※下記は自治体通信 Vol.60(2024年9月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
令和5年4月の佐藤氏の就任により、じつに20年ぶりに新知事が誕生した大分県。現在、同氏のもと、県政運営の基本方針となる新長期総合計画の策定が大詰めを迎えている。計画策定にあたって同氏は、「九州で産業集積や広域交通網の整備が進む今こそ、大分県の存在感を高める好機」と語る。そうした可能性を追求するため、計画にはどのような内容が盛り込まれていくのか。今後の県政ビジョンや大分県の発展可能性などについて、同氏に聞いた。
佐藤 樹一郎さとう きいちろう
昭和32年11月、大分県生まれ。昭和55年に東京大学経済学部を卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。産業技術政策課長、中部経済産業局長、中小企業庁次長などを歴任し、平成27年、大分市長に就任。2期務めた後、令和5年4月、大分県知事に就任。現在1期目。
広域的課題の重要性が、近年ますます増している
―令和5年4月、どのような使命感を持って大分県知事に就任したのでしょう。
知事就任前の8年間、私は大分市長を務めてきました。自治体の使命は、県か市町村かを問わず、「住民誰もが安心して笑顔で活躍できる社会をつくること」に尽きます。その課題に向き合う中で、県と市町村が一緒に取り組むべき広域的課題の重要性が増しているとの問題意識を持ってきました。コロナ禍の深い爪痕がまだ残っている観光業や農林水産業といった基幹産業の振興、国家的な課題でもある人口減少対策、大分県特有の課題である広域交通ネットワークの整備といったものが代表的な課題です。中核市・大分の市長としてこうした課題をつぶさに見てきた中で、近年その対応がますます迫られているとの危機感が、知事就任の背景にありました。
―知事就任後、この間の取り組みを振り返ってください。
私は、選挙戦のさなかから「継承と発展」を訴えており、前知事時代からの積み重ねを継承しながら、時代の変化に伴って変えるべきは変え、さらなる発展を目指すという姿勢を打ち出してきました。たとえば、大分空港と大分市を結ぶ「ホーバークラフトプロジェクト」では、昨今の情勢変化を受け、採算性の懸念が再び浮上しています。今年秋の就航に向けて、料金設定や多用途活用など運航の柔軟性を高めるための各種検討をさらに続ける必要があると考えています。
また、大分空港での「宇宙港プロジェクト」も、提携先の1社である米国宇宙開発企業の事業停止により、方針転換が迫られています。プロジェクト自体の重要性に鑑み、県としては引き続き力を入れていく方針ですが、現在提携中の別の米国企業と連携し、計画の見直しを図りながら、国内法の整備や人材育成など必要な施策を打っていかなければなりません。
県政運営の3つの柱「安心」「元気」「未来創造」
―大分県では現在、次期「長期総合計画」の策定を進めています。
各界の有識者や県民のみなさんとの対話を重視した策定作業を進めています。これらの議論の途中経過も一部反映しながら、県では令和5年10月に「令和6年度県政重点方針」を策定しています。重点方針は、県政運営の長期的、総合的な指針である「長期総合計画」の着実な実行を図るために、年度ごとに定めるアクションプランです。令和6年度方針では、「安心」「元気」「未来創造」という3つの柱を打ち出し、取り組むべき施策群を整理していますが、この3つの柱は長期総合計画でも引き継いでいくことになります。
―その3つの柱には、どのような想いが込められているのですか。
前述のとおり、自治体の使命が「住民誰もが安心して笑顔で活躍できる社会をつくること」ならば、それを実現するうえで施策の基本にはまず、「安心」がなければなりません。災害に強い県土や安心して子育てができる環境、高齢者や障がいのある方々も安心して暮らせる社会をつくることを最初に掲げているのは、そのためです。
そうした安心の社会で県民一人ひとりが活躍するためには、生活の基盤が整い、豊かに暮らせる見通しが立っていることが大事です。産業が活性化し、文化やスポーツが花開いていく「元気」な大分県をつくっていくことが重要になります。幸い、大分県は製造業が盛んな地域で、鉄鋼や化学のほか、半導体、自動車といった多様な産業が立地しています。そこに、農林水産業や観光業といった基幹産業も加えて、すべての産業を活性化させ、元気な大分県をつくります。
国土の「多重性」を高める、九州・四国ルートへの期待
―「未来創造」についても、詳しく聞かせてください。
元気な大分県が、将来にわたって発展していくための基盤づくりとして掲げているのが、「未来創造」です。いわば、子どもたちが住み続けたいと、県外の人なら訪れたいと思える県土づくりを推進していきます。中でも、広域交通ネットワークの整備は、大分県にとって非常に重要なテーマになります。東九州にはまだ新幹線が整備されておらず、高速道路網の拡充、4車線化も長年の課題となってきました。その中で整備が進んでいる「中九州横断道路」は、最重要プロジェクトの1つです。いま、台湾TSMCの熊本進出で九州全体が大きな盛り上がりを見せていますが、この好循環を大分県にも呼び込み、産業の発展や地域の活性化につなげるために、大分と熊本を結ぶ中九州横断道路の開通は重要な基盤になります。そればかりか、この広域交通ネットワークの整備が進むことで、古来より「交通の要衝」を担ってきた大分県の重要性が、再び注目される時代が到来すると私は考えています。
―どういうことでしょう。
大分県と四国の愛媛県とは、豊予海峡を挟んで、わずか14㎞しか離れていません。現在、日本列島の主要4島の中で、道路で結ばれていないのは、九州と四国の間だけです。ここを結ぶ「豊予海峡ルート」への期待は、いま非常に大きくなっているのです。九州は国内半導体生産の約45%を占める「シリコンアイランド」ですが、農業産出額でも国内の20%以上を占める「フードアイランド」でもあります。経済安全保障の観点から、いま世界的に重要性が高まる「半導体」と「食料」という2つの九州の強みを、四国を通じて大阪、名古屋、そして東京へと陸路で運ぶことができるようになるのです。リニア中央新幹線の開通で将来、大阪、名古屋、東京は1時間で結ばれる「スーパー・メガリージョン」を形成します。この地域と九州が、福岡に加えて大分ルートでも結ばれることは、近年再認識されている「国土のリダンダンシー(多重性)」を確保するうえでも、大きな意味を持つと考えています。
宇宙港・広域交通構想が示す、大分県の発展可能性
―そうなると、大分県が九州と四国を結ぶ「結節点」となりますね。
ある意味、壮大な構想ではありますが、私は必ず実現できると信じています。戦国時代には、大友宗麟が治めたこの地域は、交通の要衝と位置づけられたことで早くから世界に開かれてきました。現代では、宇宙港プロジェクトや広域交通ネットワーク網の整備で、再びその役割が高まり、発展可能性が注目されています。今後、県内や周辺地域とのコンセンサスを形成しながら、大分県の未来を拓くこの構想を1年1年、着実に前進させていきたいと考えています。