“自治体職員の経験”を活かした実践書
みなさんは「持続可能な開発目標(以下、SDGs)」という言葉を聞いたことがありますか?
SDGsとは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中核をなす、世界中が共通して取り組む目標の集合体です。下写真のような17種類のカラフルなアイコンが目を引きます。
SDGsの達成期限は2030年に設定されており、「貧困をなくそう」や「飢餓をゼロに」といった17あるゴールと、目標の達成手段などを具体的に示した169のターゲット、その進捗を測る232の指標(重複を除く)から構成されています。
私は、かつて自治体職員として働いていた経験を活かし、2020年3月に『SDGs×自治体 実践ガイドブック 現場で活かせる知識と手法』を学芸出版社より刊行しました(http://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761527327/ )。
今回は、本書を執筆した経緯や、自治体におけるSDGsの活用方法について、ご紹介させていただきます。
「対応」から「活用」へ-本書出版の背景-
先述のように、SDGsが採択されてから、既に4年以上が経過しました。その間、国内におけるSDGsの認知度は、企業、自治体、NPO団体、研究機関、そして学生といったさまざまなアクターの間で高まりを見せています。
東京・大手町を歩けば、ビジネスパーソンの胸元には、SDGsのカラーホイールを模(かたど)ったピンバッジが光っていますし、社会貢献を志す学生たちの間でも、SDGsに関心のある若者が非常に増えています。
こうした動きは、自治体も例外ではなく、2018年に内閣府が「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」を始めたことや、「第2期 まち・ひと・しごと創生総合戦略」に「SDGsを原動力とした地方創生を推進する」と明記されたことで、首長、自治体職員、地方議会議員の間でも急速に関心が高まっています。
一方で自治体職員からは、SDGsという「横文字で得体の知れないもの」に対する拒否反応も聞こえてきます。
確かに、社会の動きを敏感に捉えて即座に対応するのは自治体の務めかもしれませんが、「これまで全く縁のなかった国際社会の場で決められたものを突然持ち出されても対応しきれない」と感じるのは、むしろ自然なことでもあります。
SDGsが採択された2015年当時、私は大和市(神奈川)の職員でした。SDGsのターゲットには、自治体(地方政府)が重要な役割を果たすものも多くありますが、開発途上国を念頭に置いたものも多く、「自分ごと」に感じられるものではありませんでした。
いずれ国から自治体にSDGsの実施に向けた取り組みが求められることも予想できましたが、同時に、私と同じように、SDGsを「自分ごと」と捉えられず、自治体職員が右往左往する事態に陥るのではないかという危機感を覚えました。
自治体職員として働いたことのある人間が、きちんとSDGsを理解し、自治体で前向きに『活用』できるよう“翻訳”しなけなければ、単なる受け身の『対応』に追われてしまうのではないか―。
そうした思いを抱いた私は、2017年秋に大和市を退職し、ニューヨークに渡りました。幸運にも、国連日本政府代表部でのインターンシップの機会や、国連訓練調査研究所(UNITAR)が主催する研修に数か月間参加する機会を得ることができ、国際的な場でSDGsがどのように捉えられているか、その一端を知ることができました。
そこで、「自治体には、ただ対応に追われるのではなく、主体的にSDGsを活用することで、住民生活の向上につなげて頂きたい」という思いから、本書の出版に至ったのです。
「整理」「点検」「共有」の視点で-SDGsを活用するために-
現職の自治体職員からは「何十年も前から、私たちの自治体は持続可能な地域づくりに取り組んでいるので、SDGsのために何か新しいことをする必要はない」といった意見も聞こえますし、「(以前からSDGsが“すべきこと”としている課題に取り組んできたので)やっとSDGsが我々に追いついて来た」と語る首長もおられます。
しかし、本当に既存の取り組みだけで十分だと言えるでしょうか。
確かに、これまでになされてきた自治体の仕事も、SDGsの達成に大きく貢献しています。
例えば、障がいを抱える住民が暮らしやすい工夫や、生活保護をはじめとする福祉事業、公害問題や地球温暖化に対する対応は、「誰一人取り残さない」というSDGsの理念に合致していますし、17あるゴールの達成に貢献している事務事業がほとんどでしょう。
そこで、まずは自治体が取り組んでいる事業を「棚卸し」して、どの事業が、どの程度SDGsが目指す持続可能な世界に貢献しているか「整理」してみましょう。そうすることで、これまで自治体で評価されていなかった価値を、SDGsという地球規模の基準に照らして可視化することができるはずです。
例えば、「海洋プラスチックごみ」はSDGsのゴール14に関連するものとして、メディアでも盛んに取り上げられています。
しかし、海洋プラスチックごみは、沿岸部の自治体だけの問題ではなく、台風など何らかの理由で、内陸部の自治体から排出されたプラスチックごみが、用水路や河川を通じて河口まで流れ着き、結果として「海洋プラスチックごみ」となるという事実に多くの研究者が注目しています。
つまり、SDGsの視点から「内陸部の自治体が取り組んでいた市民による清掃キャンペーン」の価値を整理してみると、これまで着目されてこなかったはずの「海洋プラスチックごみの削減への貢献」を認めることができるのです。
このように、SDGsという外部の価値観から、改めて内側の取り組みを見直すことを「アウトサイド・イン」と呼んでいます。
次に、SDGsの17あるゴールを視点として掲げ、現行の政策を「点検」します。例えば、ゴール5「ジェンダー平等を達成しよう」の視点から、自治体の防災備蓄用品の選定という取り組みを点検してみましょう。
自治体の防災備蓄用品は、SDGsのゴール11「持続可能なまちづくりを」の実現に貢献する取り組みのひとつと言えます。
しかし、東日本大震災の被災3県(岩手・宮城・福島)で実施したアンケートによると、女性の生理用品や、子どものおむつに対する要望が多く寄せられています(下グラフ参照)。
未だに男性職員の比率が高い自治体で、防災部門が防災備蓄用品を選ぶ際に、こうした視点から十分に検討が行われているでしょうか。
このように、SDGsをチェックリストとして活用することで、自治体の取り組みを住民の安心安全をさらに高めるものにアップデートすることができます。
最後に、こうしてアップデートした自治体の取り組みを、国内はもとより、世界中で共通するSDGsの枠組みを用いて共有してみましょう。国内外の自治体間で理解が深まりやすくなりますし、互いに学びあうことも容易になります。
SDGsは、いわば「共通言語」の役割を果たすことができるのです。
ワークショップ手法と豊富な事例-本書の特徴-
本書『SDGs×自治体 実践ガイドブック』では、はじめに自治体職員としておさえておきたいSDGsの基礎知識について説明しています。
次に、自治体でSDGsを活用していく過程を次の4つのステップに分割し、各ステップの主旨に適った具体的なワークショップ手法の紹介と、SDGs未来都市に選定されている先進自治体等の最新事情を交えて解説しています。
[STEP 1]SDGsの基本理解
[STEP 2]課題の可視化と目標設定
[STEP 3]既存事業の整理と点検
[STEP 4]政策の評価と共有
実際に向き合ってみると、自治体職員にとってSDGsは非常に難解な代物です。本気でSDGsを活用しようと思ったら、自治体職員も必死にならなくてはなりません。
その過程で、「SDGsは自治体の痛いところをついてくるな」と思うこともあるでしょう。もしかしたら、こうした痛みを避けるために、SDGsへの「対応」に終わってしまう自治体もあるかもしれません。
しかし、本書を読んでくださる皆様には、SDGsを「活用」して、住民ひとりひとりの顔を思い浮かべながら、政策・施策・事業のアップデートに取り組んでいただきたいと願っています。本書がそのお役に立てるならば、望外の喜びです。