自分の学習成果や活動を自ら説明する能力が問われる
―長野県で進めている高等学校改革とはどのようなものですか。
本県では、平成30年度からの「総合5か年計画」のなかで「学びの県づくり」を基本方針にすえ、高等学校改革に取り組んでいます。この改革において柱となる施策のひとつがICT化です。平成29年度から、県立高等学校においてタブレット端末や電子黒板といったICT機器の整備を進めています。
そのうえで、ICT環境を学習・指導改善につなげるための施策として、「次世代型学習支援システムを活用した実践研究事業」を立ち上げています。
―詳しく教えてください。
県立高等学校において平成30年4月に入学した新1年生を中心に、88クラス3513人を対象に、学習支援システムを活用した新たな学習を開始しています。具体的には、学習用デジタル・コンテンツの提供による学習支援。さらには、ポートフォリオ機能を利用して、さまざまな学びや気づきを記録する「学習記録の蓄積」にも力を入れています。
―学習記録を蓄積する狙いはなんでしょう。
ひとつには、日常的に学習の記録を振り返れるようにすることで、「気づき」をえて学習成果を定着させるとともに、次の学びにつなげようという学習意欲の向上、生徒の「主体的な学ぶ力」を育成していく狙いがあります。
もうひとつの重要な狙いは、大学入試改革への対応です。大学入試改革によって、将来の入試は「調査書」「活動報告書」が重視され、自分の学習成果や活動を自分の言葉で説明する能力が問われる。そうした能力を発揮するためには、高校3年間の学習活動の記録を自身が把握していることが前提。ここに「学習記録の蓄積」に取り組む理由があります。
最大の教育効果を求め、先行導入校で計画的に検証
―民間ソリューションを選定した理由はなんですか。
いちばんは、ポートフォリオ機能において、教員からフィードバックや働きかけを行える仕組みが充実している点です。生徒が記録を蓄積していくだけではなく、次の段階として、そこに教員が介在し、「記録をどう活用していくか」の視点が盛り込まれている。県としては、ポートフォリオ機能を使って、「どのような蓄積データが生徒の能力育成に資するのか」「いつ、どのような働きかけをすれば教育効果を発揮できるのか」といった問題意識をもっており、先行導入した学校では、計画的に検証してもらう予定です。
これらの検証結果は教員たちにこそ参考になる情報であり、そこから多くを学ぶことで教員の指導力向上にも大きく寄与するものと期待しています。
生徒のキャリア形成を支援する指導材料に
―今後の教育ビジョンを聞かせてください。
大学入試改革では多面的・総合的評価への転換が掲げられています。その意義は十分に確認していますが、一方で実際の評価方法や仕組みについては明らかではない部分も残されており、教育現場には少なからぬ戸惑いがあるのも事実です。
そうしたいま、重要なのはまず個々の学校で特色のある教育を推進しながら、学習記録を蓄積し、記録を活用した指導実績を積み上げること。そうした指導が、生徒たちの目的意識を育て、将来のキャリアビジョンを描く手助けになることが理想です。
その意味では、指導の対象はかならずしも大学進学者にとどまりません。社会に出ていく生徒たちを含め、広くキャリア形成を後押しできる教育を実践研究事業では摸索していきます。
「学習の記録」を振り返ることで生徒は主体的な成長を遂げていく
長野県が高等学校改革の一環で進めている「次世代型学習支援システムを活用した実践研究事業」。先行導入校のうちのひとつが、松本県ケ丘高等学校(松本市)だ。新学科「探究科」を発足させ、特色ある教育を推進する同校では、学習支援システムをどのように活用しているのか。教頭の栗山氏、探究科担任の金澤氏、中谷氏に話を聞いた。
大学入試改革によって問われる多面的・総合的評価への対応
―「実践研究事業」に参画した経緯を教えてください。
栗山:いまの1年生が大学入試改革1期生となることを受け、平成30年度から当校には「探究科」という新しい学科が発足しています。新学科では、ICT環境を活用した高度な専門科目の学習にくわえ、新科目として設定される「探究」で主体的・協働的な学びを実践し、総合的な学力を伸ばすことを目的としています。将来の大学入試で重視される多面的・総合的評価に対応したこの特色ある試みが、実践研究事業の方向性と合致していることが、対象校に選ばれた理由だと考えています。
―研究事業ではどのようなことに取り組んでいますか。
金澤:実践研究事業を通じて導入した学習支援システムのポートフォリオ機能を利用して、「学習記録の蓄積」がどのような学習効果につながるかの検証を行っています。
改革後の大学入試では、評定や採点結果のように数字では表しきれない成長を自ら把握し、表現しなければいけません。そのためには、すべての学習記録を蓄積でき、高校生活のあらゆる軌跡を追える仕組みが必要となります。
中谷:実際、先日も推薦入試を控えた3年生の生徒が、「課題提出に必要なので、1年生のときに提出したレポートがほしい」と訪ねてきました。データ保存していたので渡せましたが、保存されていない場合はその学びやそこからえた「気づき」がムダになりかねない。記憶力には限界がありますから。
金澤:そこで生徒たちには、日々の学習時間や探究学習での成果物などをシステムのポートフォリオに入力・保存してもらっています。その記録が、日常の学習を振り返る際のデータとなるばかりか、将来の大学入試に際しては高校生活の活動記録としても活用できるわけです。入試で問われる多面的・総合的評価にも生徒たちは対応できると期待しています。
生徒のみならず教員にとっても重要なデータ
―今後、「学習記録の蓄積」という取り組みに対して、どのような効果を期待していますか。
中谷:教科の枠を超えた総合的な問題解決能力を育成できるのではと期待しています。最近、必要性が指摘される「教科横断型学習」に見るように、生徒たちには今後、身につけた知識を使ってみずからの考えを生み出し、発信できる能力が求められていきます。そのとき、アウトプットの質を向上させようとするなら、どうしてもインプットの質と量を高める必要があります。ポートフォリオに蓄積した記録は、まさにそうした目的にこそ有用な資産。教科の枠を超えて、自身の考えや成果物を集積したポートフォリオのデータは、能力開発の大きな助けになるはずです。
栗山:私としては、ポートフォリオの学習記録は、生徒のみならず、教員にとっても価値あるデータになると期待しています。生徒の学習記録やそれを基にしたケーススタディが積み上がれば、それらの情報は、教員の指導力を向上させるための貴重な研究材料として役立てることができるはず。今回の実践研究事業で求められている重要な成果のひとつでもあると認識しています。