※下記は自治体通信 Vol.26(2020年10月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
災害心理学に、「安全性バイアス」という言葉がある。異常事態に直面しても、「正常の範囲内である」と判断し、平静を保とうとする人間心理のことだ。パニックを防ぐために必要な心の働きである一方、自然災害時の危険を過小評価し、避難行動に遅れが出る原因にもなりえる。そこで大切なのが、各自治体による的確で迅速な避難情報の提供だ。
多くの自治体では、国や都道府県のシステムを通じて気象情報を収集し、状況を分析したうえで、避難情報を発令するかどうかの判断をしている。しかし近年、局地的豪雨など気象状況の急変が全国各地で頻発している状況を考えれば、広域的な情報だけでなく、自治体内の降雨状況を網羅的かつ迅速に把握しなければ、的確な避難情報を提供することは困難な状況だ。
この企画では、独自の気象観測システムを導入することで、「水害」に対する備えを強化する先進的な自治体事例を紹介する。
市内に鬼怒川、小貝川という2本の一級河川が流れるつくばみらい市(茨城県)では、河川の水位情報が避難対策を判断する大きな材料になるという。同市では、その判断を迅速化するために、新たな気象観測システムを導入した。これにより、地域の防災力強化を目指す市長の小田川氏に、システム導入の効果や今後の期待などを聞いた。
つくばみらい市データ
人口:5万1,981人(令和2年8月1日現在)世帯数:2万1,092世帯(令和2年8月1日現在)予算規模:293億4,820万7,000円(令和2年度当初)面積:79.16km²概要:平成18年3月に旧伊奈町、旧谷和原村が合併して誕生した。東京都心から40km圏に位置する。平成17年8月には、東京・秋葉原とつくば市を結ぶ首都圏新都市高速鉄道「つくばエクスプレス」が開業し、市内の「みらい平駅」周辺ではマンションや商業施設などが整備され、新たなまちづくりが進められている。
周辺自治体の情報も参考に、躊躇なく「避難指示」を発令
―つくばみらい市では、水害防止にどう取り組んでいますか。
当市では、河川の水位情報を特に注視しています。なぜなら、市の面積のうち4割以上を占める水田地域のほとんどが、浸水想定区域となっているからです。これまでは、国土交通省からの公表データで河川の水位情報を収集していましたが、平成27年9月の「関東・東北豪雨」では、これまで経験したことがない局地的豪雨により鬼怒川の堤防が決壊し、床上浸水の被害が14棟発生してしまいました。そこで、新たな対策を検討することにしたのです。
―どのような対策でしょう。
雨量情報をリアルタイムで収集できるシステムの導入です。じつは、これまで雨量情報を収集していた県の観測器では、リアルタイムでの収集ができていませんでした。「関東・東北豪雨」のような被害を今後出さないようにするためには、河川の急激な水位上昇を事前に予測し、先手を打った避難対策が重要です。そのためには、どこで、どれくらいの雨が降っているかを詳細かつリアルタイムで知る必要があると考えたのです。
そこで、昨年6月に明星電気の『POTEKA』を市内10ヵ所に導入しました。
―導入の決め手はなんでしたか。
周辺の取手市や常総市のほか、県内約20の自治体が『POTEKA』を導入しているため、これらと連携し、広域的に雨量情報を収集できると考えたからです。『POTEKA』を導入すれば、ほかの導入自治体の観測情報も専用サイトの『POTEKA NET』を通じて閲覧できるのです。たとえば、当市よりも鬼怒川や小貝川の上流部に位置する自治体の雨量情報を収集すれば、今後の水位状況の参考にもできます。
実際、昨年発生した2つの台風で、緊急度がもっとも高い「避難指示」を躊躇なく発令できたのも、『POTEKA NET』により、確度の高い避難判断ができたからだと考えています。
先に紹介した、つくばみらい市同様、独自の気象観測体制を構築した自治体のなかには、エリアごとの詳細な観測情報を、局地的豪雨への対策に活かしている事例がある。瑞穂町(東京都)だ。ここでは同町担当者に、システム導入の背景やその効果などを聞いた。
瑞穂町データ
人口:3万2,636人(令和2年8月1日現在)世帯数:1万4,947世帯(令和2年8月1日現在)予算規模:222億5,422万2,000円(令和2年度当初)面積:16.85km²概要:東京都心から西へ約40kmの場所に位置する。令和2年は町制施行80周年の節目の年。東部には狭山丘陵が広がり、豊かな自然に恵まれている。町の中心部から北側には、都内随一の生産量を誇る東京狭山茶の茶畑が広がり、「東京のお茶処のまち」として知られている。
観測情報はグラフ化され、各エリアの状況が一目瞭然に
―独自の気象観測システムを導入した背景を教えてください。
頻発する局地的豪雨による水害リスクに備えるためです。近年、たとえば庁舎付近は大雨なのに、違う場所では雨が一滴も降っていないという現象が以前よりも増えました。さらに、平成28年8月の台風9号の際は、1時間あたり120mmの猛烈な雨が降り、床上浸水の被害や土砂災害も発生するなど、避難対策強化の必要性を痛感。これまでの気象庁や東京都の観測データだけでは、避難対策が後手に回ると感じるように。そこで、局地的豪雨の対応を迅速化するため、エリアごとの雨量情報をリアルタイムで把握できる明星電気の『POTEKA』を平成30年6月に導入したのです。
―どのように運用しているのでしょう。
町内の7ヵ所に設置した『POTEKA』の情報を参考に、まずは、避難情報の発令を検討する「非常配備態勢」を庁内に敷くかどうかを判断しています。今年の6月6日は土曜日でしたが、設定した危険値を超す雨量が『POTEKA』で検知されたため、防災対策にかかわる関係者をすぐに招集し、「非常配備態勢」を敷きました。避難情報を発令するまでにはいたらなかったものの、局所的には浸水が発生しており、その対策を迅速に講じることができました。
―今後、水害防止の取り組みをどう強化しますか。
『POTEKA』の観測情報は、専用サイトの『POTEKA NET』で、地図上にさまざまな形式で表示されます。その機能を活用し、避難対策の機動力をさらに高めたいです。たとえば、エリアごとに時間経過後の積算雨量を自動集計し、グラフ化して比較できる機能があります。各エリアの状況がひと目でわかるため、避難対策を優先すべきエリアの判断を迅速化できます。そのほか、『POTEKA』の設置付近の地図と、雨量分布の様子がわかる気象庁の雨量レーダーをひとつの画面上に重ね合わせて表示する機能もあるため、「このエリアの強い雨は2時間程度続くだろう」といった予測もできます。『POTEKA』の情報を多角的に分析し、「住民の命と財産を守る」という責務をまっとうする水害対策に取り組みます。