自治体通信ONLINE
  1. HOME
  2. 自治体職員寄稿
  3. 失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A

失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A

失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A

【自治体通信Online 寄稿記事】
自著書評(直方市役所 保護・援護課 職員/弁護士・眞鍋 彰啓)

自治体職員(任期付職員)として福岡県の直方(のおがた)市役所に勤務している弁護士・眞鍋 彰啓さんが生活保護の現場対応の解説書『失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A』(民事法研究会)を出版しました。自治体内部で働く弁護士は増えつつありますが、生活保護担当課に配属されるのは全国でも珍しいケース。生活保護を担当する同市職員も執筆チームに加わり、豊富で具体的な実例をもとに、実務において担当職員が抱えがちな疑問を洗い出しました。同書のポイントや特徴、刊行の想いを眞鍋さんに解説してもらいます。

相談窓口の“3つのシーン”

……住宅扶助費の支給を受けているにもかかわらず、家賃を滞納し、住居の賃貸借契約を解除され、「建物明渡しの裁判を起こされてしまった。どうしたらいいか?」と相談に来た保護利用者に対し、『ちょっと新規の情報量が多すぎて理解が追いつかないです』と思いつつ、「支給された住宅扶助費はいったい何に使ったんですか?」と尋ねると、「何に使ったか記憶にない」「覚えていない」と繰り返すので、「とりあえず、法テラスで無料法律相談を受けてみてはどうですか?」とアドバイスしたところ、「そうします」と言ったきり、その後、その保護利用者は電話にもでなくなり、連絡がとれなくなってしまった。

……裁判所から届いた封筒を開封することなく放置・紛失し、数か月後、保護費の振り込まれた預金口座が差し押さえられるや否や、「どうにかしてくれ」と相談にやって来た保護利用者を目の前にして途方に暮れる(封筒の中身はその保護利用者を被告とする貸金返還請求訴訟の訴状だったようで、欠席裁判のまま敗訴が確定してしまったことが後日判明した)。

……生活保護の利用中であるにもかかわらず、住宅確保給付金の申請をして(住宅扶助で住居は確保できているでしょうに)、その申請が却下されるや否や、窓口にやって来ては、「申請却下は人権への逸脱した職権濫用に係る背任行為」などと喚き散らす保護利用者に対し(そんな難しい言葉、どこで覚えたんですか?)、2~3時間かけて申請却下の理由を懇切丁寧に説明し、やっと帰っていただけたかと思ったのに、その保護利用者が翌日も窓口にやって来て、「申請却下は公務員倫理規定違反であることを人事院に確認済み」と騒ぎ出した(どうして人事院? いったい何を確認したのですか?)。

生活保護手帳にも別冊問答集にも答えはない、そもそも何から手をつけてよいかも分からない、でも何とかしないと、でも何をどうすれば…

生活保護担当課の業務とは、そんな試行錯誤と右往左往の連続なのではないでしょうか?

人の失敗に学ぶ

生活保護利用者にとって生活保護はまさに命綱であり、生活保護担当課の職員は保護利用者の生殺与奪の権を握っていると言っても過言ではありません。当然、保護利用者の抱える困難に対する対応を誤れば、保護利用者の「健康で文化的な最低限度の生活」を確実に脅かすことになりますし、その結果として、不適切な対応をした職員自身が抜き差しならない状況に陥ることもあり得ます。

加えて、生活保護担当課の職員は、保護利用者に現金を支給するとともに、その自立支援のために保護利用者のセンシティブな個人情報を管理する立場にありますから、不当に利益あるいは個人情報を得ようとする不当要求者のターゲットになりやすいという意味でも、失敗の大きなリスクを負っています。

つまり、生活保護担当課の職員が、トライ&エラーを繰り返し、自らの失敗を糧にして学び成長するのではあまりにリスクが大きい、そうでなくても、誰だって失敗はしたくない。失敗できない、したくない、でも成長したい、そうであれば、人の失敗から学んでみてはいかがでしょうか?

裁判事例は学びの宝庫

人の失敗から学ぶ、とは言っても、自らの恥を進んで曝け出してくれる人はいません。宴席の場で上司や同僚が語る失敗談も、せいぜい笑い話にできる些細なものに限られ、ガチでヤバい、ガチ中のガチの失敗は、みな、心の奥底に秘め、きつく蓋をしているはずです。

ところが、きつく蓋をしていたはずの失敗も、思いがけず露見し、しかも当事者間で折り合いをつけるなどして再び封印することが叶わなかった場合、あるいは、犯罪行為に当たるとして国家権力の介入を招くまでに至ってしまった場合には、裁判を通じて、失敗に至るまでの事実経過や失敗に対する適法・違法の評価が公開されることになります。すなわち、裁判事例は人の失敗、学びの宝庫なのです。

「人の失敗に学びたい」そんな方のために

もっとも、判決書に記された事実経過は、判決を下すために必要な範囲で認定されたものに過ぎず、ときに無味乾燥であり、失敗に至るまでの職員やその周囲の人々の思いは削ぎ落とされてしまっています。

失敗を生むのは、いつも人の思い(焦り、怠惰、恐れ、怒り、羞恥、無知、誤解)です。判決書を読むだけでは、なぜそのような失敗に至ったのかが分かりません。また、適法・違法の評価についても懇切丁寧に説明がされているわけではありません。

そこで、前置きが長くなってしまいましたが、人の失敗に学びたい、そんな方にお勧めしたいのが、拙書『失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A』(民事法研究会)です。

f:id:y-onuma:20220118173050p:plain

『失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A』(民事法研究会)の表紙カバー

拙書では、まず、実際にあった裁判事例をベースに創作した事案について、失敗の端緒から結末までを当事者職員の視点から物語形式で記述しています。事案に直面した職員の心理や理解をたどることにより、職員が遭遇しがちな問題や抱きがちな疑問を具体的かつ現実に即した形で洗い出すことを試みました。そして、失敗の原因や具体的な対処法をQ&A方式で説明しています。

拙書が、全国の生活保護行政の現場で日々奮闘されている職員の方々の一助となれば、これに勝る喜びはありません。

~本書の主な内容~
第1章 ケース記録
第2章 虚偽の報告
第3章 書面による指示
第4章 相続財産と78条徴収
第5章 不正受給と届出義務
第6章 障害者加算と63条返還
第7章 不正受給と住民訴訟
第8章 セクハラと懲戒処分
第9章 不当要求(接近型)への対応
第10章 不当要求(攻撃型)への対応
第11章 不正受給への関与
第12章 SNS投稿と業務妨害

自治体内で働く弁護士

ところで、私は、いわゆる街弁や顧問弁護士とは異なり、自治体(福岡県直方市)組織の内部で法律専門家である弁護士として働いています

ちなみに、令和2年10月現在、自治体での弁護士(法曹有資格者)の在籍状況は、登用自治体129、登用人数199人です(出所=日本弁護士連合会「自治体で働く弁護士-自治体内弁護士という選択」)。47都道府県+1,718市町村=1,765の自治体があり、全国の弁護士数が4万2,164人であること(出所=「弁護士白書2020年版」令和2年3月31日現在)を踏まえると、弁護士を登用する自治体も、自治体内で働く弁護士も、まだまだマイノリティーの存在だということがいえます。

また、多くの自治体内の弁護士は
①条例・規則・要綱、自治体が当事者となる契約書に関するリーガルチェック
②職員からの法令解釈等に関する相談への対応
③職員の法務能力向上に関する研修等の企画・実施
といった業務に携わり、法務課や総務課に配属されることが多いようですが、私は、保護・援護課という主として生活保護を担当する課に配属され、①~③の業務のほか

④市民を対象とした無料法律相談
を担当するとともに
⑤法律問題を抱える生活保護利用者について、担当ケースワーカーとともに面談し事実関係や証拠を整理したうえで、事件として受任し対処してくれる外部の弁護士につなぐ取組み
も行っています。

拙書『失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A』の根底には、現場のケースワーカーとともに保護利用者の抱える困難に対応してきた私自身の経験があります。

拙書をお読みいただいた方が、弁護士とともに働くことに興味を持ち、弁護士を登用する自治体が増えるとともに、自治体内の弁護士の業務がさらに広がっていくこと、その結果、自治体による生活困窮者・生活保護利用者に対する支援がさらに充実したものとなることを切に希望しています。

関連書籍のご紹介

民事法研究会より『生活保護の実務最前線Q&A』(編著:福岡県弁護士会生存権擁護・支援対策本部)を発刊するにあたり、私も同本部の一員として編集・執筆に携わったほか、直方市でも実務上の留意点、運用の実情等について助言を行いました。

f:id:y-onuma:20220118173454p:plain

『生活保護の実務最前線Q&A』(民事法研究会)の表紙カバー

主として生活困窮者・生活保護利用者を支援する弁護士に向けた書籍ではありますが、拙書『失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A』と併せ、お手にとっていただけますと幸いです。

自治体通信への取材依頼はこちら

眞鍋 彰啓(まなべ あきひろ)さんのプロフィール

f:id:y-onuma:20220118173645p:plain
『失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A』の執筆者一同と。前列右端が眞鍋さん

直方市役所 保護・援護課(任期付職員)
弁護士
1999年関西大学法学部法律学科卒業、2006年司法修習生。2007年千葉県弁護士会登録、2017年直方市役所に勤務、福岡県弁護士会登録。
これまでに、千葉県弁護士会社会福祉委員会副委員長、同会民事介入暴力被害者救済センター副委員長、日本弁護士連合会貧困対策本部委員を務める。現在、福岡県弁護士会生存権擁護・支援対策本部委員。
2021年12月に編著者として「失敗事例に学ぶ生活保護の現場対応Q&A」(民事法研究会)を出版。
〈連絡先〉0949-25-2130(直方市役所 保護・援護課)

本サイトの掲載情報については、企業から提供されているコンテンツを忠実に掲載しております。

提供情報の真実性、合法性、安全性、適切性、有用性について弊社(イシン株式会社)は何ら保証しないことをご了承ください。

電子印鑑ならGMOサイン 導入自治体数No.1 電子契約で自治体DXを支援します
自治体通信 事例ライブラリー
公務員のキャリアデザイン 自治体と民間企業の双方を知るイシンが、幅広い視点でキャリア相談にのります!