※下記は自治体通信 Vol.51(2023年7月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
脱炭素化の機運が高まるいま、地域経済の発展とCO₂排出量の削減をいかに両立させるかは、多くの自治体が抱える共通課題となっている。こうしたなか、佐賀市(佐賀県)では、清掃工場が排出するCO₂を植物の生育増進に活用する事業を展開し、CO₂排出量削減と企業誘致を成功させている。現在はさらに、事業の持続可能性を高めるためのソフトウェア開発も進めているという。取り組みの詳細を、同市の担当者2人に聞いた。
[佐賀市] ■人口:22万8,467人(令和5年6月末日現在) ■世帯数:10万3,797世帯(令和5年6月末日現在) ■予算規模:1,606億5,100万円(令和5年度当初)
■面積:431.82km² ■概要:平成17年に、旧・佐賀市と諸富町、大和町、富士町、三瀬村が合併して誕生。平成27年には、シギ・チドリ類飛来数が日本一とされ、紅
葉する塩生生物「シチメンソウ」が自生する「東よか干潟」が、ラムサール条約湿地に登録された。また同年には、日本初の実用蒸気船が造られた「三重津海軍所跡」
が、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」のひとつとして、世界文化遺産に登録された。
佐賀市
政策推進部 バイオマス産業推進課 藻類産業推進室長
前田 修二まえだ しゅうじ
佐賀市
政策推進部 バイオマス産業推進課 藻類産業推進室 主査
川原田 格かわはらだ ただし
企業が関心を寄せてくれても、事業の採算性を示せなかった
―佐賀市が、CO₂を植物の生育増進に活用する事業に取り組んでいる背景を聞かせてください。
川原田 当市では市町村合併に伴い、複数の清掃工場を平成26年に「佐賀市清掃工場」へ統合しましたが、周辺住民からは、集積されるごみに対して不安の声が上がりました。そこで当市は、「迷惑施設」と思われがちである清掃工場を地域に歓迎される施設にしたいと考え、清掃工場に新たな付加価値を生み出す取り組みを検討し続けてきました。検討を進めるなかで、ごみ焼却時に発生する熱やCO₂を資源として利活用する「CO₂分離回収事業」を考案しました。
前田 平成28年には、清掃工場の敷地内にCO₂分離回収施設を追設したうえで、CO₂の供給先として藻類培養施設や植物工場などの誘致を始めました。もともと水田が広がっていただけの清掃工場の周辺にはいま、ヘマトコッカス*の培養施設や、イチゴ、キュウリなどの農園が集積し、50億円以上の経済波及効果が生まれたと試算しています。このCO₂分離回収事業は市内外から大きな注目を集め、さまざまな事業者や自治体が視察に訪れました。しかし、我々はそのたびにある課題を感じるようになっていました。
―どういった課題でしょう。
前田 どの程度の熱やCO₂が植物の栽培で必要とされ、それらを資源として活用することでどのくらいの経済価値を生み出せるのかという、いわば「エネルギーの需給状況」を定量的に把握できていなかったことです。せっかく多くの企業が当市の事業に関心を寄せてくれても、ビジネスとしての採算性を判断するためのデータを提示する術がなかったのです。
川原田 そうしたときに、我々の課題解決に資する貴重な提案をくれたのが誠和でした。同社は、施設園芸に関する知見が豊富なため、それまでも当市のCO₂分離回収事業に関する講演に、栽培技術のプロとして登壇してもらっていました。その同社から、循環型エネルギーに関するデータを「見える化」する提案を受けたのです。そこで令和4年度から、当市と誠和、佐賀県農業試験研究センターの3者連携により、「循環型エネルギー活用ソフトウェア」の開発に着手しました。この取り組みは、関東経済産業局の「Go-Tech事業*」に採択されています。
※ヘマトコッカス : 強い抗酸化力を有するアスタキサンチンを含有し、健康・美容への高い効果が期待されている微細藻類
※Go-Tech事業 : 「成長型中小企業等研究開発支援事業」の略称
共通言語となるデータを介し、脱炭素と経済活性化を目指す
―どういったソフトウェアの開発が進んでいるのですか。
川原田 CO₂の供給量や、生産したい植物、栽培条件などの項目をフォームに入力すると、熱やCO₂を活用した場合の「温室効果ガス削減量」や「栽培コスト削減量」「植物のCO₂吸収量」といったデータが表示されるものです。これを使えば、さまざまな条件をもとに具体的な省エネ効果や経済効果を算出できるため、採算性を考慮した、より持続可能性の高いCO₂分離回収事業を実践できるようになるでしょう。
前田 熱やCO₂の供給者と、それらを活用する需要者の双方が使いやすいツールにするため、我々は「アドバイザー」としてソフトウェアのユーザビリティ向上に取り組んでいます。これにより、データという「共通言語」を介し、行政や工業関係者、農業関係者が「脱炭素」や「新産業創出」といった目標に向けて協働できる仕組みになると期待しています。このソフトウェアは令和5年度末に、一般へ向けてリリースされる予定です。このソフトウェアを介し、当市が生み出したCO₂分離回収事業の成功事例を全国に広めていきたいと考えています。
農業における循環型エネルギーの活用②
農業生産性の底上げにも期待。データ活用に感じる大きな可能性
ここまでは、「CO₂分離回収事業」の一環として、「循環型エネルギー活用ソフトウェア」の開発を進めている佐賀市の取り組みを紹介した。ここでは、CO₂を利用する農業領域の立場からソフトウェア開発に参画している佐賀県農業試験研究センターを取材。取り組みがもつ意義などについて、担当者2人に聞いた。
[佐賀県] ■人口:79万5,378人(令和5年6月1日現在) ■世帯数:31万8,959世帯(令和5年6月1日現在) ■予算規模:7,430億4,800万5,000円(令和5年度当初)
■面積:2,440.67km² ■概要:九州の北西部に位置し、東は福岡県、西は長崎県に接し、北は玄界灘、南は有明海に面する。肥前国風土記によると、「佐賀」の名称は、クスノキが茂っているようすをヤマトタケルが見て、「この国は栄の国(さかのくに)と呼ぶのがよい」と話したことが由来。朝鮮半島まで直線距離で約200kmと近接し、大陸文化の窓口として歴史的、文化的に重要な役割を果たしてきた。
佐賀県 農業試験研究センター
野菜・花き部 野菜研究担当(栽培) 係長
中山 裕介なかやま ひろすけ
佐賀県 農業試験研究センター
野菜・花き部 野菜研究担当(栽培) 特別研究員
光武 美和みつたけ みわ
生産性最大化に必要な条件を、シミュレーションできる
―「循環型エネルギー活用ソフトウェア」の開発に、どのようなかたちで参画していますか。
光武 ソフトウェアが提供するシミュレーション結果の精度を高めるため、農業の研究機関としての立場から検証を行っています。シミュレーションの対象は、イチゴ、キュウリ、トマト、ナス、パプリカの5品目で、いずれも誠和が自社農場で国内トップレベルの収量を達成した際の栽培条件がベースとされています。そのため、作物の生産性を最大化させるために必要な熱量やCO₂量でシミュレーションすることが可能です。我々は、そのシミュレーション結果が一般的な栽培条件にも応用できるかといった観点から信頼性などを検証しているのです。
中山 また、実際にこのソフトウェアを使用する農業分野のユーザーの立場に立って、活用のしやすさや操作のしやすさなども検証しています。
新規就農者の、誘致強化にもつなげられる
―ソフトウェアの開発にはどのような意義がありますか。
光武 CO2₂分離回収技術の実用事例がまだまだ少ないいま、エネルギー需給量を「見える化」する取り組み自体が先進的だと考えています。そうしたなか、工業と農業の間でデータを橋渡しするこのソフトウェアは、循環型エネルギーの有効活用を促し、新たな産業の創出にも寄与するという大きな意義があると考えています。
中山 佐賀県では、令和10年に園芸農業産出額888億円を目指す「さが園芸888運動」を展開していますが、開発中のソフトウェアは、この大きな目標の達成にも寄与するものと期待しています。具体的なコスト削減効果や省エネ効果を客観的なデータとして提示できれば、新規就農者を誘致する際により説得力のある提案を行えるようにもなるでしょう。生産性と就農者数、双方の底上げに貢献できるこのソフトウェアには、非常に大きな可能性を感じています。
信頼性のあるシミュレーションが、循環型農業の実現可能性を高める
北島 弘伸きたじま ひろのぶ
昭和48年、埼玉県生まれ。平成8年にトピーグリーン株式会社に入社。その後、平成11年にグリンテック株式会社に入社、平成16年に株式会社誠和へ転籍。令和3年より現職。おもにグリーンハウスのコーディネイトを担う。
新村 素晴にいむら すばる
昭和54年、栃木県生まれ。平成22年に群馬大学大学院工学研究科を修了後、信州大学に任期付研究員として勤務。平成24年、株式会社誠和に入社。令和4年より現職。おもに社長直属でシステム開発を担う。
―農業へのCO₂活用に関心をもつ自治体は増えていますか。
新村 はい。CO₂など廃棄エネルギーを活用する「循環型農業」に注目する自治体は確実に増えています。その背景には、脱炭素化の機運の高まりや、CO₂分離回収技術の実用化、清掃工場の老朽化に伴う移転・刷新計画などがあります。しかし、CO₂分離回収施設の設置には高額な費用がかかるうえ、事業の採算性を定量的に評価する仕組みがないため、検討が頓挫してしまうケースも少なくありません。CO₂の供給者と需要者の双方において、「CO₂をいくらで売買すれば採算が合うかわからない」という課題が存在するのです。
北島 そこで、こうした課題を解決するために我々が「Go-Tech事業」で開発を進めているのが、「循環型エネルギー活用ソフトウェア」です。
―特徴を教えてください。
北島 採算性を考慮しつつ、持続可能性の高い循環型農業を実践するために、3つの機能を搭載している点です。1つ目の機能は、「高生産性に必要なエネルギーを算出する」もの。これは、栽培施設に取り込むべき熱量・CO₂量や、そのコストを数値で示せるもので、全国800以上の地点から気温分布型を選べるといった細やかなシミュレーションが可能です。2つ目は、「被覆資材による省エネ効果を算出する」機能。施設園芸において省エネや生産性向上を実現するには、ビニールハウスの保温で代表的な役割を担う保温カーテンなど被覆資材の活用が欠かせません。そこでこの機能では、「どういった資材をどう組み合わせれば、暖房費をいかに抑え、温室効果ガスの排出をどれだけ削減できるか」といった比較を行えます。
新村 3つ目は、「資源循環がもたらす省エネ・経済効果を算出する」機能です。当社が特許を出願している独自の計算式により、化石燃料を用いて栽培する場合との単価の違いも考慮した、信頼性の高いシミュレーションを実現できます。
―自治体に対する今後の支援方針を聞かせてください。
北島 このソフトウェアのベースとなっているノウハウやデータは、すべて当社が創業以来、50年以上にわたって蓄積してきた農業技術に関する実績に基づいています。そのリアルなシミュレーションを提供することで、脱炭素化や農業の高付加価値化といった自治体の多様な課題の解決を支援します。