※下記は自治体通信 Vol.59(2024年7月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
令和2年度から開始された「会計年度任用職員」制度。従来から勤めていた臨時職員の処遇改善が図られる一方、扶養控除の「103万円の壁」を理由にシフト変更を望む職員が増え、多くの自治体で担当課の労務管理が複雑化した。そうした状況になることを懸念していた一宮市(愛知県)では、制度開始とともに同職員が行う業務の民間委託を決定。労務管理の負担軽減だけでなく、業務の質も高められているという。同市教育部の担当者に取り組みの詳細を聞いた。
[一宮市] ■人口:37万7,420人(令和6年6月1日現在) ■世帯数:16万8,599世帯(令和6年6月1日現在) ■予算規模:2,691億5,753万5,000円(令和6年度当初)■面積:113.82km² ■概要:愛知県と岐阜県との県境に位置し、濃尾平野の中間部で木曽川に面している。古くから絹や麻などの繊維業が栄え、「尾州織物」のブランドを確立。テキスタイルの世界三大産地にも数えられている。愛知県の喫茶店文化として有名な「モーニング」発祥の地でもある。
「労務管理の煩雑さ」に加え、「人員不足」の問題も浮上
―会計年度任用職員制度の開始により、どのような問題が懸念されましたか。
当初、困難が予想されたのは、市職員による会計年度任用職員の「労務管理」でした。当市では、61の公立校それぞれに事務員と用務員を配置しており、その数は100人以上と多いうえに、ほとんどがパートタイムのため、シフト調整をはじめとした労務管理がもともと煩雑でした。加えて、同制度によって給与が上昇した結果、扶養控除の「103万円の壁」でシフトを減らしたいという職員も出てくるだろうと考えられました。対策の1つとして、新たな人材の採用も考えられましたが、以前から働き手不足などが原因で、当市の募集だけでは人が集まらないこともわかっていました。その結果、労務管理の煩雑化と人員不足という2つの課題が生じ、これまでの人員体制では業務に支障をきたすリスクがあるという結論に至りました。
―これらの懸念された問題に対し、どのように対応しましたか。
市職員だけでは対応に手が回らないと判断し、民間企業の協力を得られないかと考えました。そこで、シフト調整を含む労務管理から人員確保まで、一括で委託できる事業者の選定に入りました。
総務課では令和2年度の制度開始を機に、従来より市で臨時職員として雇用していた学校の事務員や用務員が行う業務を民間委託することに決めました。制度開始後、総務課での負担軽減効果を聞いた生涯学習課も、令和4年度から公民館の会計年度任用職員が行う業務に民間委託を導入しています。それぞれの課で委託業者を検討し、ともに技研サービス社を入札で決定しました。ノウハウの継承を目的に、従来から市が雇用していた職員を優先的に面接・採用するという同社の提案は、同職員の安心感にもつながると考えました。
担当課の負担軽減だけでなく、住民に対する業務の質も向上
―一連の業務委託により、どのような効果を感じましたか。
まず両課による労務管理については、同社のマネジメントにより、シフト調整をはじめ、担当職員の負担が大幅に削減されました。また、人員不足の問題も改善されています。たとえば、急病などで公民館職員が休んだ場合、課の職員が直接赴いて、半日以上も滞在する事案が発生していました。委託後は、そうした状況に対応できる人員体制が構築され、本来の業務に集中できるようになりました。さらに、当初は想定していなかった効果も生まれています。
―どのような効果でしょう。
同社による研修や危機管理マニュアルなどの策定で、職員の業務の質向上も実感しています。実際、住民からのクレームも減少傾向にあります。学校や施設業務に精通する同社の人材育成によって、以前よりも住民に対する対応が細やかになったと感じています。今後も、住民の満足度を高めるために、業務委託を効果的に活用していく方針です。
「育成」を視野に入れた「採用」で、求める人材の確保を推進できる
棚橋 泰之たなはし やすゆき
昭和50年4月、岐阜県生まれ。平成10年3月に東海大学工学部を卒業後、株式会社技研サービスに入社。平成29年5月より現職。技研グループ代表も兼任する。
―会計年度任用職員制度で、自治体にはどのような課題が生じやすいのでしょうか。
同職員の給与アップで「103万円の壁」による勤怠の制限が生じ、従来の人員体制では対応しきれなくなる点です。特に、学校や公民館業務は、シフト調整をはじめとする担当職員の労務管理が煩雑化したうえ、自治体だけでは必要な経験をもつ人材確保が困難なため、人員不足が顕著になりました。
―どのように対応すればいいでしょうか。
同職員が任される現場の業務は、住民に直接応対する内容が多く、トラブルやクレームも生じやすいため、自治体が求める細やかな配慮ができる人材が必要になります。そのため、人材を募集するだけでなく、採用後の育成も重要だと考えています。しかし、担当課は多様な業務に追われ、雇用できても人材育成にまで手が回りません。これらの課題を解決するため、当社では、学校業務や施設管理の受託業務を40年以上続けてきたノウハウを活かし、自治体への支援サービスを提供しています。専門マネージャーによる労務管理受託のほか、事故防止や救急対応などの知識、住民への応対などを学べる研修やマニュアルで、つねに同職員の業務の質を改善し、自治体が求める人材確保につなげています。
―自治体に対する今後の支援方針を教えてください。
当社では、随時サービスの拡充を図っており、一宮市では学校業務の延長として、令和3年度から信書便*送達も承るようになりました。会計年度任用職員制度の運用に課題を感じている自治体は、ぜひご連絡ください。
*信書便: 信書とは、「特定の受取人に対して、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書」のこと。学校間や施設間などでやり取りされる文書などはポストなどに投函できないため、特定の事業者への依頼が必要になる