変わらない世界、変わる組織
本稿執筆時点で、新型コロナウイルスの感染拡大により国が発出した緊急事態宣言が解除され、ひと月あまりが経過した。
自粛期間中に実体経済が停止したことで大きな打撃を受け、苦しんでいる企業や地域も多いことだろう。どの自治体でも、深刻なダメージを受けた地域経済への対応など、目の前の課題に全力を挙げていらっしゃるかと思う。
一方、緊急事態宣言の最中によく聞かれた「アフターコロナで世界は一変する」という議論を考えたとき、いざ宣言解除後の世界に身を置いてみると、本当に目に見えて変わったのはごく一部の生活様式だけだと感じる方もいるだろう。
日々の業務という意味では、社会的距離の確保、マスクや検温、リモートワークなどを取り入れれば対応できる部分も多く、「意外にそのままやっていけるのではないか」というのが、多くの人の率直な感覚ではないだろうか。
自治体や企業が、こういった感覚を持っていても不思議ではない。解決すべき課題が新しく出てきたり、根本的に変わったりしたわけではないからだ。そういった意味では “コロナが世界を変えた”とは言えないかもしれない。
新型コロナウイルスが私たちにつきつけたのは、その多くが「コロナ前から認識していたのに、何年も積み残してきた課題」ばかりだ。
もしできれば、3年前の新聞や雑誌を探して目次をご覧になっていただきたい。生産性の改善、デジタル化、持続可能性、国際情勢の緊張…。「アフターコロナ」の主要メニューがほぼそのまま並んでいることだろう。コロナは、以前からあった課題を、あらためて浮き彫りにしたのだ。
企業でも自治体でも、この状況下でコロナに浮き彫りにされた課題を正面から見つめ自ら変革に突き進む組織と、これまでと同じように「見て見ぬふり」を続ける組織で、数年後の競争力には格段の差がつくと断言できる。
コロナが、直接世界を変えるのではない。コロナを機に動き始めた組織が、自らを変え、そして世界を変えるのである。
ボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)は、グローバルに展開する経営コンサルティング・ファームである。国内外の企業に対する経営戦略・組織変革のコンサルティングというイメージが強いのではないかと思うが、実は、各国の公的機関(政府・自治体)も、私たちの重要なクライアントである。
全6回を予定しているこの連載では、変革に動く世界と日本の企業、そして霞が関を含めた内外の公的機関との議論を踏まえ、コロナを機に動き始めようと考える全国の自治体に必要なアジェンダを紹介していきたい。
ニューノーマル―「4つのD」
BCGがいま、クライアントから最も多く投げかけられる問いは、「コロナ後の世界は、どのように動くか」である。
BCGでは、この問いに対して、「4D」というフレームワーク(思考の枠組み)で、12の視点を整理した。議論の前提として、まずこちらをご紹介したい(下図参照)。
先程、「コロナが世界を変えるのではない」と述べた。12の視点を改めて眺めていただくと、ほとんどの項目がコロナそのものではなく、コロナ対策としての私たち(個人や組織)のアクションに基づくものであることに気づかれるだろう。
Distance―フィジカル空間における距離の確保
ひとつ目のDは、目に見えるリアルな空間における「Distance(距離)」だ。
窓口・店舗などで三密を避ける取り組みは、私たちの暮らしに定着しつつある。個人の側では、接触管理アプリ等で距離の確保を確認する「①個人クリアランスの浸透」が進んでいる。
役所の窓口や執務室でも「②業務の非接触化」が馴染んできたことだろう。ただし、より長い目で見れば、非接触の流れはもう一段進む可能性が高い。
自治体としては、距離を保ちやすい空間(郊外・地方等)を求める「③都市の開放・分散」という視点まで考慮すべきだろう。
Digital―社会・経済のオンライン化
非接触化と対になるのが、オンライン空間、すなわち「Digital(デジタル)」の興隆だ。
従来リアルで行われていた活動を代替するデジタルサービスを「デジタル・オルタナティブ」と呼ぶ。リモートワークによる「④労働環境のオンライン化」は、多くの方が実際にご経験されただろう。ネット通販やオンライン授業、遠隔診療など「⑤サービス利用のオンライン化」も身近になった。
加えて、自治体として忘れてはならないのが、デジタル・オルタナティブが普及するほど、すべての住民にデジタル機器と通信回線が必要になっていくこと、つまり「⑥デジタル基盤のライフライン化」だ。
Degrowth―社会・経済の持続化
3つ目のDは、目には見えない。人々の心の中の「Degrowth(脱・成長)」志向だ。
「持続性」という言葉が使われる場面が増えている。効率と成長のみを追い求めるのではなく、暮らしや経営をいかに永続できるかを意識する層がコロナを機に増えたことが、データからもわかっている。
短期的な意味での「持続」は、家計や資金繰りの維持を意味するだろう。しかし、長期では、省資源や自給自足(循環)など、SDGsが目指す真の意味での「持続」が問われ始める。
短期・長期のどちらの意味でも、個人の「⑦暮らしの持続化」、「⑧企業経営の持続化」そして「⑨社会の持続化」が無視できなくなっている。
Decoupling―変容するグローバリズム
最後のDは、国際的な視点における「Decoupling(分断)」だ。
ヒトの移動のグローバル化が見直され、「⑩出入国の最小化」が始まって久しい。インバウンド需要や外国人労働者が経済の支えとなっていた地域では、すでに甚大な影響が出ている。
人だけではない。モノや技術の移動が滞る「⑪保護主義の進行」も、日々のニュースを賑わせている。さらに、株価が下がる中で産業界に警戒されているのが、「⑫地経学的買収の増加」(下の囲み記事参照)だ。
~地経学的買収~
地政学的な利益を実現することを目的とした企業買収。たとえば、A国がB国を影響下におくため、B国の基幹産業や主要企業を買収することなどがあたる。
3つの基本戦略
「4D」のニューノーマルが私たちのアクションの積み重ねである以上、私たちの意思で、望ましい変化を加速し、望ましくない変化は抑え込むこともできる。
コロナによる影響を地域の追い風とするか、逆風とするかは、経営組織たる自治体が持つ変革の意思と実行力に大きく左右される。コロナ後の地域は、いま、自治体経営の革新を求めているのだ。
BCGが考える自治体経営革新のポイントは、大きく3つある(下図参照)。
①経営基盤の強化
経営の革新のためには、その基礎として、自治体という組織の運営を一段と高度化していく必要がある。
・財政の体質改善
・デジタル・レジリエンスの構築
・官民共創の推進
②新しいQOLの向上
DistanceやDigitalで生まれるニューノーマルは、戦略的な対応によって「コロナでもたらされたネガティブなもの」ではなく、「地域社会に新たなQOLをもたらすポジティブな変化」に転換できる。
・教育イノベーションの実現
・医療・防災等の安心・安全徹底
③差別化/高付加価値化
さらにこの変化は、Degrowthの価値観やDecouplingリスクの抑制というニーズを汲み取り、地域全体で押し進めることで、地域の経済に新たな付加価値をもたらす可能性がある。
・地域経済循環の構築
・地域DX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進
次回以降は、これらのアジェンダの中からいくつかをピックアップし、求められる戦略・戦術を可能な限りお伝えしていきたい。
(「基盤強化に向けたデジタルレジリエンスの構築」に続く)
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丹羽 恵久(にわ・よしひさ)さんのプロフィール(上写真左)
ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー
BCGパブリック・セクターグループの日本リーダー。ハイテク・メディア・通信グループ、社会貢献グループ、および組織・人材グループのコアメンバー。中央官庁・自治体・スポーツ団体・NPOなどの組織、および通信・メディア・エンターテインメントなどの業界の企業に対して、成長戦略、デジタルサービス開発、組織変革、経営人材育成などのプロジェクトを手掛けている。
慶應義塾大学経済学部卒業。国際協力銀行、欧州系コンサルティングファームを経て現在に至る。
<連絡先>
niwa.yoshihisa@bcg.com
森原 誠(もりはら・まこと)さんのプロフィール(上写真右)
ボストン コンサルティング グループ アソシエイト・ディレクター(群馬県政策アドバイザーを兼務)
BCGパブリック・セクターグループのコアメンバー。中央官庁や自治体向けの調査・政策立案の支援などを行っている。
東京大学法学部卒業、UCLA法科大学院修了。総務省を経て2011年にBCGに入社、その後、株式会社青山社中共同代表を経て、2019年にBCG再入社。
<連絡先>
morihara.makoto@bcg.com