注目の先進事例を生み出す優等生・奄美市のDX戦略
デジタル化推進の基本方針は、「アナログの良さ」を失わないこと
奄美市長 安田 壮平
※下記は自治体通信 Vol.48(2023年3月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
令和3年7月の世界自然遺産への登録を追い風に、令和元年の入込客数は過去最高の53万人*1を超えた奄美大島。島の中核都市である奄美市(鹿児島県)では、観光産業などが大きく躍進した。しかし、今般のコロナ禍がこれを直撃。回復への歩みを余儀なくされている。そんな同市において、コロナ禍のただ中の令和3年12月に市長に就任した安田氏は、島の経済再生を打ち出すなかで、「デジタル技術の活用促進」を最重要テーマに掲げ、その成果が注目されている。同市が進める地域のデジタル変革やその手法、今後の市政ビジョンなどについて、同氏に詳しく話を聞いた。
変化する行政の役割、キーワードは「スピード感」
―令和3年12月、コロナ禍の混乱が続くなか、どのような使命感を持って、市長に就任したのですか。
20代前半まで東京で仕事をしていた私にとって、故郷の奄美大島は東京にはない魅力や宝にあふれた地域でした。しかし一方で、人口減少が続き、地域の衰退も実感していました。島の代表的な特産品である大島紬の織元であった私の実家も廃業していたことから、その危機感は切実でした。その後、3期務めた市議会議員時代を通じて、地域の基幹産業を支え、経済基盤を強くしなければならないと、その危機感をさらに強くしました。加えて、今般のコロナ禍は、人々の価値観とともに、行政に求められる役割の変化も強く印象づけました。特に、丁寧な説明力、正確な情報発信などとともに、「スピード感」は重要なキーワードだと感じています。そこでは、デジタル技術の活用に長けた世代が担うべき役割は大きいと考えました。
―実際、安田市政では「デジタル技術の活用促進」を強く打ち出していますね。
もともと、奄美市は行政においてデジタル技術の活用が進んでいました。令和2年に実施された新型コロナ対策の特別定額給付金をめぐっては、AI‐OCRとRPAを駆使した業務の自動化により、市民のみなさんから申請書が届いて最短4日で給付を開始した実績があります。人口4万人規模の自治体では稀な事例として注目を集めました。
しかし、地域全体を見渡せば、まだまだデジタル技術の活用は遅れています。高齢者が多い離島特有の事情もあり、デジタル技術に対する苦手意識を持つ人々も多いです。そうした意識を払拭し、デジタル技術の活用を広く地域に浸透させることが産業競争力強化の前提であり、私の役割でもあると考えています。ただし、そこでは強く心がけていることがあります。
国内初の導入となった、ハイブリッド方式の電子署名
―それはなんでしょう。
目指すべきは「奄美の良さ」を失わないまちづくりであり、そのためには、「アナログの良さ」を失わないデジタル化でなければいけないということです。奄美の魅力とは、「結いの精神」と表現される人と人とのつながりや、助け合いを大切にする考え方にほかなりません。デジタル化の推進自体が目的になったり、デジタル化が地域コミュニティの分断や奄美文化の喪失をもたらしたりするようでは、本末転倒と言わざるを得ません。デジタル化を推進するにあたっては、地域とのコミュニケーションを重ね、奄美のアイデンティティとはなにかを住民のみなさんと共有しながら、「誰一人取り残さない」かたちを模索していかなければならないと考えています。
―そうした想いは、どのように政策へ反映しているのでしょう。
ひとつには、令和4年6月から県内ではいち早く本格運用を開始した「電子契約」があります。電子契約の導入は、デジタル化の恩恵を広く地域に波及させる効果があるとの期待から、積極的に進めてきた経緯があります。ただし、収入印紙が不要となり、手続きも簡略化できる反面、正式な電子証明書を持たない事業者は活用できません。特に、零細企業が多い本市ではこの点が導入への課題でした。
これに対し、民間事業者との実証実験を進めるなかで、電子証明書を持たない事業者でもメールアドレスなどで電子署名を代用する「立会人型」方式を活用できることがわかりました。そこで、電子証明書を保有した事業者が活用する「当事者型」との併用となるハイブリッド方式を採用しました。これは、ハイブリッド方式における国内初の導入事例だと言われています。
描く将来の姿は、「懐かしい未来都市」
―零細事業者も取り残さないデジタル化だと。
そのとおりです。同様の取り組みの成果としては、これまで紙で発行していた地域プレミアム商品券のデジタル化があります。平日の朝、対面方式で先着順に販売していたプレミアム商品券に対しては、働く世代を中心に不公平感が募っており、IT活用の要望は多かったと聞いています。コロナ禍を機に、ここもデジタル化を図り、郵送との併用でネット販売も開始しています。同時に、スマホを使いこなせない高齢者などには、スマホやLINEの活用教室を開催し、デジタルツールの活用を後押ししていく施策にも力を入れています。
また、市政情報の発信もSNSや動画配信を活用するなど、デジタル化を図っていますが、その一方で、職員が広報車を走らせたり、地域の公民館や集会所に職員が直接出向いて説明したり、といった取り組みも丁寧に続けています。
―そうした施策の先に、どのような奄美市の姿を描いていますか。
私は、「懐かしい未来都市」と表現しているのですが、デジタル技術の広がりで生活の利便性は向上しながらも、踊りや島唄、方言といった文化、大島紬を織る「トン、トン」という音や風景が変わらず残っているような未来を描いています。奄美では日本復帰直後、方言の使用が禁止された時代がありました。しかし、郷土教育を見直す動きのなかで、方言の教育に力を入れた結果、近年はふるさとに自信や誇りを感じる若者が増えてきたように感じます。それを象徴するのが、地元の大島高校野球部の活躍です。平成26年の春の甲子園では21世紀枠で初出場しましたが、令和4年の春の甲子園では、九州大会を勝ち上がり、見事に出場権を勝ち取りました。
「島にいても夢はかなう」若い世代に広がった想い
―若い世代への影響は大きかったのではないですか。
「島にいても夢はかなう」という想いが若い世代にも広がったのは確かです。奄美には大学がなく、専門学校の数も少ないので、高校を卒業すればほとんどの若者は島を出ていきます。それでも、いずれは島に帰ってきてほしいのです。ここ数年、奄美市を中心に奄美群島全体で将来の柱となるデジタル産業の育成に向けて、施設・環境整備に力を入れています。そこには、将来島に帰ってくる若者たちに働く場を確保したいとの想いがあります。若い世代に愛郷心を忘れずにいてもらえるような地域社会や環境を守っていくことが、私の使命だと思っています。
安田 壮平 (やすだ そうへい) プロフィール
昭和54年、鹿児島県奄美市生まれ。平成14年、東京大学法学部を卒業し、民間企業に勤めた後、松下政経塾に入塾。平成20年に奄美大島へ帰郷し、NPO法人にて青少年支援や環境保全・リサイクル推進を行うなど、島おこしに取り組む。平成23年から奄美市議を3期務め、令和3年12月に奄美市長就任。現在1期目。