催しました。その後、実証実験を企画。対象業務を幅広く募ったところ、各所属から60以上の業務について提案がありました。たとえば、本庁から出先機関へ予算の令達を行う業務。出先機関を多く抱える所属では、四半期に一度、予算額を費目ごとにシステムへ入力するだけで1週間を費やしています。また、国民健康保険の業務では、市町村から提出されたデータをチェックし、国のシステムに入力するのに、職員9人が1週間がかりで処理しています。
RPA導入により、こうした定型的業務が大きく省力化できると期待しています。現在、提案された業務の性質や削減見込時間などを基準に、5業務程度に絞り込み、8月6日から約3ヵ月の予定で実証実験を行っているところです。
「挑戦する茨城県庁」
―実証実験では、どのような効果を期待していますか。
県庁業務は、住民からの申請に基づく定型業務が多い市町村とは異なり、施策立案や部門間調整の業務が中心となります。一方で、全庁的な「基幹業務システム」はなく、部門ごとに独立したシステムが併存しています。そのため、複数のシステムを横断して事務処理を行うケースがあります。ベンダーが異なるシステムの統合・改修には膨大なコストと時間、リスクが伴います。その点で、RPAは比較的スピーディに導入でき、既存システムを活用しながら低コストで自動化処理ができるので、本来の目的である生産性向上にいち早く寄与できると期待しています。
―今後の活用ビジョンを聞かせてください。
RPAはすでに多くの民間企業で導入実績があることから、職員の負担を軽減できると確信しています。実証実験の結果を踏まえ、来年度からはさらに多くの業務に適用させていく考えです。また、RPAの対象業務を選定する過程で、業務プロセスを見直し、必要性を検証することは、今後も業務改善を進めていくうえで、大きな財産になるでしょう。さらに、新しいことでも恐れずに挑む「挑戦する茨城県庁」づくりに向けた職員の意識改革が進む、ひとつのきっかけとなることを期待しています。