※下記は自治体通信 Vol.59(2024年7月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
人口減少や少子高齢化の進展によって、存続さえ危ぶまれる自治体がある中、その流れに歯止めをかけている自治体がある。豊後高田市(大分県)である。積極的な子育て支援策や教育施策、移住・定住促進施策などが評判を呼び、民間の移住希望先調査でも上位ランクインの常連となっている。ここでは、同市市長の佐々木氏に、それら諸政策を推進するに至った経緯やその成果、今後の市政ビジョンなどを聞いた。
佐々木 敏夫ささき としお
昭和17年、大分県生まれ。昭和40年、専修大学経済学部を卒業。昭和62年から大分県議会議員を 8期務め、大分県議会議長などを歴任する。平成29年に豊後高田市長に就任。現在、2期目。
市町村合併は「倒産」と一緒。これ以上繰り返していいのか
―豊後高田市は、積極的な子育て・教育施策が注目されています。注力した経緯を教えてください。
私が就任した当時は、平成26年に日本創生会議から発表された「消滅可能性都市」リストに豊後高田市が掲載されたショックが市政を覆っていました。「何もしなければ、消滅してしまう」という危機感は、私の市長就任の直接的な動機になっていましたが、市政の動きはまだ鈍いものでした。これ以上に人口減少が進むならば、「市町村合併をすればいい」という考え方も一部にはあったのかもしれません。しかし、私にいわせれば、「市町村合併」というのは、会社にたとえれば「倒産」と一緒です。これまでも市町村合併を繰り返し、どんどん人々の生まれ故郷の地名が地図上から消えていっている。これ以上、こうした事態を繰り返していいのか、という強い問題意識がありました。
だとするなら、まだ打つべき対策が残されている今が最後のチャンスです。このまま人口減少が進めば、将来は財源も施策も今以上に少なくなることは明らかなわけですから。しかも、やるべきことはきわめてシンプルです。それを示すように、私が1期目、2期目と掲げてきた政策は「人口減少対策」、ただそれだけです。
―そこから実際に、どのような対策を打ったのでしょう。
人口減少対策としては、「人口増対策」と「新たな観光振興」の2つの柱を据え、まず「人口増対策」の細目として、未来への投資である「子育て・教育施策」を推進しました。豊後高田市の現状は、多くの子育て世帯が共働きです。生まれた子どもは誰が面倒を見るのかという問題が当然出てきます。経済的な負担の問題も出てくる。この問題を解消し、環境を整えなければ、「子どもは産まない」という方向で結論が出てしまうんです。ならば、受け皿を充実させるため、ニーズに合わせて時間外での対応も増やさなければなりません。経済的な負担に対しては、「保育園の保育料、幼稚園の授業料の無料化」や「幼稚園、小・中学校の給食費の無料化」、「高校生までの医療費の無料化」が有効です。子育て世帯の現実に照らし合わせれば、やるべき施策は自ずと浮上してくるものです。こうした施策を、就任翌年の平成30年度から順次開始していきました。
ふるさと納税の強化を決意。「長年の慣行」にもメス
―スピード感のある動きですね。
倒産の瀬戸際にある株式会社豊後高田市だと考えれば、任期の4年単位で施策を進めるなどと悠長なことは許されません。日頃から私は「1年1年が勝負」と伝えていますが、気持ちのうえでは「1日1日が勝負」だと思っています。
ただし、政策には必ず財源がセットでなければいけません。そこで私が示した財源が、「ふるさと納税の寄附金」でした。全国の寄附者のみなさんにも、決して一般財源には組み込まず、使途を子育て・教育施策に限定することを宣言しました。役所の体制強化とともに、子育て支援に対する市の決意が伝わったことも影響してか、ふるさと納税の寄附金は1億4,000万円から翌年は倍増、令和4年度までの5年間で寄附額は4億円以上に拡大しています。
―数々の施策は、すべてふるさと納税だけでまかなえたのですか。
もちろん、ふるさと納税以外の財源確保は必要でした。次々と施策を充実させていく中で必要となる予算は膨らみます。一方で、ふるさと納税をめぐる自治体間競争は激化し、寄附額を増やし続けるのは難しくなっています。そのため、就任以降、大型公共事業の整理・見直しにも着手し、大幅な歳出削減策も進めてきました。就任前に計画されていた旧市役所跡地での「健康交流センター」建設計画を不採算事業として廃止したのを皮切りに、ごみ清掃工場の維持補修費や、し尿処理場の指定管理料などにメスを入れました。これらは、「長年の慣行」として多くのムダが見過ごされていたのです。
問題意識を持つ職員の努力で、18億円超の予算節減を実現
―「長年の慣行」を打破するのは、簡単なことではありません。
それができた最大の要因は、市の将来への危機感を共有した職員たちの創意工夫だったと思っています。たとえば、当市が市内全戸で導入しているケーブルテレビ端末の入れ替えは、従来引っ越しがあるたびに、費用をかけて撤去や設置を繰り返していました。このようなムダを是正し、さまざまな契約を見直すなど5,000万円以上の経費抑制を実現した担当課長は、ふるさと納税を拡大させた当事者でもあり、そこには子育て支援策の予算をいかに捻出するかという危機感がありました。
―その危機感とはすなわち、まちの未来に対する危機感にほかなりませんね。
そのとおりです。私は職員に対して、「つねに問題意識を持ってほしい」と呼びかけていますが、それに応える各現場の職員が、自らの業務を改革していく。その結果、就任1期目の4年間で見ると、18億6,000万円の予算節減を実現した結果、本市の財政状況は大きく改善し、経常収支比率は令和4年度までに、大分県内14市の中で3年連続第1位を記録中です。これらの財源は、「人口増対策」のもう1つの細目である移住・定住施策にも投入しています。ここでは、市内2地域に42区画を整備する平均100坪の定住促進無料宅地は残りわずかで、現在第2期の整備をスタートさせています。
「消滅可能性自治体」から脱却
―政策が評価され、選ばれる自治体になっている結果ですね。
転入者が転出者を上回る人口の「社会増」を、令和5年まで県内で唯一、10年連続で達成しています。民間の出版社が調査する「住みたい田舎ベストランキング」では、総合部門のほか、若者世代、子育て世代、シニア世代のすべてで4年連続第1位に選ばれています。なによりも、今年4月の「人口戦略会議」による自治体の持続可能性分析で、「消滅可能性自治体」から脱却できたことで、いま本市は自信を取り戻そうとしています。この成果を振り返っていえることは、「いかに本気で問題意識を持てるか」、それに尽きると思っています。問題意識を持って現実を見れば、解決すべき課題もなすべき対策も自ずと見えてくるものです。
地域の活力は「人」にほかならず、未来への投資なくして、人口増はありえません。これまで貫いてきたこの信念のもと、現在は「新たな観光振興」にも力を入れ、市のさらなる発展を追求し続けます。