捕獲罠で成果を出すも、担当者の負担増が課題に
―猪苗代町における農作物の鳥獣被害について聞かせてください。
当町は、猪苗代湖や磐梯山といった豊かな自然環境に恵まれた典型的な中山間地域ですが、そのぶん野生動物も多く、ニホンザルやツキノワグマなどによる農作物被害を受けてきました。水稲やソバといった主力産品を中心に年間約400万円にのぼる被害はもとより、農家の営農意欲の減退や耕作放棄地の拡大にもつながる鳥獣被害問題は深刻な悩みでした。そこで当町では平成22年度から、野生動物の生態や被害対策の知識をもった専門員を農林課に配置。福島県内の自治体では初めての試みでした。
―専門員の配置により、どのような対策を進めてきたのでしょう。
まずは、野生動物の生息状況や行動域、被害状況などを調査し、鳥獣被害対策の精度を高め、実効性をあげました。被害の中心はニホンザルによるものですが、町内に11の群れが生息し、個体数は増加傾向にあるうえ、行動圏が広がっていることがわかってきました。そこで、電気柵などの侵入対策のほかに、捕獲に本腰を入れました。行政として個体数調整の計画を立て、町が委嘱した駆除員など約30人の実施隊を組織し、町内に箱罠35基、くくり罠150個を設置しました。
―成果はいかがでしたか。
被害の抑制に一定の成果をあげることができています。一方で、駆除員や農林課職員の負担増という問題が浮上してきました。対策が成果をあげるにつれて出動機会が増えますし、捕獲の成否にかかわらず、山間部で広範に設置されている罠を毎日見回るのは、それ自体が大きな負担となるからです。生態調査のため、捕えた個体に発信器をつけて放す場合、捕獲後迅速に処置しなければ個体が衰弱してしまいます。そのため、本来は頻繁に罠を見回る必要がありました。
そこで当町では昨年、担当者の負担軽減を狙い、罠の作動を無線で知らせる遠隔監視装置を導入しました。
電波到達距離は最大200㎞
―導入の決め手はなんでしたか。
まずは、電波到達距離が最大200㎞にもおよぶ通信範囲の広さです。町域の多くが山間部で、町内には携帯圏外の地域も多くあります。そうした環境でも、この通信範囲の広さによって、親機のほか、中継機わずか1台で町内の罠すべてをカバーすることができています。また、携帯回線ではないので通信料が無料など、導入・維持コスト負担が圧倒的に少ない。導入前には、開発元が協力的に実証実験を行ってくれ、効果を実感することができ、正式に予算化を決めました。
―導入効果を聞かせてください。
システム導入で担当者の負担は大きく減ったうえ、捕獲後の個体への迅速な発信機装着も可能となり、生態調査の充実にもつながっています。猟師や駆除員が高齢化する将来を考えると、ICTの活用はまさに鳥獣被害対策の救世主といえます。現在、支援企業では、この通信網と連動した野生動物の生態調査用首輪型GPS発信機も開発中と聞きます。こうした最新機器を活用し、鳥獣被害対策の実効性をさらに高めていきたいです。
発想次第で大きく広がる、“獣害”対策用通信網の可能性
前ページの猪苗代町と同様、ICTを活用した鳥獣被害対策に取り組んでいるのが、美作市(岡山県)だ。市内では早くから獣肉処理施設を運営。鳥獣被害対策を地域振興につなげ、注目を集めてきた同市だが、ICTの導入で鳥獣被害対策はどのような成果をあげているのか。同市担当者に、対策の現状、ICT化の効果と今後の展開などを聞いた。
遠隔監視装置の導入で、捕獲頭数は増加傾向に
―美作市では早くから鳥獣被害対策に力を入れてきたと聞きます。
福原:はい。現在でもシカやイノシシによる農作物被害は年間2,000万円近くありますが、かつてはさらに多かったのです。捕獲には早くから着手し、平成27年のピーク時にはシカとイノシシを合わせた捕獲頭数は7,200頭を超えました。一方、捕獲に力を入れる傍ら、平成25年に獣肉処理施設「地美恵(ジビエ)の郷みまさか」を建設し、捕獲した個体の利活用にも取り組んできました。
―捕獲にはどのように取り組んでいるのですか。
大坊:森林政策課と支所の職員も含めて15人ほどが、地元の猟師と連携し、各所で罠を設置し見回っています。ただし、猟師の高齢化にともない、見回りの負担が増しています。罠の見回りには、自動車でも数時間を要し、遠隔地も複数ありますから。また、捕獲以外の業務が多い職員にとっても、見回り作業の効率化は、かねてよりの課題でした。そこで、平成29年3月から捕獲罠遠隔監視装置を導入しています。
―導入効果はいかがでしょう。
大坊:見回りの労力は格段に減りました。無線による捕獲通知を受け、猟師は事前準備を整えたうえで必要な罠にだけ向かえばよくなりました。労力の軽減によって、「より多くの捕獲が期待できる遠隔地にも罠を仕掛けよう」との意欲をもつ猟師も増えています。
福原:また、ジビエの確保という点でも効果は大きいです。システムの導入で、捕獲直後の新鮮な個体を安定して処理施設にもち込むことが可能になりました。実際に、システム導入後は捕獲頭数、もち込み頭数ともに増加しています。
大坊:さらにいえば、利用者の評価も高いです。現在、システム更新のために一時的に監視装置を回収しているのですが、猟師からは「いつ戻してくれるのか」との問い合わせが多く来ているほどです。
遭難対策やスマート農業にも
―今後、システムをどのように活用していきますか。
大坊:すでに効果が確認されている鳥獣被害対策はもちろん、この通信網を多用途に展開する可能性も模索しています。たとえば、電波不感地帯における登山者の遭難事故対策など。登山シーズンには近隣で滑落・遭難事故が複数件起きていますが、遠隔捕獲システムに使われている強力な通信網とGPS機能を活用すれば、安全対策としての効果は高いでしょう。
福原:ほかにも、スマート農業への活用も考えられます。水田の温度や水位の管理に無線通信を活用できれば、農家の労力は大きく軽減できます。鳥獣被害対策を通じて支援してきた農家にとって、さらなる強い味方となれるはず。発想次第で、可能性が大きく広がるシステムだと感じています。