―飛騨市がこれまでに行ってきた観光政策について教えてください。
この飛騨地域は高山市や白川郷、下呂温泉など有名な観光地が多いのですが、当市は受け入れ態勢の面で遅れていました。そこで、世間のインバウンドの流れを取り入れるべく、海外へのプロモーション費用、ホームページなどの多言語対応の場合に補助金を出すという取り組みを行っていました。
―映画公開前に、「飛騨市が映画の舞台となる」という情報はどのようにキャッチしたのでしょうか。
当初は、「飛騨市が舞台になっているらしい」という不確かな情報しかありませんでした。まずそれが本当かどうか確認しようと、映画関係者の方々などと連絡をとり、試写会を観るところまでたどり着きました。行ったのは私ですが、飛騨市にある似た景色が登場していたのでとても感情移入して観ることができました。なにより、飛騨市の風景がとても美しく描かれていたのに感動しました。さっそく職場に伝えたところ、「なにかプロモーションをしていこう」と動き出しました。
試写会を観たのは2016年7月半ば。映画の公開は8月26日でしたから、わずか1ヵ月あまりで準備しなければなりませんでした。そのうえ、新たな予算があったわけでもないため、既存の予算のなかでやりくりすることになりました。
―具体的な取り組みを教えてください。
まずポスターをつくりました。『君の名は。』製作委員会の協力のもと、映画のワンシーンの画像を入れたもので、「飛騨市は『君の名は。』を応援しています。飛騨市の豊かな自然を満喫しよう!」のコピーも入れました。ポスターと同時に、A4にリサイズしたものもつくって市内各所や各地でのキャンペーンで示しました。また、大きな効果が出たのがSNSの活用です。正直、SNSがこれほどの反響があるとは思いませんでした。
―なにをしたのですか。
リアルタイム検索で「君の名は。」と検索すると、公開前にTwitterで聖地を探している方がいました。その方がキーパーソンになると確信し、公としてではなく個人名で「もしかしてここではないでしょうか」と画像とともにアップしました。すると公開直前には「舞台は飛騨市ではないか」とTwitterで話題になり、ものすごい勢いで情報が拡散していきました。そのためか、公開日直後から飛騨市に「聖地巡礼」で来られる方が増え、それがテレビや新聞などの国内外のメディアにも取り上げられました。当初は大学生など若年層が中心でしたが、公開2ヵ月目には家族連れや50、60代のシニア層まで幅広く来られるようになりました。台湾や香港、韓国、中国、アメリカなどでも公開されていったので、海外の方も来られるようになりました。
―プロモーションではどんなことに気をつけましたか。
聖地巡礼に来ている方を見てわかったのは、映画のなかの世界を追体験したいということでした。映画と同じ場所や風景を目にすることで、映画を思い出し、その世界に浸るという感覚です。そのため、「ここが映画に出た場所ですよ。見て行ってください」と押しつけがましく”案内する”のではなく、あくまでも映画と同じものを”見せる”ことに注力しました。
たとえば、映画にバス停のシーンがありました。ところが、前年にバス路線の見直しによって、バス停の標識がなくなっていました。会議の場で「標識ってもうないのかなぁ」という声が出ると、「それなら倉庫にまだある」と言うので、慌てて倉庫から取り出して映画と同じ場所に置きました。市長がそれをSNSで報告すると「神対応だ」と話題になり、一気に広まっていきました。
また、「おもてなし」にも気をつけました。映画で飛騨市図書館が出ており、聖地巡礼者はほぼ100%そこに寄られます。じつは巡礼者の推計値はここのゲートから算出しています。、一般的には図書館内の撮影は禁止が多いなか巡礼者が撮影したがっていることはわかっていましたから、飛騨市図書館では事前に受付で許可証をもらった方は撮影してもいいということにしました。受付時に「動画はNG」「利用者の方を撮影しないように」「静かに撮ってください」など、いくつかのお願いをすることで、地元の利用者に迷惑をかけることはありませんでした。そして、「写真をSNSに投稿する場合は、『飛騨市の図書館に来たよ』と書いてください」という貼り紙をしたところ、SNSで話題になり、さらに高い注目を浴びるようになりました。
―突然、まちに巡礼者が来るようになって、市民の人たちの反応はどうでしたか。
最初は「なんでこんなに人が来ているんだろう」という反応でした。市内に映画館がないので、なにが起きているのかわからなかったのです。やがてメディアが来るようになって、映画の影響だということがわかりました。映画の舞台なのに映画館がないというのが逆に話題となったので、配給会社の協力のもと上映会を開催したところ、これもまたメディアに取り上げられて話題になりました。
飛騨市の風景が美しく映し出されていたので、「飛騨市っていいところなんだ」と再認識した市民が多かったですね。その想いが、巡礼者への「おもてなし」にもつながっているように思います。
たとえばバスに乗り遅れた巡礼者を市民が車で駅まで送ってあげたり、バス停を掃除してくれていたり、雪の多い冬は歩きやすいようにと、自分の家でもない場所まで行って雪かきをしてくれたりしています。「野菜もっていきない」という人までいます。市からお願いしたわけではなく、いずれも市民自らが率先して動いてくれており、市民との心温まる交流もSNSで注目されました。この地域は良くも悪くも商売っ気がない地域で、その素朴さが都会の人たちに受けているようです。
映画で重要なシーンとして出る組紐(くみひも)づくりも、『さくら物産館』というところで体験することができます。ここのスタッフである地元のおばちゃんたちがとても気さくで、巡礼者の中にはお母さんのように慕って、リピーターになってお土産までもってくる巡礼者の方もいます。とっかかりは映画でしたが、それをきっかけに飛騨市の魅力に気づいてくれ、リピーターになるという良い循環が生まれつつあります。
―課題はありましたか。
ライセンスです。映画の映像や『君の名は。』という名前を、許可なく店の前に出してしまったケースがいくつかあり、お叱りを受けました。私たちも初めてのことでしたので、その部分は学ばせてもらいました。
―今後の展開を教えてください。
映画は一過性のブームではないかという声もありますが、当市では『君の名は。』をジブリ作品にも匹敵するくらいだと考えており、今後も『君の名は。』を応援し続け、ファン目線でプロモーションをしていきたいと思っています。
2017年2月から2018年3月までは、『君の名は。』の名シーンをラッピングした高速バスを、飛騨と東京、名古屋、大阪、岐阜を結ぶ4路線(どこかの路線に1台)で走らせています。「正式なマップがほしい」という巡礼者の声を受けて、映画のモデルスポットを入れ込んだ「飛騨古川散策マップ」も2017年3月に作成しました。
なんでも便乗しようというのではなく、自分たちのできることから始め、自分たちのペースでやってきたのが受けているように思いますので、今後も決して奇をてらわずに、飛騨市ができることを、飛騨市らしく少しずつできたらと思っています。