※下記は自治体通信 Vol.63(2025年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
人口減少や少子高齢化が進展するなか、受け継がれてきた地域の歴史や文化、伝統をいかに未来へ継承していくかは、多くの自治体に共通した課題であろう。日本の磁器の発祥とされる「有田焼」の産地として知られる有田町(佐賀県)においても、「その危機感は同じ」だと明かすのは、町長の松尾氏だ。同氏はいま、これまでにないチャレンジによって、400年以上の歴史を持つ有田焼に新たな伝統を生み出し、シビックプライドの醸成につなげようと奔走している。その行動力を支える信念を「挑戦なくして伝統なし」と語る同氏に、今後の町政ビジョンなどを聞いた。
松尾 佳昭
昭和48年、佐賀県有田町生まれ。平成8年に、福岡大学法学部を卒業後、民間企業勤務を経て、平成16年から参議院議員秘書を務める。その後、民間企業勤務を経て、有田町町議会議員を3期務め、平成30年4月から有田町長に就任。現在2期目。
「オール有田」による新しい有田焼を提案
―松尾さんは町長として、有田町のトップセールスにかなり力を入れているそうですね。
私は平成30年の町長就任以来、愛する地元の有田町や、町にとっての誇りである有田焼の「トップセールスマン」を自認しており、機会を見つけては全国、ときには海外にまで足を延ばしてPRを続けてきました。最近では有田焼の「器」と、そこに盛り付けられる「食材」との組み合わせによるプロモーションに力を入れています。というのも、当町は平成18年に旧有田町と旧西有田町の合併により誕生していますが、有田焼の産地であった旧有田町に対し、旧西有田町は農畜産業で栄えてきた歴史があり、地域の特性は異なります。つまり、「食×器」というプロモーションは、両者の強みを融合した「オール有田」による新しい有田焼の提案を意識したものです。
また令和2年には、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となった「有田陶器市」に関して、インターネット上での「Web有田陶器市」の開催という町にとって新たな試みにも挑戦しました。
―実現には高いハードルがあったのではないですか。
じつは、肝心の窯業関係者からの反対の声がとても大きかったです。有田陶器市は、約120万人が訪れる町の一大イベントであり、1週間の開催期間で十数億円を売り上げる窯業関係者の重要な稼ぎ時でもあります。しかし、有田焼の商習慣はとても古い歴史があり、「インターネット販売にはそぐわない」という抵抗がありました。また、「インターネットでは、焼物の良さは伝わらない」といった先入観も根強かったのです。しかし、いまやインターネット上であらゆるものが売買されている時代です。「なぜ、有田焼だけが売れないのか」という疑問が私にはあり、かつて民間企業時代に構想した「有田焼のネット販売」に再び挑戦するのは今だと考えたのです。
結果は、予想を大幅に上回る約2億5,000万円を売り上げるとともに、別の新たな成果も手にすることになりました。
業界に意識変革をもたらした、Web有田陶器市の成功体験
―別の成果とはなんでしょう。
Web有田陶器市の開催で浮き彫りになったのは、店舗ごとによる販売実績の大きな差でした。その理由を分析した結果、ホームページ上に掲載している写真や説明文のクオリティだったことがわかったのです。窯業関係者が当初指摘していたように、「写真で焼物の魅力を伝える」のは、実際非常に難しいことなのです。そのことに以前から挑戦し、技術やノウハウを研鑽してきた事業者は、この機会に販売実績を大きく上げることができたわけです。この教訓からその後、多くの事業者がWeb上での表現を磨いていきました。その効果は、思わぬかたちで「ふるさと納税事業」にも波及しており、返礼品として掲載する有田焼の魅力が高まったことで、寄附金額の増加という成果につながっているのです。この成功体験は、窯業関係者に意識変革をもたらしており、いまや随所で新しい挑戦が見られるようになっています。私としては、その意識変革こそ、じつはもっとも大きな「成果」だったのではないかと感じています。
―松尾さんが次々と新しいことに挑戦する理由はなんですか。
受け継がれてきたものを、そのままのかたちで守ることだけが伝統とするならば、ともすれば、「何もしないことこそ美徳」と考える風潮さえ育ってしまうことに、私は強い危機感を覚えているからです。平成28年に有田焼は創業400年の大きな節目を迎えたのですが、当時の町の方針によって「どっしりと構えていればよい」として、特に目立った動きはとりませんでした。そのことが、私の中には大きな後悔として刻まれており、町長選出馬を決意した契機の1つにもなりました。有田の伝統を守り、受け継ぐためにも、時代に合った挑戦を続けることが私の使命だと考えています。有田には「挑戦なくして伝統なし」という言葉もあり、新しいことに挑戦することをよしとする風土があります。私自身、現在の町政運営において、この精神を貫いています。
「有田焼×AI」という、興味深いコラボレーションも
―具体的に、どのような取り組みを行っていますか。
当町では、地域経済活性化の観点から、これまでも企業誘致や企業との連携協定の締結に力を入れてきましたが、従来は窯業の基盤を活かした「ものづくり企業」に関心が集中していました。しかし近年は、IT企業にターゲットを広げており、その成果が出始めています。私の町長就任後、最初に進出を決めてくれたのは、AI開発企業でした。同社は、汎知化®*という技術を活用した「技術伝承AI」の開発を手がけている企業であり、現在、有田焼の名工、十五代酒井田柿右衛門先生の思考を汎知化することに関心を持っているようです。柿右衛門先生もAIに対する強い興味を示されており、その姿勢はまさに「挑戦なくして伝統なし」の精神を体現されています。ここでは、「有田焼×AI」という興味深いコラボレーションも生まれるかもしれません。
*汎知化® : スペシャリストが持つ「専属知、専門知」を汎用的な知見に整理し、わかりやすい活用形態に変換すること
有田を飛び出して、世界で輝ける若者を育てる
―今後の町政ビジョンを聞かせてください。
有田焼という貴重な財産を持つ町のトップとして、「有田が好き」と思える子どもを増やすこと、それだけではなく、まさに有田焼のように有田を飛び出して世界で輝ける若者を育てることが、もっとも重要なミッションだと肝に銘じています。そこで力を入れていくのが、理数教育に創造性教育を加えた「STEAM教育」の実践です。これは、ものづくりとデザインセンスが融合する有田焼に通ずる概念といえます。また、陶芸家として史上最年少で人間国宝になられた十四代今泉今右衛門先生からは、「感性が育つ10歳までに『本物』に触れさせてほしい」との提言をいただき、町の子どもたちには「本物の教育」に触れる機会を今後もつくっていきます。「たとえその世界の一流に育つことはなくても、本物に触れることで豊かな人生が送れる」との考えに共感し、美術、音楽、スポーツ各界の一流の方々を招いてきました。こうした取り組みを通じて育つ子どもたちによって、「文化の息吹が感じられるまち」の伝統が未来に受け継がれていくことを期待しています。