林業のコペルニクス的転回で「山を動かす」
―就任以来、さまざまな産業振興策に力を入れてきました。
2000年代、鳥取県は大手電機メーカーの撤退で、発展形態が転機を迎えました。知事就任翌年のリーマン・ショックによる雇用低迷も重なったこともあり、本格的な産業構造の転換に力を入れてきました。航空産業や自動車部品産業、食品加工業など新しい産業の柱を育ててきました。その過程で、大事にしてきた理念は、「身近にあるものを資源として活かす」。それが、地域発展の近道ではないかと考えたからです。
鳥取県にとって身近にある資源とはなにか。もっとも代表的なものが、森林なんです。中国地方最高峰の大山に代表される山地、森林資源に恵まれ、長い歴史に支えられた林業があります。育てるべき新たな産業分野のひとつに林業を据えるのは、自然な流れでした。
―しかし、日本の林業は外材に押され、長らく低迷を余儀なくされてきた歴史があります。
鳥取県も例にもれず、外材との競争によって県産材の需要は低迷。森林の手入れも放棄され、山は停滞していました。
そこで、まずは「山を動かす」ことが重要だと考え、林業のコペルニクス的転回を図りました。林業や木材加工業に光を当て、県産材の需要を喚起して流通を促進。同時に、産業基盤たる森林の整備も行い、林業の産業サイクルが回る仕組みをつくりだすところから始めました。
森林保全をともなう「治山」と「砂防」を一体で進める
―具体的にどのような政策に着手したのですか。
県産材の需要喚起については、「木づかいの国」というキャッチフレーズを掲げ、県産材活用住宅には最高100万円の助成を実施。この5年間で、県産材を使った住宅は2倍以上に増えています。
また、県産材を使った新たな素材の開発を促し、木材需要を喚起。県内を舞台に民間企業が取り組んだ「木材総合カスケード利用」事業も積極的に支援してきました。木材の利用効率が向上すれば、低コスト化が進み、木材マーケットが広がると期待したからです。事業の成果として最近、未利用材を使った画期的な土壌改良材が開発されており、各方面での活用が進んでいると聞きます。
一方で、林業活性化には、需要・用途開発のほかにもうひとつ、重要なことがあります。それは、防災基盤としての森林をいかに保全し、整備するかという視点です。
―詳しく教えてください。
森林は単なる産業資源ではなく、私たちの生活基盤でもあります。近年、各地で生活を脅かす大規模な自然災害が多発しています 森林の保全は、林業基盤を守るだけではなく、「防災の砦」となって県民の生活を守ることにもつながります。森林を最大の資源とする鳥取県ではそうした理念のもと、森林保全をともなう治山事業と砂防事業を一体のものととらえ、専門的、体系的に森林の保全、整備に取り組んでいるのです。
林業活性化を掲げ、森林資源の保全・整備を重点的に進めてきた鳥取県。林業を主産業として飛躍させ、これらの産業の再生を通じて森林の適正な整備・保全を促進しながら、森林の多面的機能が高度に発揮されることをめざしてきた。その事業を担当する日野振興局副局長である伊藤氏に、事業の内容やねらいなどについて聞いた。
試験導入した土壌改良材に植物の生長促進効果を期待
―どのように林業を再生し、地域経済の発展につなげたのですか。
植栽木は大きく育ちましたが、切り出す道がなく、小規模・分散所有のため生産性が低く、収益が上がらない林業に、森林所有者は関心をなくしていました。そこで、日野振興局と日南町、森林組合が連携して林道などを整備。森林の団地化にも励み、高性能林業機械の整備に取り組みました。その結果、低コストに搬出される間伐材は、平成27年時点で年間6万㎥に達し、県全体の30%を占め、森林所有者の所得向上と地域住民の多くの雇用を生みました。
―林道事業の概要を教えてください。
「県内の林業を活性化させる」との方針のもと、木材の主要産地である日南町で大規模な林道建設を進めています。平成7~34年の期間で、1万7,000mの林道を建設する計画です。林道建設では、掘削や盛土斜面を降雨などから守り、侵食や崩落を防ぐための法のり面めん工事が重要です。そこで、今回の計画では、県内で新たに開発された土壌改良材を試験的に採用し、その効果を検証しています。
―どのような材料ですか。
日南町内の製材工場から排出された未利用材や端材を、燃料としてではなく、マテリアルとして利用するために開発された材料です。特殊処理した土壌改良材で、優れた透水性、保水性を発揮します。法面に設置する植生マットの基材として使っていますが、短期間で植物を生長させる効果を検証しています。この効果に期待し、日野振興センターが手がける2ヵ所の事業の法面工事で試験しています。
県産材の有効活用が評価され産業創出モデル事業に
―そのほかの事業での利用についても教えてください。
米子市から境港市にかけての美保湾沿いには、総延長7kmを超える海岸松林があります。この松林が、平成22~23年にかけての豪雪により、7000本もの雪折れ被害を受けました。このため、県では、民間団体の協力を得て、2万本の松苗を植栽し、松林を復活する計画を進めています。参画いただいている団体の中には、この特殊処理した土壌改良材を使用しているところもあり、海岸林の生育を期待しているところです。
―そのほか、林業活性化に向けてどのような活動をしていますか。
平成28年11月に日南町や森林組合、民間企業などが共同でカスケード利用のプロジェクトを立ち上げました。未利用材を次の用途に回して活用する、樹冠から根株までの全てをマテリアル(原材料)利用するというものです。未利用材から生まれた土壌改良材が、土壌改良材として高い付加価値を発揮し、自然に帰り、また森林を育てる。これにより、これまで捨てられてきた資源が、逆に地域にお金を生み出す資源となってきた。この自然循環と経済循環の仕組みが評価され、林野庁の産業創出モデル事業にも採択されました。この土壌改良材がキーマテリアルとなることで、県が進める林業活性化というビジョンの実現に大きな役割を担ってくれるものと期待しています。
森林資源を、県民の生活基盤を守る「防災の砦」ととらえ直し、整備を進めてきた鳥取県。
そうした森林がもつ防災機能への再評価はいま、全国で広がっている。その背景について、2人の学識者に聞いた。
飛砂、潮風による災害に対して造成された海岸林は、400年の歴史のなかで、その防災効果を発揮してきました。しかし、東北地方では東日本大震災における津波被害で、海岸林が一部で壊滅的な被害を受けました。そこで現在は、学界の専門的な知見も駆使しながら、津波や高潮、飛砂や潮風に強い海岸防災林の造成が急ピッチで進んでいます。技術的には、抵抗性クロマツの生産技術、形状比の小さな個体で形成される樹木造成法などが研究されています。
あわせて、ここで重要視されているのが、生態系の視点です。海岸林を造成する土壌の多くは砂地であり、貧栄養で保水性が極端に小さいという、植物にとっての悪条件が揃っている。森林造成には土壌改良も必要となりますが、海に流出する可能性を考えると、材料は生分解性でなければならない。しかも、地域の生態系を乱さないように、地元産出の材料をリユースすることが、もっとも望ましい。鳥取県が地元で開発した土壌改良材を活用して海岸林整備を進めていることは、きわめて理にかなった施策といえます。
海岸林とそれを含む一帯は、「里山」ならぬ「里浜」と呼ぶべき場所。地元住民の生活と密接にかかわってきました。将来的な維持・管理も考えると、海岸林整備に市民参加をうながす仕組みも重要です。地元の市民団体やボランティアを巻き込んだ鳥取県での事業は、海岸林の大切さを浸透させる環境教育の一環として大きな意味のあることです。
昨年発生した九州北部での激甚災害をはじめ、全国各地で豪雨災害が多発している昨今、あらためて森林管理、治山事業の重要性がクローズアップされています。森林の健全化が土壌を強固にし、降雨に対する浸透、保水能力を高め、山地表面の侵食や山腹崩壊を防いでいる。その事実を前に、多くの自治体で治山事業の重要性が見直されています。
とくに、東日本大震災の津波被害地や、熊本地震による山地崩壊の復旧現場では、緑化や森林造成を進めることで土砂流出を防ぐ取り組みが進んでいます。その際、次なる災害を防ぐうえで重要なのは、山腹を早期に安定化させること。そうしたなか、注目されるのは、新開発の国産の土壌改良材が、植物の生育促進に大きな効果を発揮することが確認されている点。各地の治山事業で採用が進んでいます。
近年、「森林飽和」というキーワードが語られています。過去400年の中で、国内の森林資源量は現在が最大になっているのです。一方で、林業の衰退で適切な間伐が行われなくなったことで、逆に「治山効果が低下している」との指摘もある。適切な間伐をうながすには、新たな利用価値を発掘し、木材の需要を喚起することが不可欠です。その意味でも、木材の有効活用に挑戦し、土壌改良材という成果物を生み出した鳥取県での取り組みは重要です。その土壌改良材が次の時代の森林育成に寄与し、資源の好循環を生み出す点も高く評価できます。